夢/マフィア後輩 | ナノ

戦いと逃亡


小柄な千梅を背中に隠し、八左ヱ門は小平太と対峙する。
小平太は珍しく獲物を前に大人しくしているものの、目は怪しく笑っている。「殺したい」という欲望が視線を通して感じる。
大抵の人間はこれで怖気づくのだが、八左ヱ門は怖気づくどころか同じように笑って一歩前に出た。


「大事なアジトを破壊すんじゃねぇよ。それともテメェはノックを教えてもらわなかったのか?」
「ノック?野犬相手に人間様の作法は必要ないだろう?」
「俺らが野犬なら、テメェは狼だな。狼も人間様の作法は知らなかったな」
「口が過ぎるぞ、お前」
「テメェほどじゃねぇよ」


お互いが上位に立とうと言い争いを続けるも、引くわけがない。
その二人のやり取りを見ている千梅は薄く笑って一歩前に出ようとしたら、八左ヱ門に「そこにいろ」と言われ、不満そうに戻る。


「二人相手でも構わんぞ?まぁ女が入って来たとしても所詮は女だ。遊びにもならん」
「―――」
「うるせぇ。こいつの実力も知らねぇでほざくな!」


小平太の挑発に乗りそうになった千梅より前に八左ヱ門が挑発に乗ってしまい、真正面から向かって行った。
待ってました!と言わんばかりに小平太は笑って銃口を八左ヱ門に向ける。だが八左ヱ門にも銃はきかない。
八左ヱ門の能力は、身体能力の強化だ。通常もだが、集中するとさらに身体能力があがり、人間ではない力を発揮することができる。
だから至近距離で発砲された銃弾をかわすことはたやすく、小平太の顔を殴ることができた。
八左ヱ門の能力はなんとなく解っていたが、これ以上だとは思わず、素直にくらってしまった小平太は壁に吹っ飛ばされる。


「手ェ出すなよ千梅!」
「逃げること忘れんなよ」
「殺せば問題ねぇ!」


壁に吹っ飛ばされた小平太は表情を歪めていたが、再び向かってくる八左ヱ門を見てニヤリと笑う。
面倒になったのか、持っていた爆弾と銃は投げ捨て、二人の肉弾戦が始まった。
いくら殴っても、叩きつけても、蹴り倒してもお互い倒れることはない。
先に小平太が息があがり、血が流れるのを白いシャツで拭ってから距離をとる。押されているのは小平太。
体力にも腕力にも自信があったのに、八左ヱ門にはどうしても勝てない。
だが、八左ヱ門も驚いていた。自分と対等に戦える人間がいるなんて思っていなかった。


「ハチ、逃げるよ」
「あぁ!?今いいとこなんだから黙ってろ!」
「おー、逃げるなら逃げろ。お前たちは逃げるのが得意だからなぁ。そうそう、お前たちがなんて言われているか教えてやろうか?」
「あ?」
「負け犬」
「―――殺す」


戦って、暴れて…。頭に血が昇った八左ヱ門に千梅は溜息を吐いて走り出す。
今は戦うときじゃない。三郎にそう言われ、八左ヱ門も返事したのにこれだ。
千梅の動きを警戒して小平太はその場から動かず二人を待ち構えたのだが、特別変なことはせず、ただ突っ込んできた。
千梅が女だということは解っている。だけどその前に彼女は敵だ。
小平太は遠慮することなく目の前に現れた千梅の身体を殴ったが、彼女は表情一つ変えることなくニコリと微笑み腕を掴む。
ただ、顔を見られまいと俯いていた。


「オラァ!」


小平太の身動きを身体で止めた千梅の後ろから、八左ヱ門が飛び上がって小平太を殴りつける。
タイミングよく手を離すと、破壊した扉へと吹っ飛ばされる小平太。
追い打ちをかけようとする八左ヱ門の顔を千梅が殴り、「逃げるよ」と睨むと不機嫌そうに「解った」と頷き、ひょいっと担ぎあげる。
千梅を担いだまま、カーテンを開いて窓を開ける。
アジトは三階だったが八左ヱ門は躊躇することなく飛び下りた。


