野犬と狼 仙蔵たちが野犬の駆除を始めようと動き出してから数週間が過ぎた。 依然として彼らは場をかき乱し、割り込み、いくつかのファミリーを潰した。 まるで遊ぶように自分たち、アルモニアファミリーに手を出しては消え、手を出しては消えを繰り返している。 苛立ちを見せるものの、彼らの挑発を乗るほどバカではない。 小平太はまだ入院中なのもあり、暴走するものはいない。暴走しそうな人間なら数名いたが。 それとは別に、もう一つに大きなマフィア、レゴーラファミリーの動きが気になっていた。 レゴーラファミリーとアルモニアファミリーは表では戦っていないが、裏では様々なやり取りが行われている。 暗殺なんて日常茶飯事。ゆっくりと相手の情報を盗み、戦力を削ぎ、虎視眈々とその首を狙っていたのだが、それがピタリとやんだ。 気になって仙蔵と文次郎がレゴーラファミリーの幹部と会合を開くと、向こうから「一時休戦にしませんか?」と持ちかけられた。 油断させて大幅に戦力を削ってくるか?と警戒したが、その様子はない。 彼らも六人組の彼らを気にしてる。という噂を聞いてからは、こちらからも手を出さないようにした。 「だと思ったらあいつらも動かなくなるとはな…」 前まで争いが絶えなかったのに、今は平和だ。 これもあいつら六人の仕業か?と頭を抱えたまま仙蔵が呟くと、文次郎がチッと舌打ちをする。いいように遊ばれている気がしてならないのだ。 あれから情報を収集しようとしたが、逃げるのがうまくてなかなか得ることができない。 アジトも簡単に見つかると思ったのに、全く見つからない。 解ったことと言えば、彼らのフルネームと、小平太の情報から「竹谷八左ヱ門は一般人以上の力を持っている」ということ。 だが、よく交戦中に現れる八左ヱ門と勘右衛門、雷蔵の戦闘能力が高いことは知っている。 まだ若いのに、死線をくぐってきたような彼らの動きは敵ながら見事だ。 研ぎ澄まされた集中力と肉体に、一度だけ仙蔵が「ほしいな」と呟いた。 でも彼らが自分たちの傘下に加わるなど想像できない。そんな人間ではないことは解っている。 このまま放っておけばきっと自分たちの脅威になる。もしかしたらレゴーラファミリーに行くかもしれない。そうなってしまっては困る。 野犬が狼にならないよう、できるだけ早いうちに潰したい。 「せめて目的さえ解れば手の打ちようがあるんだが……。全然わかんねぇよ!」 「落ち着きなよ留三郎。大丈夫、彼らがいくら強くたってまだ子供だ。いずれボロを出す」 「子供って伊作…。俺らとそう変わんねぇだろ…」 「ううん、子供だよ。あの目は子供だ」 ソファに座り、両手で頭を抱えたままの留三郎は「あ?」と伊作を見上げる。 コーヒーを飲みながら微笑む伊作はそれ以上喋らず、部屋の一番奥に座っている仙蔵に顔を向けて名前を呼んだ。 「ところで、小平太はいつになったら戻ってくるの?」 「ん?ああ、ついでに健康診断もしてもらうことにした。あいつの身体もどうなってるんだろうな」 「……にしては遅くないかい?健康診断にそんな時間はとられないと思うんだけど…」 「車で事故ったんだぞ。さすがの小平太も数週間入院すんだろ。って、留三郎!コーヒーに砂糖とシロップを入れるな!見るだけで鳥肌が立つ!」 「俺がなに入れようと関係ねぇだろ!黙ってろ!」 「お前らやかましいぞ。殺されたいのか」 くだらないことで口喧嘩をする文次郎と留三郎に青筋を浮かべる仙蔵を見て、伊作は「んー?」と考える素振りを見せた。 そのあと書類に目を通していた長次に目線を移動させる。 視線を感じた長次は目を伏せてから、立ち上がり、仙蔵の前へと歩く。 「小平太から伝言だ。