夢/マフィア後輩 | ナノ

花束と誘拐


「コラ千梅、動くな」
「もー…三郎しつこい。髪形なんて適当でいいじゃん」
「いやよくない!ちゃんと変えないとあいつらにバレるだろう」
「……とか言いながら普通に楽しんでるだろ」
「まぁな」


鏡の前に強制的に座らされ、後ろには三郎。
ブラシを持って楽しそうに私の髪の毛を触り、どんな髪型にしようかと真剣な顔で考える。
街に出るときは全員が三郎にコーディネートをしてもらっている。
三郎はそういうのが得意だし、彼の化粧の腕は本物で、全くの別人に見えるからだ。
女の子らしい恰好に髪形、化粧までしてもらったが、どうもくすぐったくてモゾモゾしてしまう。


「ほら、今の千梅はどう見ても令嬢だ」
「令嬢って…」
「だから言葉使いにも十分気を付けるんだな。あと、足を開くな」
「解ったよ…」


綺麗にしてもらってから小言を言われたが、改めて鏡で自分を見るとちゃんと綺麗に仕上がっていた。
自分じゃなかったらきっと見惚れているだろう。
くすぐったいけど、嫌な気分じゃないので素直に三郎にお礼を言うと、三郎は片づけをしながら「おー」と笑顔を向けてくれる。
三郎の笑顔は何だか幼いよな。いや、皆かな…。兵助は滅多に笑わないけど、笑ったら一番綺麗だ。


「おっ、千梅どっか行くのか?」


鞄を持って出かけようとしたらバスタブの扉が開き、中からボクサーパンツ一枚のハチが出てきた。
口にはアイス。首にはタオル。手には新聞。どこのおっさんだと突っ込んでやりたい。


「うん、ちょっと買い物に出かけようと思って…。あと甘いもの食べたい」
「大丈夫か?俺も一緒について行くぜ」
「いいよ。お前といつも一緒だったら勘違いされちゃう」
「なんだよ、俺が彼氏だと不満なのか?」
「童貞はちょっと……」
「悲しくて!悲しくて童貞してるわけじゃないやい!」
「おい、茶番はいいからさっさと行け。八左ヱ門、お前童貞じゃないだろ」
「ノリにはノリで返そうと思ってな!千梅、本当に気をつけろよ」
「うん。じゃ。夕方には戻るよ」


七松にアジトを破壊されたあと、ここを新たなアジトにした。
兵助の体調が戻るまでは活動は控え、戻ったあとも静かな毎日を過ごしている。
三郎と兵助はパソコンで何かしているけど、あれは生活費を稼いでいるだけだ。
雷蔵と勘右衛門、私とハチは特にやることがないので暇な毎日を送っている。
部屋の中の鍛錬も制限されているし、本も読み飽きた。テレビだって面白くない。
私たちは外で動いているほうが性に合ってる。
でも今は動かないほうがいい。三郎と兵助に言われるまでもなく、私たちはじっとしていたのだが、さすがにストレスが溜まってしまい、三郎におねだりをして許可を貰った。


「太陽が気持ちいー!」


部屋はカーテンをしているから太陽光を浴びることができない。だって、外から射撃されたくないもん。
前のことがあって、私とハチは特に外出禁止になっていたから、久しぶりの日光に思わず口元が緩んで、アパートに管理人さんにクスリと笑われてしまった。


「千梅ちゃん嬉しそうだねぇ」
「はい、ようやく大学の課題が終わって外出することができるので!」
「そうかい、そりゃよかった。そんなにおめかししてるってことはデートかい?」
「ふふっ、そうなんです」
「こんな可愛い女の子の彼氏さんが羨ましいよ。行ってらっしゃい」
「っ。はい!」


肩がビクリと跳ねたが、管理人さんに怪しく思われることはなくアパートをあとにする。
アパートの前には活気に溢れた商店街(露天)があり、そこを通り過ぎて大通りに向かうとお洒落なカフェやお店が並んでいる。


「んー…。先に欲しいもの買って、あとでカフェ行くか…」


三郎から頼まれた服とか、雷蔵から頼まれた紅茶とか、兵助から頼まれたはんなりさんグッズを買って…。
いや、兵助は買いすぎだろ。あれは止めておこう…。……でも買わなかったらウザいんだよね…。


「何で買って来てくれなかったんだ!はんなりさんだぞ!?お前はあの可愛さを理解していないのか!そこに座れ、豆腐の良さについて俺が何時間も語ってやる!」


って言われても困るから買おう…。どうせ兵助と三郎のお金だ。
ハチと勘右衛門からは何も言われてないしいいよね。まぁ一応お土産にマカロンとかケーキを買って帰ろう。


「あ、この服可愛い」


買うリストを頭でまとめたあと、自分も久しぶりの外を楽しんだ。
マフィアまがいなことをしているが、私は太陽の下に出て遊ぶのが好きだ。私だけじゃなく、皆もそう。
部屋にこもっているより、外のほうが開放的で、自由だ。


「……」


考えるのは……昔のことを思い出すのは止めよう。特に一人のときはダメだ。恐怖に勝てない…。
だからと言って皆の傍でもダメだ。これは伝染してしまう…。
持っていた服を戻し、ショップをあとにする。
一気に頭の中が真っ白になり、逃げるようにどこかへ歩き続けたが、何で歩いているのかさえ解らなくなって、知らない男性にぶつかってしまった。


