夢/頂き物 | ナノ

雨に隠した言の葉


!注意!
BL要素入ってます。





ある雨の夜、下級生の殆どは寝静まり、鍛練馬鹿な上級生も騒いでいない、虫も動物も勝手な散歩に出ていない、珍しく静かな忍術学園の六年長屋の一室で、名前と留三郎はお互いに無言で顔を向かい合わせていた。


「・・・名前。」


雨の音だけが聞こえる静寂の中。
沈黙を破ったのは、名前の名を呼んだ留三郎の声と、怯えたように息を呑んだ名前の呼吸音だった。
食満留三郎と名字名前、この二人はは組に在籍し、一年の頃こそ多少の衝突はあったものの、留三郎の持ち前の世話好きで友人思いな性格が功を奏したのか、次第に名前が懐き、遂には任務や委員会以外で二人が個別にいるところを見たことがない、と言われるくらいに共にいることが多くなっていた。
下級生の中には二人が同室であると勘違いを起こす者もいるくらいである。
犬が主に懐くがごとく名前が留三郎に引っ付き甘え、それを少し咎めつつも笑みを浮かべて好きにさせている留三郎。
はたから見れば恋仲ではないかと思うくらいの仲のよさだったのだ。


「お二人は恋仲なのですか?」


当時四年だった二人は、一年後輩の鉢屋三郎の突然の質問に驚きながらも「そんなわけねーじゃん!」と笑って名前が否定し、留三郎もそれに「ああ。」と短く答えた。
しかし三郎は、そのときの二人の表情、僅かではあったがその違いで、二人の気持ちに違いがあることをはっきり見抜いた。
そう、食満留三郎は、名字名前を男が女子を想うかのように好いているのだと・・・。


「それから食満先輩はその想い名字先輩に告げるつもりはないのだろう、・・・ともね。驚きはしましたけど、同時に理解もしました。食満先輩は想いを伝えない。代わりに自分に一等懐き甘える名字先輩を傍に置き、「特別」を作ることで心の平穏を得ているのだと。そして先輩方も食満先輩の想いに個人の差はあれど気付いている・・・そうなのでしょう?・・・七松先輩」


今にも降り出しそうな重い雲で覆われた空の下、忍術学園から遠く離れた森の木の上で三郎は自分が立っている枝の反対側の枝に座る七松小平太に視線を向けつつ声をかける。
尋ねるように声を掛けられた小平太は、視線のみを三郎に向け、普段の彼が浮かべないような苦笑を僅かに浮かべた。
個人鍛練の帰り道、「話がある」と走っていた自分の足を止めた珍しい後輩の姿に初めこそ驚きはしたものの、話の内容に自分が選ばれた理由が分かってしまった。


「鉢屋が言いたいのは・・・、竹谷のことか?」


それでもなお確認するように、三郎に顔を向けながら問うた言葉に三郎は僅かに間を開けながらも頷いたのを見て、いよいよ小平太は苦笑を隠さずに零してしまった。
・・・この後輩は警告をしにきたのだ。
同級の中では速い時期に留三郎の想いに気付き、同級の中では一番近い位置で見守っていた小平太に、観察が好きなこの後輩は、知って考えたうえで、もたらしに来てくれたのだろう。このままでは危ないぞ、と・・・。


「どうなさるおつもりですか?このままでは食満先輩は暴走しかねませんが・・・」


三郎の問いに小平太は再び苦笑を浮かべた。


「そうだな・・・。私もどうにかしてやりたいとは思うが、名前が留三郎の想いに気付いておらんし、留三郎も二人の関係性に恋慕がないと分かった上で焦れている節があるからなぁ・・・。ここまで来ると成り行きを見守るしか出来ん。おそらく長次や仙ちゃんに聞いても同じ答えが返ってくるだろうな。どうすることも出来ない、とな。」
「・・・では現状維持しかない、と?」
「・・・だな。まあ、留三郎だって馬鹿じゃない。感情に任せて後輩を手にかけるなんて事はしないだろうから心配するな。お前の級友には何の危害もない筈だ。」
「・・・私が心配しているのはそこではありません。」 「ん?」 てっきり級友の身の危険を第一に案じて警告に来たのだろうと思い、安心させるようにいつもの笑みを浮かべながら言葉を紡いだ小平太だったが、苦虫を噛み潰したように、搾り出すような小さな返答に思わず浮かべていた笑みを消して三郎を見て首を傾げた。そんな小平太に三郎はなおも苦い顔をしたまま口を開く。→
「・・・万が一、食満先輩が我慢の限界を迎えて名字先輩に想いを告げてしまったら、いくら馬鹿で鈍い名字先輩とて食満先輩がどれほどの時間自分を想っていたのかを悟ってしまう筈です。そうなってしまったら、あのお人好しな先輩のことです。・・・こう考えてしまうのではないですか?「自分はどれだけ留三郎を苦しめていたのだろう」・・・と。」