「拾ってくれたのはお前だが、ボスではない」」 「……。長次、いつからだ」 「先週から…」 「はぁ…うちの野犬もバカだな…!」 ダンッ!と拳を机に叩きつけ、うな垂れるのだった。 「三郎、大丈夫…?」 「すまない、雷蔵…。大丈夫だ…」 噂の野犬六匹はアジトにこもっていた。 外は雨が降っており、室内も若干湿気が多い。 部屋の中心にあるソファに寝転んでいるのは三郎。 顔色は悪く、「大丈夫」という言葉に覇気すらこもっていない。 ソファを覗き込んで心配する雷蔵に笑って見せるも、雷蔵は悲しそうな表情を浮かべるだけ。 「ここ最近動きすぎたからな…。大丈夫、雨が止んで、ゆっくり寝れば頭痛も治まるさ」 「……うん。僕たちも動かないからゆっくり休んで。兵助も」 「ああ…」 三郎とは反対のソファには兵助が寝ていた。 目に包帯を巻いて、眉間にシワを寄せている兵助は、大事なはんなりさん豆腐のクッションを枕にして、大人しくしている。 その足元に座っているのは勘右衛門。 二人の言葉に笑顔で「そうそう、大人しくしときなよー」と楽観的に声をかけて、雑誌を読むのに集中する。 「……勘右衛門、ちょっと楽観的すぎない?」 「え、そう?でもしょうがないよ、力使ったらどうしてもそうなっちゃうし」 「僕たちのために使ってるんだよ?少しぐらい心配したって…」 「あはは、雷蔵も八左ヱ門も過保護なんだって!大人しくしてたら治まるんだから待ってよーよ」 「過保護だなんて…。だって僕……僕、何も…」 「勘右衛門、力を使うな。雷蔵、君も落ち着け。深呼吸しろ」 勘右衛門と雷蔵の会話に不穏な空気を感じた三郎は、上半身を起こして仲介に入る。 兵助も「勘ちゃん…」と弱々しい声で制した。 三郎に促され、兵助に諭されてから勘右衛門はいきなり真顔になって「ごめん」と謝る。 「だって兵助たちがここまで酷くなるの久しぶりだしさ…。俺、怖くなって…」 「こうなることが解って立てた作戦だ。すまない」 「三郎は悪くないよ!僕が何もできないから…だから兵助にも勘右衛門にも迷惑かけちゃって…っ。ごめん…ごめんね…!」 「落ち着けと言っただろ、雷蔵。大丈夫、君には助けてもらっている。あぁ、そうだ。また紅茶を淹れてくれるか?酷く喉が渇いてしまってな…」 「三郎……うん…。兵助たちもいる?」 「俺はいい。少し寝るから…。勘ちゃんも少し寝ろ」 「解った…。雷蔵が淹れてくれた紅茶飲んだら寝る」 彼らには特別な力があった。 その力のおかげで、六人しかいないにも関わらずたくさんのマフィアを潰すことができた。 兵助は集中したら視力が尋常じゃないほどあがり、遠くからの射撃も可能になる。その代り、使いすぎると目が酷く疲れ、さらには目を開けることができなくなる。 三郎は一度見たもの、聞いたものは忘れない。その凄まじい記憶量と情報量に慢性的な頭痛に襲われる。特に雨の日は酷い。 勘右衛門は自分が不必要と感じた感情を削除することができる。だが、使いすぎると感情のコントロールがうまくいかなくなり、ネガティブ連鎖が止まらなくなる。 そして雷蔵にはそういった能力がなかった。 自分だけ何も持っておらず、それが歯がゆくて仕方ない。そのせいで時々不安が爆発することがある。 傷口をなめ合うように、お互いがお互いを支えている関係だが、家族以上の絆が彼らにはあった。 「おいーっす、夕飯買ってきたぜー」 「おいーっす、明日の朝ご飯も買ってきたよー」 暗く沈んだ部屋に明るい声が響く。 買い出しに出かけていた八左ヱ門と千梅が帰宅し、四人を見て首を傾げた。 三郎が「尾行されてないだろうな」と言えば二人は笑ってピースサインを見せる。 