「あとちょっとだったのによー…」
「バカ野郎。例え殺せたとしてもそのあと三郎に殺されるぞ」
「……それは怖いな…」
「いいから走れ。騒ぎをききつけて他の連中が来るかも…」
「だな。千梅、しっかり掴まってろよ」


千梅の腰を掴み、膝裏に腕を通してしっかり抱き抱えてからアジトから逃げ出す。
抱かれたままの千梅は銃を取り出して敵がいないかどうかを警戒するのだが、後ろを向いているから警戒する範囲は限られていた。


「そろそろ裏道に入るぞ」
「………八左ヱ門、やばい。あの男追って来てる…」
「はぁ?」
「知ってたけどあいつの身体能力もやばいね…」


脚力も通常より早くなっている。
そのおかげで誰にも捕まることなく逃げていられるのだが、小平太は追って来ていた。
小平太の執念深さに千梅は汗を流したが、八左ヱ門は楽しそうに笑う。


「どうする千梅」
「どうするも何も、もっと本気で逃げろ。本当に三郎に殺されるぞ」
「へいへい」
「それに私…、あんまり顔見られたくない…。女だってバレてるし」
「…そうだったな。悪い」


走りながら視線を少しだけ下げて謝ったあと、八左ヱ門はさらに足に力をこめて街を駆けた。
そのスピードにはさすがに小平太も追いつくことができず、振り切ることに成功。
二人は誰にも見られないように裏道に入って、警戒を続ける。


「うん、大丈夫だね。お疲れ八左ヱ門」
「おーよ。さすがにあんだけ暴れたあとに全力疾走は疲れたわ…」


壁に寄り掛かったまま笑う八左ヱ門だったが、何だか苦しそうだった。
自分の次に治癒力が高いとは言え、殴られた箇所は腫れ上がっている。


「大丈夫…?無理してない?少しの間休もう」
「お前こそ大丈夫か?さっきの真正面から受けただろ」
「うん、大丈夫。今は痛覚消してるし、あとでゆっくり寝るから」
「―――手首をかくな」
「……ごめん。ありがとう」


ぽんぽんと頭を撫でたあと、二人揃って壁に背中を預けて座り込んだ。
千梅の能力は、集中すると痛覚を完全に消すことができる。そうすることによって火事場の馬鹿力を発揮することもできる。
だから小平太の攻撃を受けても意識を飛ばすことも、苦痛に表情を歪めることもなかった。
それとは別に、寝るとどんな怪我も完治することができる。(怪我の具合と睡眠時間は比例する)
ただ、痛覚を消し続けていると情緒が不安定となって自傷行為をしてしまうことがある。それを八左ヱ門は止めた。
意識的にその手を止め、隣の八左ヱ門に身を寄せる。
暗く、汚い路地裏ではあったが、今の二人にとっては安息の地だった。


「数日ぶらついて、三郎たちの元に帰ろうな」
「うん。あーあ、アジトがなくなっちゃったからまた新しい場所見つけないとね」
「三郎たちが見つけてるだろ。じゃなかったら当分の間は野宿だな」
「うわー、それやだ。いくら夏の終わりだとは言え、寒いのは嫌だ。お風呂にも入りたい」
「昔に比べたらマシだろ」
「そうだけどさー…。ほら私って女の子じゃん?清潔にしていたいの」
「あーやべ…眠くなってきた。ちょっと寝るな」
「おいコラ八左ヱ門!」
「ほら千梅も寝ろ。寝てヒビが入った骨を完治させろ」
「……バレてーら」
「バレバレなのだよ」


いつもの軽口をたたいて、二人は目を閉じた。


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