夢/マフィア後輩 | ナノ

待機と遊戯


死んだように静かに眠る千梅を抱きかかえたまま、小平太はニヤリと笑ってお姫様抱っこをする。
近くに停めていた自分の車の後部座席に千梅を寝かせ、何事もなかったような顔で車を発進させた。
仙蔵には仕事に専念しろと言われ、文句を言われないためにもさっさと終わらせた。
残った時間は自分の好きなように使っていいと言われているので、好きなようにさせてもらっている。
そうしてつい先日、三郎たちのアジトを見つけることができた。
いくら変装をしようが、小平太の野生の勘に勝てることはなかったのだ。
だが監視をするとまた逃げられてしまう。だからわざと監視することなく、誰かが一人になるところを狙っていた。
そこにタイミングよく現れたのが千梅。
本当は八左ヱ門がよかったが、彼女でもよかった。
初めて対峙したときとは違い、彼女は可愛い女の子に変装しており、最初は首を傾げたが彼女の動きを見ていたらすぐに解った。
意識的に仕草を気遣っているのが余計目立つ。
背後から殺気を飛ばし、反応を見ると微かに肩が動いた。ビンゴ、と呟いて持っていた花束を渡し、目の前に座る。
自分を見る目は戸惑いで揺れていたが、その奥は鋭く光っていた。
この瞳が本当の戸惑いで揺れたらどんなに楽しいか…。
高ぶる願望を抑えつつ、なんとか誘拐することに成功。
千梅が座っていた机には彼女の買ったものと黄色のバラだけが置かれている。


「―――っはぁ…!」


そして店員に頼んだ手紙はちゃんと八左ヱ門たちの元に届いたようだ。
息を切らし、青ざめた八左ヱ門がその場に現れたのは、小平太がこの場から離れてそう経っていなかった。


「千梅…。千梅ーっ!」


ジャケットは着ておらず、ボタンもまともにとめていない状態の八左ヱ門。慌てて来たのが服装から解る。
その恰好のまま名前を呼んで周囲を探すが、車で逃げているため見つかるわけもなく…。


「落ち着け八左ヱ門!」
「でも三郎!千梅がっ…!や、やっぱり俺が一緒に…っ」
「落ち着けって言ってるだろ!」


カフェに戻って来た八左ヱ門の胸倉を掴んだのは、八左ヱ門同様青ざめている三郎。
いくら三郎が声をかけても動揺を隠せないでいる八左ヱ門の頬を一発殴ると、八左ヱ門は少しだけ落ち着きを取り戻す。


「『貴方たちの大事なお嬢さんをお借り致します』ねぇ…。うーん、してやられたなー」


仲間が誘拐されたというのに、楽観的な口調で手紙を見る勘右衛門。
今、冷静な判断ができない二人と自分のために力で感情を消しているのだが、その口調にイラッとしてしまい、八左ヱ門は盛大に舌打ちをした。
それを気にすることなく勘右衛門は話を進めていく。


「アジトもバレてるみたいだし、ここもやばいね。新しいアジト見つけないと。あ、千梅の奪還はまたあとでいいよね?」
「っなに言ってんだよ勘右衛門!千梅の奪還が最優先だろ!?」
「千梅は感覚消すことができるじゃん。拷問されても大丈夫だし、寝たら怪我は治るしで急ぐことじゃない」
「……勘右衛門。お前のその冷静な判断にはいつも頼りにしている。だが、今は少し黙っていてくれ…」
「…うん、ごめんね」


勘右衛門も解っている。仲間の奪還が優先だと。
だけど感情をなくしているから、誘拐された千梅に同情することなく今、すべきことを的確に発言していく。
この力を解いたらきっと不安で押し潰されてしまう。それに耐えれないから勘右衛門はこの力に頼っていた。


「だが冷静になるのは必要だぞ、八左ヱ門」
「……解ってるよ…ッ」
「まずはアジトに戻ろう。きっと何かコンタクトを送ってくるに違いない。アジトを変えたらそれが受け取れない。いいな、勘右衛門」
「うん、三郎の判断に任せるよ」
「八左ヱ門、奪還するときは容赦するな」
「あぁ!千梅に何かしやがったら全員殺してやるッ…」


