夢/My hero! | ナノ

勇往邁進


『犯人が人質と立て籠って既に一時間が過ぎようとしています。ヒーローも手を出すことができず、ただ時間が過ぎていきます』


本日、シュテルンビルトで事件が起きた。
ナイフを持った中年男性が銀行を襲い、数人の職員を捕まえ、立て籠った。
すぐに警察、ヒーロー、そしてHERO TVが動きだし、銀行を包囲する。
犯人からの要求は未だなく、ただ静かに時が過ぎていっている。
だから警察やヒーロー達は無闇に動くことができない。


「師匠…。ずっとこのままが続くようでしたら…」
「そうだね、人質の精神状態も不安定だろう…」


建物前で焦る気持ちを抑えながら、スカイハイとその弟子名前は拳を握りしめていた。
HERO TVのアニエスから「見せ場を作って」と無理難題を言われるも、犯人が動こうもないのだからどうすることもできない。
しかし、一時間経ってようやく犯人が動き始めた。
人質の首筋にナイフを当て、窓から顔をのぞかせる。
すぐに警察が「無駄な抵抗は止めろ」と声をかけるも、犯人は人質を解放しようとはしなかった。


「まずいな…」
「そうですね、人質の方も「そうじゃない。犯人の精神状態が危険だ」


人質は恐怖で震えているが、犯人も震えていた。
それは緊張や恐怖、戸惑い、混乱…。色々な感情が混じって、今にでも精神の最後の糸が切れて、人質を殺してしまいそうだった。
だからといってヒーロー達が突入すれば、余計犯人の精神状態は不安定になり、人質を殺すだろう。


「お前らここから消えろ!俺はここの社長に話があるだけなんだ!」


犯人が震える声で警察達に要求した。
警察は人質を解放しろ。と言うが、犯人は耳に届いていないのか、同じことを繰り返すのみ。
犯人の精神状態を察知し、ゆっくりではあるが建物前から警察は引いて行った。
勿論ヒーロー達も撤退するよう言われ、同じく指示に従った。
HERO TVを通して見ていた視聴者も息をのむように画面を見ている。


「師匠…!私達に何かできることはないでしょうか」
「ああ、どうにか建物に侵入できればいいのだがね…」


まずは犯人と接触。そして人質の解放。
さて、どうする。といったようにスカイハイは少し考えた。
すぐにあることを思いつき、アニエスに報告すると、アニエスは口角をあげて「任せたわ」と通信を切った。


「何すんだ、スカイハイ」
「皆にも協力してほしいんだ。話を聞いてくれるかい?」


スカイハイの作戦にヒーロー達は文句を言うことなく頷いた。
ポイントは必要だが、今は市民を助けることが大切だ。
まず最初に動いたのはブルーローズ。
消えろ。と言われた建物前に立ち、犯人に話しかける。できるだけ刺激しないよう、優しい口調で。


「は、早く消えろって言ってんだろ!」
「立て籠るのは構わないけど、喉乾いてないかしら?」


長時間ではないにしろ、こうも緊張状態が続いているのなら喉が渇くはず。最近暑くもなってきたし、よかったら飲み物を届けるわよ。人質が倒れたら人質の意味もなくなるしね。
そう言うと、犯人は言葉を詰まらせ、少しだけ肩の力を抜いた。


「よし、じゃあ持ってこい。ただし、お前らヒーローじゃない奴にしろ!それから子供だ!」
「そういうと思ったわ。この子でいいかしら?」


ブルーローズが連れて来たのはヒーロースーツを脱いだ名前。
ビクビクとした様子(演技でも素でもある)で隣に立ち、俯いている。


「ヒーローじゃねぇだろうな…。ドラゴンキッドとか言う奴はどこにいる」
「僕はここにいるよ」


名前を抜いたヒーロー達はブルーローズの離れた後ろに立っていて、それを確認した犯人は名前に飲み物と食べ物を運ぶよう指示を出す。


「こうもあっさりいくとはねぇ…」
「名前君は見習いだからね。名がそれほど知られていないのがここで役立ってよかったよ」
「だけど大丈夫でしょうか。彼女、人見知りで会話できないでしょう?」
「バーナビー君。彼女は見習いだがヒーローでもある。信じてみようじゃないか!」


名前は言われたものを持って建物の裏へと回る。
建物に侵入する前にHERO TVから貰った小型カメラとマイクを装備して、扉を開けた。
従業員しか利用しないその通路は暗く、そして湿っぽい。
扉を開けると人質の一人がおり、名前を案内するよう犯人に言われたと震える声で告げた。


「あとは拙者に任せるでござる」


気配を消し、名前とともにやってきた折紙がその人質へと変身して、一人だけ解放する。
ロックバイソンが犯人にバレないよう大きな身体で人質を隠しながら、警察に引き渡す。
名前は緊張する身体を無理やり動かし、犯人と人質がいる部屋へ折紙と一緒に足を運んだ。