三郎の言葉に小平太は眼を丸くしながらも、すぐに嬉しそうに笑って立ち上がる。
そんな小平太を見て三郎は不思議そうに顔を顰めた。


「・・・何だ。名前のことを嫌いだとか言っていたが、何だかんだいって鉢屋も名前が好きなんだな。よく見てるじゃないか、名前のこと。」
「・・・嫌いだと申し上げたことはありません。苦手だと言ったんです。そして苦手が故に克服したいと思えばこそ観察をしてしまうだけです。」
「うんうん、好きだから傷ついて欲しくないのだな。何だ、意地悪く性も悪いと思っていたが、鉢屋も可愛いところがあるのだな!」
「・・・っ、好きだと申し上げた覚えもありません!と言うか、私が言いたいのはそうではなく・・・!」
「二人の関係が気まずいものになり、そんな空気を下級生たちが感じ取って不安がらせてしまうのではないか、だろう?」
「・・・分かってらっしゃるのでしたら、からかわないでください。・・・性が悪いのはどちらだ。」
「ん?何か言ったか?」
「イイエナニモ」


自分の態度にすっかり機嫌を損ねてしまったらしい後輩に小平太は肩を竦めながらも緩やかに笑みを浮かべた。
例えどんなに年が近くとも三郎も年下、自分の後輩なのだ。可愛いと想うが故に多少からかいたくもなる。


「・・・まあ、そこも多分大丈夫だろう。ほぼ六年間名前を想い続けて世話を焼いてきたんだ。留三郎ならきっとそこらへんもちゃんと分かって対応するだろう。」
「・・・ずいぶんとご信用なさってるんですね。」
「ああ、仲間だからなっ!それに、信用ではなくて、信頼してるんだ。留三郎なら大丈夫だ、とな。・・・さ、そろそろ帰るぞ鉢屋。夕食を食い損なってしまう!」
「・・・承知。」


小平太の言葉にまだ少し納得が行かない部分はあるものの、三郎も渋々前を行く小平太の後に続くように走り始める。
そんな気配を後ろに感じ、小平太は笑みを浮かべ、足は止めないままに遠い記憶を掘り起こしていた。
小平太が留三郎の想いに気付いた理由はよく覚えていない。
覚えているのは三年生くらいの頃、留三郎の名前を見る視線が、自分や他の同級生を見る視線とは違っていて、その眼の奥に何かを決意したような色を秘めていたことくらい。
その後、当時なにかと上級生に反感をかっていた名前を留三郎が心配しつつもどうにも出来ないことを歯がゆく感じていたことを知り、少しでも役に立てばと何かと名前の周りを引っ付くようになった。
小平太の身体能力、戦闘能力はすでに当時の六年を負かすことが出来るほどで(その時の六年が特に弱かったから、と言うのもあるだろうが)、自分が名前の傍にいれば上級生は恐れをなして手出ししてこない。
それを知っていたから、小平太は名前に悟られない程度、留三郎に妬かれぬ程度に間に入るようになった。
長次や仙蔵は渋い顔をしていたけど、小平太意図を理解していたからか何も言わなかった。
留三郎には最初こそは小平太を親の仇の様に睨んできたが、小平太の行動の意味に気付いてくれたからなのか、たまに羨ましそうな顔はしつつも獣同士のじゃれあいだと思って微笑ましく見てくれるようになった。
そうやって以前は用心棒まがい、現在は虫除け代わり(留三郎の面倒見のよさが移ったのか、名前は後輩にもてる)をしつつ見守っていたのだが、最近ではそれも気休めにならなくなってきていたのは小平太自身も感じてはいた。
その原因が、三郎の級友であり、名前のすぐ下の後輩である生物委員の竹谷八左ヱ門である。
自分たちが最上級生の六年になってから、名前は前より精力的に委員会活動に参加するようになった。
それだけならまだ最上級生としての自覚が出てきた、と言うだけで片付けられたのだが、同時に竹谷と名前の距離が急激に縮まったかのような親密さを見せ始めたのだ。
小平太も三郎も、そしてきっと留三郎だって、その親密さは一種の「師弟愛」であり、名前が竹谷を可愛がりつつも、今まで自分が培ったものを竹谷にも引き継いでもらいたいと思っているが故であり、竹谷も多少行き過ぎの感はあるが、尊敬の念でのみ名前に接しているのは気付いている。
が、それでも留三郎にとっては不安になってしまうのだろう。
長年隠しながらも密かに想い続けていたにせよ竹谷に名前を、自分の「特別」を、全て奪われてしまうのではないかと・・・。