子供のような行動に雷蔵と勘右衛門が笑い、三郎も口元を緩ませる。姿は見えないが空気を悟って兵助もほっと息をついた。 「でも当分の間動かないほうがいいかもな。今日もあいつらが探ってたぞ」 「三郎に変装してもらわなかったらヤバかったよね」 買ってきたものを机に置いて、八左ヱ門だけ三郎にやられた化粧を落としに洗面台へと向かった。 千梅が着ているのはスーツではなく、そこらへんの女の子が着ていそうな可愛らしいワンピース。 勘右衛門に「可愛いよー」と言われて、ウインクをして「ありがとう」と答える。 だけどすぐに動きやすいスーツに着替えて三郎が座っているソファの前に座った。 彼らに顔がバレていることは既に把握済み。でも買い出しには行かないといけないので、こうやって変装をしている。 化粧と服装、髪形だけで解らないものだと、八左ヱ門は毎回思う。 「よっしゃ、食おうぜ!俺これなー」 「私これ!三郎たちは好きなもの選んでね。って言うか聞いて!ハチってば買ったら私を置いて帰ろうとしたんだよ!酷くない!?」 「だからそれは謝っただろ!しょうがねぇじゃん、腹減ってんだから!」 「私が置いて行かれるの嫌いって知ってるくせに!」 「……お前たち二人が行ったら絶対に肉ばかりだな…。私は野菜も欲しいよ…」 「俺もー。バランスよく食べたいよねぇ」 「千梅、俺が頼んでた豆腐は買って来てくれたか?」 「あ、うん。私が食べたらアーンしてあげるからちょっと待ってね」 「俺は今すぐ豆腐を食べたい!」 「雷蔵は俺と一緒の牛丼な。お前牛丼食べてたいって言ってたよな?」 「よく覚えてたね。ありがとう、八左ヱ門」 一週間分の食料を買い込めばいいのだが、それだと怪しまれてしまうので、夕食と朝食の分しか購入しなかった。 絶対に怪しい行動はしてはいけないのだ。 常に気を張って生活をしている彼らだが、この部屋だけは気を張らなくてすむ。 「―――」 だったのだが、目を鋭くさせた八左ヱ門が勢いよく立ち上がり出入口の扉を睨みつけた。 すぐに他のメンバーも立ち上がり、大事なものだけ持って逃げる準備を整える。 「兵助は俺が背負うから三郎と雷蔵は車を頼む」 「悪い、勘右衛門…」 「それはあとから。大人しくしててね」 「雷蔵、悪いが先行してくれ。援護は私に任せろ」 「うん、任せて!」 「八左ヱ門、千梅。いいか、無理はするな。逃げろ。今はその時じゃない」 「解ってるっつーの!」 「ハチは私に任せて早く逃げて」 近くの床を叩くと下の階へ降りる階段が現れた。 先に雷蔵が下りて、次に三郎が下りる。兵助を背負った勘右衛門が下りると、通常の床に戻って部屋は静かになった。 「俺の予想からしたら、きっと七松」 「そりゃあ怖いね。とりあえずサングラスしとこ…」 スーツの胸ポケットに入れていたサングラスをかけて、顔を隠す千梅。 サングラス越しに扉を見て、耳をすませばコツンコツンと靴音が聞こえてきた。 この場所に向かってきている。 だが、足音は途中で止んで二人は首を傾げた。 ピリピリと鋭い殺気を肌で感じているから人違いとは思えない。 「千梅離れろ!」 「わっ!」 千梅には聞こえない音が八左ヱ門には聞こえ、千梅を抱きしめて扉から離れた。 その瞬間、爆発音がビルに響き渡り、二人もその音に苦悶の表情を浮かべる。 コンクリートや木片が二人を襲ったが、かすり傷程度。 ガラガラと壁が崩れ落ち、煙の向こうに一人の男。 手には爆弾と銃。スーツをまともに着ていないが見覚えのある顔に八左ヱ門はハッと笑って立ち上がる。 「たーけやくぅん、あっそびましょー」 アルモニアファミリー幹部、七松小平太が既に戦闘態勢で現れたのだった。 ( TOPへ △ | ▽ ) |