無自覚なバカップル !注意! 文次郎大学生、女の子高校生の過去話。 何度体験しても、これだけはいつも緊張してしまう。 鏡で自分の姿を確認して、家を出た名前は、すぐに「変なところないかな?」と自分の身体を確認するが、時間が時間なので家に戻ることなく早足で待ち合わせ場所へと向かった。 「潮江先輩、いつも来るの早いからなぁ…」 今日は久しぶりのデート。 大学生となった文次郎とようやく時間が重なり、文次郎が誘ってくれた。 勿論、「デートしよう」なんて言葉ではなく、彼なりの不器用な誘い方だったが、名前は喜んで首を縦に振った。 約束の時間は十一時。十分前には到着できるよう家を出たのだが、待ち合わせ場所には既に文次郎がいて、さらに速度をあげる。 文次郎は絶対に相手を待たせるようなことはしない。それが恋人の名前なら尚更だ。 それを解っているから、名前も早く来るのだが、いつまで経っても彼より早く到着したことがない。 「おはようございます、潮江先輩。相変わらずお早いですね」 「おはよう、名字。いや、今ついたばかりだ」 手のひらに収まる本を閉じて、鞄に収めて駆け寄ってくる名前に近寄る。 「走らなくていい」と言う文次郎に、名前は笑顔で答えると顔をふいっと背けた。 久しぶりに会ったせいか、恥ずかしいのだろう。すぐに文次郎の気持ちが解った名前はさらに笑って、隣に並んだ。 「今日はどこへ行きましょうか」 「ひ、久しぶりだからな、お前が行きたいところについて行こう」 「考えて来てはくれなかったのですか?」 「……。本当にいいのか?」 「はい。潮江先輩と一緒ならどこでも」 学生の身分のくせに、熟年夫婦のような雰囲気を出す二人に、周りにいたカップルも呆気にとられていた。 手を繋ぐことはないが、ピッタリと寄り添って歩く名前。 結婚するまでは、清く正しく!という考えなので、手を繋ぐことすら気恥ずかしい。 名前は手を繋ぎたいが、時々自然と手を握ろうとしてくる文次郎を見るのが楽しくて、自分から手を握ることはない。 それでも、自分から手を握れば驚いた顔を見せてくれる。それも面白い。 「(今日はどうしましょうか…)」 「名字、悪いが先に俺の用事を済ませていいか?」 「はい、勿論です」 最初に文次郎の用事を済ませるため、本屋へと向かう。 他にも色々と巡り、お昼が落ちついた時間にレストランへと向かった。 「名字。もっとお洒落なお店とかのほうがいいんじゃねぇのか?ほら、…女はそういうのが好きだって……」 「私は潮江先輩と一緒ならどこでも構いません」 それに、そういったお店は苦手ですもんね。 と笑いながら言うと、文次郎は口をモゴモゴさせながら「すまん」と謝る。 でもこれは本音だし、別に他のカップルと同じようなことをする必要はない。 ゆっくりと遅い昼食を済ませたあと、今度は名前が行きたいお店を巡ることに。 「っあ…」 「どうした?」 「すみません…。ミュールが壊れてしまって……」 あまり履くことがないものを履いたせいか、変な歩き方をしてしまい、ヒールの部分が壊れてしまった。 しゃがんでヒール部分を拾いながら、擦れて赤くなっていた部分を隠す名前。 実はずっと前から痛くて我慢をしていた。文次郎にバレたら「バカタレ。何故言わなかった」と怒られる。 怒られる。とは言っても、名前を思って叱ってくれるわけだから、それは別に構わない。 でも、「気づかなくて悪かった」と思われるのが嫌だ。 痛くても、文次郎に可愛い姿を見せたくて頑張ったのだから、文次郎がそんな気持ちになってほしくない。 どうしようかと黙っていると、 「少しそこで待ってろ。すぐ戻る」 とだけ言い残し、彼は名前から離れて行った。 一瞬、置いて行かれた?と思った名前だったが、彼がそんな人ではないことを思い出し、通行人の邪魔にならないよう横に避ける。 丁度あったベンチに座り、絆創膏を取り出そうとしたが、あからさますぎてどうしようかと悩む。 「潮江先輩優しいから絶対に気にしちゃう…」 やっぱりミュールなんて履かなければよかった。 でも、大学生の文次郎に似合う女性になりたかった。何故一つ下に生まれたのかと、どうしようもない悩みに悲しい気分になり、俯く。 「名字、大丈夫か?」 「っ潮江、先輩…」 「足を出せ」 「え?」 「いいから出せ」 「あ、はい…」 少し息の上がった文次郎がいつの間にか戻って来ており、目の前にしゃがむ。 恐る恐る痛んでいた足を出すと、優しく掴んで、しゃがんだ自分の太股に名前の足を乗せた。 