「(・・・名前の話題が最近竹谷のことばかりだというのも、留三郎が不安になる原因の一つにはなっているのだろうな。・・・でも、やっぱり鉢屋ほど心配はしてないんだよなぁ、私。)」


留三郎ならきっと大丈夫。
・・・そんな根拠のない自信を胸に掲げながら、小平太は重みに耐え切れずに降り始めた雨に追い立てられるように、忍術学園への道を走っていくのだった。

小平太と三郎が離れた森でそんな会話をしている頃、学園の六年長屋の一室で、留三郎と名前は話題の中心になっているとも知らずに向かい合って飲んでいた。
いつもであれば賑やかに、時に穏やかに、和やかに、そんな空気に包まれる幾度か続けている二人だけの飲み会なのだが、今日に限っては重苦しい空気に包まれ、名前は内心困惑しながらも静かに杯を重ねていた。
偶然町で出会ったきり丸のアルバイトを手伝ったら、現物支給という形で渡された酒、それが普段自分達では高くて手が出ないような名酒だったので、留三郎と飲もうと思い誘いを掛けた。
誘ったときと飲み始めた頃は上機嫌に笑っていた留三郎だったのだが、名前が気が付いたときには機嫌が悪そうに無表情で酒を飲んでいたのだ。
そんな留三郎の変化に名前は驚きを隠せず、ただただ困惑していた。


「(俺、ここまでで何か留さんの気に障ることしたっけか?いや、普通にいつものように話してただけだよなぁ・・・。それとも会話の中で何か怒るようなことがあった?もしかして酒の勢いに乗って留さんに秘密にしてた壊したもんとかばらしちゃったのか?!)」


酒を飲みながら必死になって原因を考える名前。
そんな名前にとっては気まずい空気を破ったのは、留三郎の静かな声だった。


「・・・どうした名前?」
「・・・へ?」
「さっきまで楽しそうに騒いでたのに急にえらく静かになったじゃねえか。なんかあったか?」
「・・・それはむしろ俺が留さんに聞きてえよ。」
「俺に?」
「おう、最初はあんなに楽しそうに飲んでたのにさ。途中から黙るだけじゃなくて笑いもしなくなって・・・。もしかして酒、不味かったか?」
「不味かったら最初から飲んでねぇだろ。」
「(・・・やっぱりいつもの留さんとなんか違う。)・・・だよ、な。・・・じゃあさ、もしかして、俺、なんか変なこと言った?留さんが不機嫌になるようなこととか。」
「・・・なんでだ?」
「だって、・・・なんか留さんいつもと違う。なんか、・・・知らない人みたいだ。」
「・・・知らない人?」
「・・・だって留さん今・・・っ」
「・・・知らない人、ね。・・・確かにお前は知らないだろうな。」


名前の言葉に俯き、僅かに肩を揺らしだす留三郎に名前は困惑を隠しきれないでいた。
恐る恐ると留三郎を呼ぶ名前。
その声に顔を上げた留三郎を見て、名前は隠す余裕もないほどに困惑した。
名前を見る留三郎の目は、明かな熱を持ち、恋い慕うものを見るような色を移し込んでいたのだから。


