帰宅と日常 「いやー、いい運動になったわー!俺の出番全然なかったらどうしようかと思った」 高かったであろう黒いスーツは埃で汚れていた。 シャツもだらしなく着ており、小平太同様ただの不良にしか見えない八左ヱ門は、迎えに来た車に乗り込んでニコニコと笑う。 バックミラーで八左ヱ門を見ながら勘右衛門は「楽しそうだったね」と微笑むと、助手席に座っていた兵助が「勘右衛門」と制す。 勘右衛門はすぐに黙り車を発進させる。 兵助は八左ヱ門を振り返って、ジッと見つめた。 「八左ヱ門、遊びすぎだ。それに暗殺は失敗してしまったんだ、笑ってる場合じゃないない」 「へいへい…。でも別にあの二人を殺さなくていいんだろ?」 「殺せるなら殺したほうがいい。まさかあんなに離れてるのに気付かれるなんて…」 「あの男は化け物だな」 「それ、はっちゃんが言うー?」 「それを言うならお前らもだろー!」 アハハ!と年相応に笑う二人だったが、兵助の不機嫌なオーラに口を紡ぐ。 車内は静まり、エンジン音だけが聞こえる。 しかし、遠くから救急車の音が聞こえ、八左ヱ門は自然と笑った。 最初出会ったときからあの男、七松小平太だけは気に食わなかった。 きっと自分と同じ性格の戦闘バカ。たったそれだけだが、気に食わない。同族嫌悪というやつだ。 「さて、兵助。このままアジトに帰るけど大丈夫?」 「ああ。尾行されないように帰ろう」 適当に市内を走り、尾行されてないのを確認してから兵助に聞くと、兵助はスナイパーライフルを分解しながら短く答えた。 八左ヱ門が周囲の警戒をするも、誰かに見られている気配はない。 兵助の言葉に勘右衛門は軽く返事をして、とある路地裏へと車を入れた。 古いビルの隣に車を停車させ、何度もあたりを警戒しながらビルに入ってアジトへと向かう。 アジトはこのビルの建物の中にはない。 アジトへ向かうまでにたくさんの隠れ道があり、そこを通っている。 自分たちは見ての通り存在するマフィアファミリーに比べて人数が少ない。いくら個人の力が強くても、数には勝てるわけがない。 一つの場所に留まっているつもりはないが、逃げ道はたくさんあったほうがいい。というのが我らが参謀、三郎の考え。 勿論、三郎の言葉は素直に聞き入れ、面倒ではあるが遠回りをしてアジトへ戻って来た。 「おーっす、戻ったぞー」 「あ、お帰り三人とも。どうだった?殺れた?」 「すまん雷蔵。口封じはできたが、あいつらは殺せなかった…」 「気にするな兵助。それも全て私の計算の内だ」 「さっすが三郎!だから兵助、落ち込むなって。ほら、甘いもの食べよ?」 「……豆腐がいい…」 彼らのアジトの窓はカーテンで全部閉め切っており、必要なものしか置いていない。 部屋の隅にはゴミ袋が積まれ、その隣にトイレとお風呂への扉。 広い部屋の中心に生活スペースがあって、ソファに座っていた雷蔵と三郎が三人を迎えてくれる。 対面にもう一つソファがあり、そこには千梅が毛布にくるまって寝ていた。 千梅の隣に腰を下ろした八左ヱ門は息を殺して顔を覗き込む。 「千梅、まだ目ぇ覚めねぇの?」 「まだ傷が癒えてないんだろ。そう心配するな」 「ハチは過保護だよね。あ、兵助報告してくれる。僕お茶いれてくるよ」 「雷蔵、俺も手伝う!お菓子もあったよね?それ食べよう!」 大丈夫なのは解っているが、起きない千梅を見ると落ち着かない。 先日も色々なマフィアに喧嘩を売ったり、割り込んだりして暴れてきた。 その途中、千梅が自分を庇って怪我を負ってしまい、現在治療中。 銃弾が腕を貫通したというのに彼らも、彼女も病院に行こうとしない。行かなくても大丈夫だからだ。 「いくら寝たら治癒するからって……」 「じゃあ病院に行くか?行けるのか?」 「……悪い…」 「いつものことだろ。兵助、報告頼む」 いつものこと。と冷たいように聞こえるが、三郎だって千梅を心配している。 だけど心配をしたところで千梅がすぐに目を覚ますわけではない。 大人しく彼女が起きるのを待とう。それまではやることをやってしまおう。