夢/マフィア後輩 | ナノ

闘争と逃走


「全員かかって来い!俺がぶっ殺してやる!」


壁をぶち壊したのは千梅の仲間たち。
八左ヱ門が先陣をきって先ほど千梅がいた庭に現れ、相手を問わず吠えた。
その後ろには兵助と雷蔵がおり、彼らも武器を大量に所持したまま殺気を放っている。
三郎は作戦をすぐに立て、全員に伝えてからアルモニアファミリーの屋敷に襲撃をかけた。
しかし、三郎と勘右衛門の姿はない。
彼らは千梅の救出だ。派手に三人が暴れている間に千梅を助けだそうという作戦。


「だから小平太、お前は「解ってる。あいつらを殺せばいいんだろ」


その作戦も、仙蔵から責任を預かった長次にはお見通しだった。
爆音を聞いた小平太は目を輝かせて、近くの窓から庭を覗き、八左ヱ門を探す。
吠える八左ヱ門を見た小平太は嬉しそうに笑って、長次に命令する前に走り出す。向かうは八左ヱ門の元。
長次は横目で彼を見送ったあと、留三郎の部屋へと向かう。
彼女が目的なら彼女を捕えていればいい。そして、全員を捕まえて仙蔵の機嫌をとっておけば大丈夫だろう。
あの壁の修繕費は……まぁなんとかなる。


「すまん、逃げられた」
「……仙蔵に叱られてしまえ」
「悪かったって!」


だが、途中で留三郎と遭遇し、千梅を逃がしたと聞いた長次は不快な表情で留三郎を睨む。
しかしここで足を止めている場合ではない。
早く千梅を見つけ、あいつらを片付けておかないと…。


「長次も小平太のところに行けよ。千梅の捕獲は俺に任せろ」
「……」
「不破がいるぞ。いいのか?」
「すまん、留三郎」
「おお、楽しんでこい」


本当は自分が戦いに行きたい。だけどあの場には自分に喧嘩を売ってきた勘右衛門がいない。
いないということは千梅を探しているということ。なら自分はそちらに向かうべきだ。
千梅から奪ったナイフを手元でくるくると回して遊びながら屋敷を駆け巡った。


「勘右衛門っ、三郎!」
「わぁ、凄く官能的な姿だね、千梅」
「勘右衛門、ふざけてる場合じゃない。千梅を救出できたなら撤退だ」


留三郎の部屋から逃げ出した千梅は混乱に乗じて人目が付きにくい場所へと逃げていた。
そんな千梅の行動や考えを把握している三郎はすぐに彼女を見つけることができて、救出成功。
勘右衛門は笑いながらも着ていたジャケットを千梅の肩にかけてあげて、肩に手を回す。


「撤退ねぇ…。できそうにないけど?」
「仙蔵たちがいないときに襲撃されてさぁ、僕たちも不機嫌なんだ。仙蔵が怒った姿見たことないだろう?」


走り回る敵の裏をかいて屋敷を走っていたのだが、幹部補佐の伊作と遭遇してしまった。
三郎と勘右衛門は足を止め、背中で千梅を庇う。
千梅がいくら「私が戦う」と言っても彼らは答えることなく、伊作から目を離さない。


「逃げれるわけないんだから大人しく捕まって。僕、戦うのあまり好きじゃないし…」
「そうですか、ならば力づくでその場をどいてもらいましょうか」


勘右衛門に千梅を任せて、三郎が伊作に殴りかかる。
しかしヒラリと簡単にかわされ、避けたときに膝で鳩尾を蹴りあげられた。
単純な攻撃なんて食らわないよ、と伊作は胃液を吐き出した三郎を見下したが、彼の懐から殺気を感じて身をよじる。


「っぶなー…。頭吹っ飛ばされるかと思ったよ」
「がはっ!」
「「三郎!」」


三郎の懐には小型銃。わざと攻撃を食らって、油断したところに銃弾を食らわせるつもりだった。
完全に油断もしていたのに、伊作はギリギリ銃弾を避け、そのまま三郎の後頭部を掴んで床に叩きつける。
首はまだのけ反ったままなのに腕と身体だけは次の攻撃にうつしていた。
解っていたが、幹部は戦闘に慣れている。ひ弱そうに見えた伊作ですら自分たちの上をいく。
三郎を叩きつけた伊作は苦笑しながら三郎の背中に座って、小型銃を奪い勘右衛門たちに向けた。


「僕、戦うの好きじゃないよ。でもね、君たち子供に負けるほど弱くない。あ、動かないでね」


ニコニコと人当りのいい笑顔のまま二人を脅して、三郎の髪の毛を掴んで持ち上げる。
それでも睨むのを止めない三郎に伊作は楽しそうに笑う。


「僕の相手は吾妻なんだけど、別にいいよね?喧嘩売ってきたのはそっちなんだし」
「女男に私が殺せるのか?八左ヱ門に比べたらひ弱だな」


解りやすい三郎の挑発に伊作はのって、発砲した。
躊躇いもなく、顔を三郎に向けたまま千梅の脇腹に発砲したのだ。
一瞬何をしたか解らなかった三郎がゆっくりと二人、千梅に目を向けると、シャツがジワジワと真っ赤に染まっていくのが見えた。
勘右衛門が腰を掴んで必死に支えていたが、千梅は笑って何事もなかったかのように立った。


