車庫入れ七松さん 今日はデートだ。 どんなデートかというと、 「これを見ろ!」 「はあ、カギ、ですね」 「ただのカギじゃないぞー!」 ふっふっふ、と得意げに笑う七松先輩は、私の手を引っ張ってどんどん進む。 ちなみに今日は「デートだからな!」ということもあって、あの、ちょっと頑張っておしゃれしてきたんですけど…っ! その点は一言もなしですか先輩!? という言葉は、七松先輩が足を止めた場所――私たちが住むマンションの駐車場に止められた一台の車を見て、飲み込んだ。 「ま、まさか……」 「どうだ! ようやく買ったんだぞー!」 満面の笑みでそうのたまった七松先輩。 ピカピカの、まっくろな車。 「……あの、もしかして新車ですか……!?」 「いや、中古だ。でもぴかぴかにしてもらったから新車みたいだろ!」 きらきらした目で笑いかけてくれる七松先輩。 先輩は、私の言葉を待っていた。 「よくがんばりましたね、びっくりしました!」 「だろー!」 ちゃらりと鳴るカギを握りしめたまま、七松先輩は私をぎゅっと抱きしめる。 そうだよなあ。前から欲しがってて、ここ最近すっごい量のバイトしまくってたからなあ。 大学では会ってたけど、何気にデートは久しぶりだったりするし…… って、うおおお!? 「す、すみません、あの、恥ずかしいんでっ!」 「えーいいじゃないか」 「良くないです!!」 腕を張って、なんとか七松先輩の身体を押し返す。 私の力でも離すことができたということは、七松先輩はそれほど本気ではなかったということだ。 「まあ、今はもういいや! よし行くぞー」 「え、どこに?」 いつものことながら、その行動に頭が付いていかない私の手を再び掴んだ七松先輩は、にっこりと、笑う。 「デートだ!」 そんなこんなで、ドライブデート。 まさか学生の身分でこんなことが可能になるとは……!! 「名字、どこ行きたい?」 「え、っぇえ!?」 「そんなに驚くなよー」 運転をしている七松先輩は、かっこよかった。 いや惚れた欲目もあると思うけどね! もともとかっこいいけどね!! でもまっすぐに前を見てハンドルを握る先輩は、やっぱりかっこいいと、そう言わざるを得ないのだ。 そして私は、そんな先輩に見惚れていました。 まあ、そんなことはばればれだということは、七松先輩のちょっと笑った口元を見る分、すでに筒抜けだとわかるのだが。 「ど、どこでもいいです……!」 「わかったー」 そう言って、ハンドルを切る姿も様になっていて。 あれだな、このどきどきが七松先輩に伝わりそうで、さらにどきどきするという悪循環だな……!! 「そういえば、いつ車買ったんですか?」 それを誤魔化すためというか、自分のときめきに耐えられなくて、少しでも気を逸らそうとしてみる。 ちらり、と七松先輩は私を見る。 また心臓が跳ねて、あれこれ意味なくね?という自分の作戦の本末転倒さに気付いたとき、 「今日」 「へ?」 「だから、ついさっき。買いたてほやほやだぞー」 「ええ?」 と、ということは…… 「お前に一番に見せたくて、今日は誘ったんだ」 そうにこっと笑いかけられて、この作戦が完全に失敗に終わったと私の心臓は叫んでいた。 「はじめて隣に乗せるのは、やっぱり名字がいいしな!」 もうやめて、私の心臓のライフはゼロです先輩!!!!! それでもなんとか、私の心臓は破裂せずにすんだ。 「そろそろ帰るか」 「はい」 なんというか、今日の七松先輩はすごく大人しかった。 違うな、いつも通りなんだけど、すごく……優しい。紳士。 ベタに海に行ってご飯食べて、指をからめて手を繋いだ。 車に戻るまでの短い時間だけど、久しぶりのデートだし、どきどきするのも慣れてきた。 「次はどこ行くかなー」 「あ、じゃあ年末年始の買い物に……」 「鍋に肉いっぱい入れてくれるならいいぞ」 「はいはい、わかりましたよー」 車に乗り込みながらそんな話をする。 はじめてのドライブデートをしたあとの話としては色気のない話だ。 でもそんな色気のない話ができるくらい、私にも余裕ができていた。 その余裕が、いけなかったのだと思う。 雑煮の具にも肉がたっぷりほしい、いや入れすぎたらおもちがはいらなくなりますよ、など。 帰りの車内で、とりとめない話をたくさんした。 そしてようやく、マンションまで帰って来たのだ。 「今日は楽しかったです」 「そうか」 そう言って笑ってくれる先輩に、治まった動悸がまた始まった。 マンションについてる駐車場に、バックで車庫入れしようとした時、それはさらに強まる。 「っ……!」 「なんだ、キスされるとでも思ったか?」 バックをするために振り返った先輩と目が合って、それがとても近くで、また心拍数が上がったのをこのひとは見逃さなかった。 「そ、そういうわけじゃ……」 「そうか?」 せめてもの抵抗に視線を逸らせば楽しそうな笑い声。 わかってる。この人に私の気持ちなんかはいつも筒抜けだってこと、わかってるん―― 「私は、したいと思ってたけど?」 がくんと背中の感触が無くなって、視界は七松先輩にいっぱいになった。 「んっ…な、」 突然のくちづけに、あたまもいっぱいになる。 「なな、っ、は、」 「今日の格好、かわいいな」 口づけの合間に、今までまったくといって触れてくれなかった今日の服装を、ここで言いますか…!! 「これ、ニーソっていうんだっけ?」 「ひ、あっ」 今日は、ゆるい白のニットにショートパンツ、それに足口がレースになってるニーソックスを着てきていた。 私にしては女の子らしい、かわいい格好したつもりだ。 そのニーソとショートパンツの間、唯一露出している部分を撫でられて、思わず変な声が出る。 「な、ななまつせんぱっ…」 「あとなー、車っていいよなー」 上にのしかかった状態で七松先輩は笑う。 「あっ、」 笑ったまま、私の胸をぎゅっと掴んだ!! 「あーやっぱりいつもとかわらん大きさだなー」 「ま、まって、なんですかっ」 「いやな、シートベルトが丁度胸の真ん中通ってて、いつもより大きく見えたからさ」 確かめてみた、と全く悪気のない笑顔で返される。 て、えええ!? 「なんすかそれっ!」 「気づいてなかったか。見ごたえあったぞ?」 にっこり。 その笑顔につられて、自分の胸元を見てみれば。 小さな双丘に間に一本押しつけられたシートベルトの線がその谷を深くしていて。強調しているかのようで。 なにこれえろい。 「っ、おります!降りますからどいてくださいいいいい!!」 「やだ」 実に楽しげな声が聞こえたと思ったら、今度はべろりと耳を舐められる。 ううっ、また変な声が……!! 「ホントはもうちょっと我慢しようとしたんだけどな、想像以上にえろくて」 「大変申し訳ありませんっ! 以後気を付けますのでどうかここは」 「やだ」 なんとか言いつのろうとする私の言葉を、行動を、七松先輩は見透かしたように封じてしまう。 「車、買ってよかっただろ、名前?」 その後、私は七松先輩とはふたりで車に乗らないことを誓いました。 (まあ無理だろうけどな!!) ( TOPへ △ | ▽ ) |