「あ…すみません」
「いえ。お嬢さんこそ大丈夫ですか?」
「はい。ありがとうございます」


そこでようやく気持ちが落ち着き、男の人に頭を下げてから目に入ったアクセサリーショップに入る。
綺麗なアクセサリーを見ながら深呼吸。いらないことを考えないようにして、気に入ったバレッタを購入した。
近くにコーヒーショップがあったのでそこで紅茶とコーヒーも買う。


「ちょっと足が痛いし休もうかな」


ミュールなんて滅多にはかないから足が疲れてしまった。おまけに短時間で靴擦れをおこしてしまい、皮がめくれた。歩き方が下手くそなんだよね…。
近所で一番大きなオープンテラスのカフェに入って好きな飲み物と軽食を注文し、外のテラスに座る。
外のほうがたくさん人がいるし、逃げやすい。
いくらあいつらが動いていないとは言え、どこで襲われるか解らない。
彼らの動きはどのマフィアより解りにくい。


「(でも、兵助と三郎に任せておけば解るんだけどねー)」


周囲の警戒を怠ることなく、持って来てもらった飲み物と軽食に目を光らせて遠慮なく頂いた。
やっぱり外で食べるのはいいね!気持ちいい!
三郎に言われたように、一つ一つの仕草に気を使って食べるのはしんどかったが、それが霞むほど美味しかった。
今度ハチも連れて来てやろう。本当は皆で一緒に食べたいんだけど、全員だとさすがに目立つからなぁ…。


「早く全部終わってしまえばいいのに…」


不満と願望が詰まった言葉をぼやいたあと、背後から鋭い視線を感じた。
反射的に振り返りそうになるのを意識的に止めて、カップに手を伸ばす。
この視線……この気配。間違いなく近くに誰かがいる。もっと言うならこの気配は、七松だ。
二度対峙したが、直接視線を向けられるのはこれが初めてだと思う…。
解っていたけど七松という男は恐ろしい。
でも私だって鍛えられたわけじゃない。殺気を浴びても震えることなく、臆することなく、一般人を振る舞い続ける。
この気配にも殺気にも気づいていません。私はただの一般人です。
顔だってそんなに見られていないし、大丈夫だと思う。


「(もし大丈夫じゃなかったら…?)」


太ももに忍ばせている小型銃に意識を向ける。
大丈夫、出かける前に銃弾を確認した。
ああダメだ…。皆がいないとこんなにも心細いなんて…。
持っていたカップをソーサーに戻すと、その隣に大きな手がついた。
手から腕、腕から顔を見上げるとサングラスをかけた七松。
この間見たときより綺麗なスーツを着ており、手には花束を持っていた。
わざと驚くような表情を浮かべて、「なんでしょうか…?」と若干震える口調で訪ねてみる。
先ほどまでの殺気はなく、怪しい笑顔で私を見てくる七松に鳥肌が立った。
バレてる…。絶対に解っている。


「お嬢さん、一人?よかったら私と遊ばない?」


手はついたまま、軽い口調と甘い声で話しかけられ、さらに鳥肌がたつ。
わざと震えて見せて顔を背けると、私の真正面に座って、持っていた花束を渡された。
黄色のバラだった。


「あの…私……。その、そういうの苦手で…ごめんなさい」


目の前に座っただけなのにこの威圧感。
呼吸するのも苦しくなって、逃げるように立ち上がれば手を握られ、ニコリと微笑む。
振り解こうにも彼の力が強く身動きが取れない…!


「お前、吾妻だろ?いくら変装したって私には解るぞ」


声をひそめ、聞いてきた。
答えられないでいると、彼も立ち上がって握っていた手を腕へと移動して引き寄せられる。
その動きでガシャンとカップが倒れてしまったが、彼は関係なく反対の手で私の髪の毛を触り、毛先で遊び始めた。
楽しそうにニタニタと笑って…。


「や、止めてください…!私は吾妻なんて名前ではありませんっ。遊びなら他の方でお願いします!」
「ははっ、まだ演技をするか。言っておくが全て把握しているぞ?私たちが大人しくしていると思ったんだろうなぁ…まだまだだ」
「離してっ…!離さないと「離さないとその足に仕込んでいる銃で私を撃つか?」


この男ッ…!全部お見通しってやつか!
髪の毛で遊ぶのは止め、両手首を捕まれ、逃げ場を失う。
いや、私はいい。それより全部を把握していると言ったな?


「……言っておくが私に拷問はきかないよ。仲間に手を出したらここで殺す」
「―――ああ、ようやく会えた」


どうあがいても無駄だということを悟り、目の前の七松を睨みつける。
すると彼は目を見開いて喜んだ。
お前が狙っているのは八左ヱ門だろう?私に興味なかったくせに何が「会えた」だ。
悲鳴をあげて助けを求めようとしたが、その前に片手を解放し、何かを吹き付けられた。


「っあ…!?」
「おやすみ、千梅」


強烈な睡魔に襲われ、視界が暗くなる…。
ぼやける視界は七松だけを捕えており、彼は今まで見たことない優しい顔で私を抱き支えてくれた。


「お、お客様…?」
「すまない。大事な恋人との待ち合わせに遅れてしまってな…怒らせてしまったんだ。汚してすまなかった。お金はここに置いておくから」
「え?しかし…」
「さがれ。それとここを閉店までこのままにしといてくれ。あとここの住所にこの手紙を送れ。いいかちゃんと届けろよ」


そこまで聞いて意識を飛ばした。


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