ビックリして足をひっこめようとする名前に、「大人しくしてろよ?」と下から睨む。 「あ、あの……この恰好はあまりにも恥ずかしいのですが…」 「お前が高いもん履いてるからだろ」 「……」 「………いや、別に怒ってるわけじゃなくてだな…」 「いえ…」 そう言いながら絆創膏を取り出し、擦れた部分に張ってあげる。 「ありがとうございます」と言って離れようとするが、「まだだ」と言って名前の動きを止めた。 文次郎の手には可愛らしいパンプスに、首を傾げる名前。 「センスに自信ねぇけど、その……お前に似合うと思って買ってきた…」 俯いているせいでどんな顔をしているか解らなかったが、照れているのが解って名前もようやく笑顔をこぼす。 片膝をついたままの状態で名前に買ったばかりのパンプスを履かせてあげる文次郎。 「潮江先輩」 「だから、センスは「紳士みたいですね」 素敵です。と思ったことを口にすると、やはり顔をあげないまま「バカタレ!」と怒られた。 「立てるか?」 「はい」 履かせたあと、名前の手をとってベンチから立たせると、痛みはするものの、先ほどより楽に立てた。 すぐに「ありがとうございます!」と笑顔でお礼を言えば素っ気なく「おう」と答えて、とった手に力を込める。 「ところで何故私の靴のサイズをご存じなのですか?」 「は?好きな奴のサイズぐらい知ってて当然だろ?」 「……そうですか、根っからの紳士なのですね、先輩は…」 「え?」 「何でもないです。あ、そうだ!お金。お金払います」 パンプスのお金を払おうと、鞄に手を伸ばす名前だったが、文次郎は握っていた手に力を込めて、「いらない」と断った。 何度か、「払います」「いい」を繰り返していると、文次郎がハァ…と重たい溜息を吐いて、地面に置いていた壊れたミュールを持って、歩きだす。 手を繋いでいるので、名前も必然的に歩くようになり、「先輩!」と強い口調で名前を呼んだ。 「いいんだよ、金なんて」 「でも…!」 「お前はほんっと頑固だな」 「潮江先輩には言われたくありません。お願いですからお金を払わせて下さい」 「いいか、名字。何で男が女に奢ってやるか知ってるか?」 「……いえ…」 「女が頑張って男の為にお洒落をしたからだ。その時間とお金に対して、お礼をしてるんだ。解ったら黙ってろ。それじゃなくてもいっつも割り勘なんだからよ」 「……」 言うだけ言って歩き出す文次郎と、思わず言葉を失ってしまった名前。 無言が続いていたが、すぐに名前が笑って、握った手に力を込めた。 「文次郎さん」 「っな…!?なまっ、え……!」 「愛してます。これからもずっとお側にいさせて下さいね」 「…………あぁ。こっちこそ頼む」 名前の言葉に文次郎も笑って、一度止めた足をまた動かした。 ▼ いつか書こう書こうと思ってなかなか書けなかった紳士文次郎のお話! 文次郎はとにかく格好いいんだよ!というのが伝わればいいです。 そして格好いい文次郎を書けて満足っ。 「男が女に奢る話」はどっかで聞いて、それを使わせて頂きました。 以下はおまけ。 紅尾とたぎったネタです。 「じゃあせめてミュールは私が持ちます」 「いや、いい。俺が持つ」 「私が持ちます」 「いいって言ってんだろ」 「私のですよ!いいじゃないですか」 「お前……何でそんなにも頑固なんだ」 「それは潮江せ…じゃなくて、文次郎さんもですっ」 「そんなに持ちてぇなら俺から奪ってみろよ」 「あっ、上に持ち上げて…!取れるわけじゃないですか、文次郎さんのほうが身長高いのに!」 「ほーら、とってみろ」 「意地悪な顔して…!」 「どうした?もう諦めるのか?」 「ニヤニヤとまぁ…!こうなったら……えいっ」 (首に腕を回して正面から抱きつく) 「ッ!?」 「え!?わ、先輩ッ!?」 (後ろに倒れて、名前が押し倒す形になる) 「だ、大丈夫か名字…?すまん…」 「いえ…私が抱きついたから……。すみません、今も押し倒し「っ早くどけ!」……お断りします」 「お前……今さっきの仕返しか!?」 「さぁどうでしょうねぇ?」 「ぐっ…!」 「…あの鍛錬バカは街中で何してるんだ?」 「潮江先輩と名字先輩って本当に仲良しですよね」 「まぁ私とお前の仲ほどではないがな」 「やだ、立花先輩!あ、あそこのお店寄ってもいいですか」 「ああ、構わんぞ」 街中だということに気づいた文次郎が、真っ赤になってその場から立ち去るのには、まだまだ先。 ( TOPへ △ | ▽ ) |