「・・・と、めさ、ん?」


なぜそんな眼で自分を見るのか、理由が分からぬ名前は焦るばかりで、震えだす声で留三郎を呼ぶ。


「(どうしてそんな眼で俺を見るんだよ・・・これじゃあ、まるで)」
「・・・知るわけがないんだよ。名前。お前には、お前にだけは絶対に悟られないように一番気を付けていたんだから。」


留三郎の言葉に名前は訳も分からず首を傾げるばかり。
しかし、次の言葉を聴いた瞬間、名前の頭は真っ白になった。


「・・・だって、気付かれるわけにはいかないだろう?・・・俺が、お前を好きだなんて。ずっとずっと、お前のことが、好きだったなんて」
「・・・・とめ、さん。」
「・・・ごめんな名前、言うつもりなんて、なかったのに。ずっと、卒業した後も、隠していようって、決めてたのに。」
「・・・え?」
「・・・でも、怖かった。お前の口から竹谷のことが出るたびに、竹谷のことをお前が楽しそうに話すたびに、資格もないのに嫉妬して、焦ってた。お前が竹谷に取られるんじゃないかって。六年間掛けてできたこの「特別」を竹谷に全部持ってかれちまうんじゃないかって・・・毎日、不安で溜まんなくて・・・」


いつの間には降り出した雨の音を聞きながら、留三郎から紡ぎだされる言葉に名前は、思い起こされる留三郎と過ごした時間の中の自分を今の自分ごと殺してしまいたい衝動にかられた。
気付かれないようにされていたとはいえ、あれだけ一緒にいれば気付ける瞬間もあったはずだ。
例えばこうして二人で飲んでいるとき、例えば三郎に恋仲かと尋ねられたとき、例えば二人で街まで甘味を食べに行ったとき。
その全てを自分は気付けず、留三郎の優しさに甘えていたのだと。


「(・・・俺は一体、何度留三郎を傷つけた?何度も苦しませて我慢させてたのに、そんな素振り一度も見せないで、ずっと優しくしてくれてた。・・・それなのに・・・俺は・・・)」
「・・・名前。」


雨の音のみが聞こえる静寂の中。
それを破った留三郎の声に、名前は怯えたように肩を震わせ留三郎に視線を向ける。
ずっと気付くことが出来なかった罪悪感に名前の眼には涙が浮かびだしていた。
そんな名前を見て、留三郎はただ愛しそうに、申し訳なさそうに笑みを浮かべる。


「・・・ごめんな。」
「・・・へ?・・・なん、で・・・」


留三郎から出た謝罪の言葉に名前は思わず眼を瞬かせる。
謝るべきは自分のはずなのに、と・・・。そんな想いを察したのか、留三郎はゆるく首を振った。


「・・・悪いのは俺だ。言ったらお前がこうやって、自分を責めるって分かってた。なのに耐え切れないってだけで、酒の力も借りて自分の想いを勝手にぶつけた。・・・お前は何にも悪くねえよ名前。だから、自分を責める必要なんて全くない。」
「でも!」
「言ったろ?お前にだけは気付かせないように一番気をつけてたって。・・・だから、お前が気付けないのも無理ねえんだよ。もとより実らせようなんて思ってもいなかった。ただ俺の傍で、俺に一等甘えて、頼って、心から笑ってる顔を見せてくれる。それだけで満足だったんだ。・・・だから、自分を責めて泣いたりなんてしないでくれ。そっちの方が、俺にはよっぽど辛い。」


留三郎の言葉と視線で、名前はようやく自分が泣いていることに気付く。
こちらに手を伸ばし、流れる涙を拭う手の温もりは間違いなく、名前が知っている留三郎のものだった。
こうやって何度涙を拭われたかなど数えなくともいい位に名前はこの優しい温度を覚えてる。
自分が泣いてるのをいつも留三郎は最初に見つけ、こうして涙を拭い、泣き止むまで傍にいてくれた。
傷ついた自分の心を守るように、ずっと一緒にいてくれた。そう、いつだって・・・。


「とめ、さん・・・」
「・・・ん?」


涙を流したままの顔を留三郎を向き合わせれば、留三郎は優しい笑顔を虎徹に向けていた。
名前が知っているいつもの留三郎だった。


「・・・あの、な。」


続く名前が留三郎に向けた言葉は、激しくなりだした雨音にかき消され、その言葉を聞いたのは、 言葉を向けられた本人だけだった。


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