勘右衛門と八左ヱ門が歩きだし、三郎も二人のあとをついて行く前に、もう一度千梅が座っていた場所に目を向ける。


「(黄色いバラ…。確か意味は……嫉妬?)」


よく聞くから覚えている。(よく聞かなくても三郎は何でも覚えているのだが)
だが、もう一つ花言葉があったはずと三郎は考えた。


「三郎、早くしろよ。もしかしたら手紙がきてるかもしんねぇだろ」
「あ、ああ…」


それが解らず、離れた二人を走って追いかけた。


「…小平太……」
「え、何で怒ってるんだ、長次。だって捕まえてよかったんだろ?」
「アジトが解ったなら何故報告しない…!前にも言われただろ」
「あ、すまん。えっと、あいつらの住所は…」
「バカもん」
「いたっ」


車に乗ってアルモニアファミリーのアジトに戻って来た小平太は、千梅を抱えたまま長次に叱れてしまった。
腕の中の千梅はまだ深い眠りについており、騒ぐ二人の声では起きそうにない。
いつものソファに千梅を置いて、簡単に報告書を書いてから長次に提出する。
受け取った長次はチラリと千梅を見て、小平太に視線を戻す。


「小平太、一応拘束しとけ…」
「おう、解った!」
「あと銃も回収しておきなさい」
「解ってるー!あ、長次。ちょっとやりたいことがあるからそこに突撃するの待ってくれるか?」


寝ている千梅の腕を背中で拘束し、太ももに装備していた小型銃を外す。
遠慮なく女の股に手を突っ込む小平太と、そのときだけ目線を逸らす長次。


「……何をするつもりだ」
「長次たちには迷惑かけん。肉体的ではきかんみたいだから、精神的に追い詰めてやろうとな」
「…あまり、遊ぶなよ」
「先に手を出してきたのはこいつらだ。多少虐めてやらんと私の腹の虫も収まらん。じゃ、私部屋にいるから何かあったら呼んでくれ!留三郎、カメラ貸してー!」


そこらへんに千梅の銃を投げ捨て、再び担ぐ。
純粋に楽しそうに笑っている小平太を目だけで見送って、はぁと溜息を吐きながら長次も仕事へ向かった。
何をするかが解った長次だったが、止める理由も情けもあるわけがなかった。


「伊作の睡眠薬は凄いな」


自室へ戻った小平太は千梅をベットに投げる。
それでも起きない千梅を見て小平太は笑い、窮屈だったジャケットを脱いで、ネクタイを緩めた。
幹部ということもあり、それなりに広い部屋を貰ってはいるものの、寝に来ているだけなので荷物というものがない。
閑散とした部屋に大きなベットと、脱ぎ散らかした服のみ。


「…そういえばこの部屋に女連れ込んだのこいつが初めてだな」


そもそも、ここに女を連れ込むなと仙蔵からきつく言われている。
だが今回のは目的が違う。仕事だ。だから怒られることはない。
ベットで眠る千梅の隣に腰掛け、まるで恋人のように彼女に寄り添い、髪の毛を触ると「ん」と拒絶をする。
眠っているのに身体は警戒している。余程戦い慣れているんだろう。
何だか嬉しくなって名前を呼ぶと、眉根を寄せて右手が飛んできた。
軽く避けてクスクスと笑う小平太。
何気なしに視線を千梅の足もとに移動させると、信じられない光景が目に映った。


「傷が治っているのか…?」


ミュールでめくれた皮がもう治癒しようとしている。
人間のものではない特殊な能力を持っているとは言ったが、それを目の前にすると言葉を失ってしまった。


「……肋骨にヒビを負わせたがそれも治癒したんだろうなぁ」


面白い能力だ、と笑って千梅から離れる。
外は次第に薄暗くなっていき、静かな夜を迎えようとしている。
留三郎から借りたカメラをベットの隣にある棚の上に設置。
ベットの上が全部映っていることを何度も確認して、近くの椅子に座る。


「早く起きないかなー…」


これからのことを考えるとワクワクが抑えられない。
きっといい反応をしてくれる。その後の楽しみもある。
楽しくて楽しくて仕方ない小平太は静かに千梅が起きるのを待った。


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