「ああ、君痛覚ないんだっけ?ふーん、本当なんだ…。いいなー…あれ欲しいな」
「貴様ッ…」
「なに?女だから発砲しないと思った?あはっ、殴るのは趣味じゃないけど銃なら別になんとも思わないよ。そういうのは文次郎と留三郎と長次だけだから。でもいいね、君たち。どんな身体してるの?興味があるからこのまま部屋に連れて帰って調べたいなぁ…」


三郎の耳元に口を近づけ、囁けば三郎の表情が険しくなった。
三郎だけじゃなく、勘右衛門と千梅の顔も険しくなる。
突如として変わった三人の空気に伊作は首を傾げた。
だが、金縛りにあったように固まった三人は束縛しやすい。
ネクタイを解いて三郎の腕を拘束しようとしたが、廊下の壁が破壊され、壁だった小さな塊が飛んできて後頭部に当たり、三郎の上に倒れこんでしまった。


「……え?」
「は?」
「っ勘右衛門、千梅!逃げるぞ!」
「「あ、うん」」


勘右衛門が脇腹を撃ち抜かれた千梅を抱き抱え、三郎は気絶した伊作から銃を取り戻して、外へと向かった。
破壊された壁から現れたのは、ジャケットは着ておらず、シャツは破けてボロボロになっている八左ヱ門と小平太。
お互い疲弊しきっており、凄まじい攻防戦が行われたんだと見て解った。
彼らの向こう側には雷蔵と長次が静かに、喋ることなく銃撃戦を行っている。
派手ではないが、冷たい何かが流れているのが目に見えて解る。
瓦礫の上に立つのは、口元や額に血を滲ませている八左ヱ門。それを見上げる小平太。


「いい加減死ね!」
「それは私の台詞だ。それともそんなにあの女が大事だったのか?お前がさっさと手を出さないからそういうことになるのだ」
「違う!千梅とはそんな関係じゃねぇ!俺の…俺らの大事な家族なんだよ!」


最初は凄い男だと思っていた。
しかし、一回、二回と拳を重ねると八左ヱ門という男がどんな人間か解って来た。
彼は自分のことより、仲間のことで怒るタイプだ。だからあえて他の人間の名前を出して挑発するとすぐに噛みついてくる。
だが、強いのは確か。殴ってもきかない。寧ろ自分の拳が痛む。
だからどうやって倒そうかと考えながら、八左ヱ門を挑発し続けた。


「そうか、私はてっきり性欲吐き出し用の女かと思った」
「いい加減黙れ!」


壁を壊したのも八左ヱ門だが、その攻撃を受けて死なない自分も相当な化け物だと自嘲して、投げられた瓦礫を避ける。
投げたと同時に向かってきていた八左ヱ門を真正面から受けとめた。


「感想聞かせてやろうか?」
「黙れって言ってんだよ!」


やはり、挑発すればするほど動きが大雑把になってくる。
攻撃も単調で、動きを止めることが容易くなっていく。
避けながら攻撃を食らわす。表情を歪めるものの、八左ヱ門の動きが止まることはない。
通常の人間だったらとっくに意識を飛ばしているはずなのに、彼はそんな素振りを見せない。


「―――なんだ、本気を出していいんだな」


今まで、どこかで自分をセーブしていた小平太。
しかし、こうやって壊れない人間を見つけた小平太は酷く喜んで、静かな殺気を八左ヱ門に向ける。
その殺気に初めて小平太から恐怖を感じたが、怒りのほうが強く立ち向かうのを止めない。
小平太の顔に拳を突き出した腕を掴まれた瞬間、鳥肌が立った。
本能が小平太から離れろというのだが、振り解けない強い力に抑え込まれる。


「兵助ェ!」


グッと歯を噛みしめて、助けを求めるように兵助の名前を呼べば、八左ヱ門を掴む腕に一線が走った。
そのあと、小平太の腕から血が滲んで八左ヱ門から手を離し、だらりと落ちる。
腕を撃たれたということに気付いた小平太は首を横に向けて、発砲してきた兵助を探す。
彼は自分の部下たちと銃撃戦中で、背中を向けている。
ザワッと毛が逆立つ小平太を目の前で見た八左ヱ門は舌打ちをして彼から逃げ出した。


「雷蔵、兵助、撤退だ!逃げるぞ!」


千梅を救出し、撤退したという合図の携帯音が鳴り響き、八左ヱ門は兵助と雷蔵の元へとむかう。
途中、邪魔になる人間を蹴り殺して雷蔵、兵助を担いで鮮やかに撤退していく。
人間が飛び越えられわけがない壁を簡単に飛び越えて姿を消すのを小平太は黙って見送り、痺れる腕に目を落として笑う。
部下たちが彼らを追い掛けたが、きっと逃げられるだろう。


「小平太、伊作に治療してもらえ」
「長次…。はは、お前も楽しそうだったな」
「殺してやりたかったが、残念だ…」
「あーあ、仙蔵に怒られるな、きっと」
「元はお前が原因だ、しっかり怒られて来い」
「怒られるのは別にいいが、ちゃんとやることはやった。楽しかったし、少し苛立ちも落ち着いた」
「小平太…それが当たり前だ」


たった六人に滅茶苦茶にされた屋敷と庭を見て、二人はこれからのことを思い浮かべてニヤリと笑った。


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