というのが三郎の考え。 解ってはいるが、八左ヱ門はすぐに納得できない。 八左ヱ門と三郎のサイドにある椅子に座った兵助は簡単に先ほどのことを説明した。 「やはりアルモニアファミリーの幹部様は強いな」 「あいつらを使って戦力を削ぎ、油断したところを…。だったのに、本当にすまない…」 「いや、気にするな。殺れないことは解っていたって言っただろ。それに別に殺らなくていい」 真面目な兵助はちゃんと殺せなかったことに落ち込む。 三郎が気にするなと言っても彼は暗い表情のままで、俯く。 そこへ、お茶を持った雷蔵とお菓子を持った勘右衛門が戻って来て、「はい」と杏仁豆腐を出してくれた。 「これ食べて元気だして?まだ殺れなくていいよ。時間はたっぷりあるからね」 「そうそう!ゆっくりとあいつらを追い詰めよう!」 「雷蔵…勘右衛門…!」 「つーか、あの距離から口封じが成功したほうが凄いって」 「兵助の射撃の腕は天下一品だからな」 雷蔵に渡された紅茶で食道、胃を温めて微笑む三郎。 八左ヱ門は「また紅茶かよ!」と文句を言っていたが、渡されたお菓子に「おほー…」と笑みをこぼす。 そんな優しい雰囲気に兵助もようやく苦笑し、「ありがとう」と言って紅茶を飲んだ。 「んー……」 「千梅?」 さて、次は何をしようかと談笑していたら、毛布がゴソゴソと動きはじめ、ダルそうな声が聞こえた。 すぐに八左ヱ門が反応して声をかけると、「おー」と答えが返ってくる。 雷蔵も近づいて「大丈夫?」と千梅を心配した。 「あー……うん、よく寝た!」 ゆっくりと身体を起こして欠伸を一つ。 固まった身体を解(ほぐ)してから明るく笑う千梅に、八左ヱ門を除く全員がホッと息をついた。 頬に張られていた絆創膏を剥いで、足もとに座っている八左ヱ門を見ると、彼は険しい顔で千梅を睨んでいた。 「お前が女じゃなかったら殴っていたところだ」 「…ハチ…」 「俺を庇うなって言っただろ!俺はお前らより身体強いし、あれぐらい避けることができた!」 八左ヱ門の怒鳴り声に全員が黙って千梅の言葉を待つ。 確かに八左ヱ門は彼らより…いや、どの人間より強靭だ。そう作られたのだから。 銃弾ぐらい避けれるし、被弾しても大した怪我ではない。だから庇うなと皆に言っている。 それなのに千梅は庇い、こうやって寝込んでいた。 寝ている間は心配をしていたが、起きた途端怒りに変わる。 「ごめん、ハチ。でもさ、そんなこと言うなら私の治癒力のほうが高いよ。ハチが怪我を負って動きが一瞬止まるより、私が盾になったほうが効率よかったでしょ?」 「っだからってなぁ!」 「はい、そこまで!はっちゃん、病み上がりに怒鳴らないの。雷蔵、千梅診てくれる?大丈夫だと思うけど一応ね。で、三郎と兵助は次の話し合いしてて」 「ああ、そうさせてもらう」 「八左ヱ門は本当に過保護だな」 「仲間が大好きすぎるんだよ」 「三郎、自分で言って恥ずかしくないか?」 「少し鳥肌が立った」 怒鳴る八左ヱ門を抑える勘右衛門と、苦笑する千梅。 雷蔵も苦笑しながら千梅の撃たれた場所を見るも跡は綺麗に消えていた。 いくつか質問をするも彼女は笑顔で「大丈夫」と答える。 彼女は嘘をつくのが苦手なので信用し、毛布を掛け直してあげた。 「それでももう少し休んでて」 「ありがとう、雷蔵。私もお菓子食べていいかな。お腹減っちゃってさー」 「勿論だよ。勘右衛門、あのマカロンあげていい?」 「うん、いいよー!」 「千梅!今度俺を庇ったら本当に殴るからな!」 「時と場合による。八左ヱ門はバカだから私がサポートしてあげないとねー」 「んだとぉ!?」 「もー、はっちゃんうるさいってば!」 先ほどまで戦ってきたとは思えないほど彼らは楽しそうに笑っていた。 三郎と兵助もいつの間にか四人と盛り上がっており、幼い笑顔をたくさんこぼす。 狭いソファにぎゅうぎゅうになって、皆の体温を感じながら食べるお菓子と紅茶は美味しく、力が入っていた身体はようやく解かれていった。 ( TOPへ △ | ▽ ) |