「余計な真似はするなよ。そこに置いて扉を閉めろ!」


犯人がいる部屋に到着するや否やすぐに指示され、名前は素直に従う。
折紙は他の人質の元へと戻り、犯人の視界から姿を消す。


「お前本当に一般人だよな?」


名前は落ちついた様子で部屋の状況を確認していた。
それを不思議に思った犯人が警戒しながら聞くと、名前はビクリと震えあがる。


「普通一般人がヒーローに協力するかぁ?やけに落ちついてやがるし…。もしかしてお前も能力者か!?」
「…っ…!」
「なんとか言ったらどうだ!」


人命救助、犯人確保といった重圧と、激しい人見知りで喋れない名前。
そのせいで余計気を立てる犯人はナイフを持った手に力を込める。


「おいおい!大丈夫かよ!」
「さすがに危ないと思うよ。僕が行って倒してこようか?」
「もう。ワイルドタイガーもドラゴンキッドも落ちつきなさいよ」
「ですが、このままだと名前さんまで危険ですよ?」
「一瞬で氷漬けにしてしまえば早くない?」
「いや、もう少しだけ様子を見させてくれ」


名前が忍ばせているカメラで撮影している場面を、ヒーロー達は見ていた。
やっぱり無理があったんだと。と数人が騒ぐが、スカイハイだけは信じるようにただ黙って画面を見ている。


「わ、私は…、ただの市民です…。怖くて今にも泣きだしそうです…」


俯いて絞り出した声。
それでも警戒を解かない犯人だったが、意識が名前に向けられているのを見て、折紙は隠し持っていた小さなナイフを取り出し、人質達のロープをバレないよう切っていった。


「だけど皆さんも頑張っております…。私も……泣けません…」
「こいつらが頑張ってる?はっ!こいつらがどんな奴らか知ってんのかよ!」
「……どういう意味でしょうか?」
「こいつらは…。特に社長は最低な男でな!何十年も勤めてきた俺をたった一回のミスでクビにしやがったんだ!どんだけこの会社に尽くしたと思ってんだ…。どんだけ優秀な部下を育ててやったと思ってんだ…!」


元々犯人はここに務めており、つい先日まで働いていた。
しかし、長年務めてきたのにあっさりクビにされ、家庭は崩壊したと鋭い視線で社長を睨みつける。


「あなたはここの社員、だったんですね…」
「そうだよ!だからこれは事件じゃねぇ!話し合いだ!警察もヒーローも出てくる必要がねぇんだよ!」
「あの、ですが…。話し合いにナイフは不必要かと…」
「うるせぇ!いいから帰れ!お前にはもう関係ねぇ!」
「………」


スカイハイの作戦は、名前が犯人と会話をし、時間を稼いでいる間に他の人質を解放するということ。
しかし犯人は一人の女性を解放しようとはせず、名前も拒否する。
ここで名前が帰ってしまえば作戦は終わってしまい、侵入している折紙の命も危なくなる。


「……私、ヒーローを目指しているんです」


名前の言葉に、映像を見ていたヒーロー達が息をのんだ。
そんなことを言えば犯人は余計に名前を警戒してしまう。
折紙も動きを止め、名前に視線を向ける。


「ですから、代わりに私を人質にしませんか?」
「はあ?」
「私が人質になりますから、その人を解放して下さい」


拘束されていた人質は全て折紙が解放した。残りは犯人が捕まえている女性のみ。


「私はその方より小さいですし、力も弱いです」
「……お前能力者だろう?」
「…」
「ヒーローになりたいって言う奴は能力者に決まってる!能力者の人質なんているか!」
「確かに私は能力者です。ですが、能力は「他人を誰かに変身させる」だけです。例えば先ほどここを案内してくれたあの女性を、」


そういって折紙を指さし、身体も向ける。犯人も横目で折紙を見る。
ロープが切られていることがバレないように身を固め、怯えるような目で名前を見つめた。


「私に変身させます」


名前の作戦が解った折紙は口裏を合わせるべく、名前へと変身した。


「これだけです。だから解放をお願いします」
「…あれぐらいなら…。解った。お前なら何かと動きやすいし、いいだろう。こいつらを触るのも嫌だったしな」


名前が犯人に近づくと、犯人は女性を解放した。
その瞬間。何かが爆発する音が鳴り響き、電灯が音をたてて割れた。
夜ということもあって、闇が犯人を襲う。電灯を壊したのはドラゴンキッド。
慌てて名前を捕まえようとするも、夜目がきかず、捕まえることができなかった。
そうしている間にもハンドレッドパワーを発動させたワイルドタイガーとバーナビーがあっという間に侵入し、人質を全員連れ去った。
折紙は名前と一緒に脱出するつもりだったが、運悪く犯人に捕まってしまい、ナイフの切っ先を首筋に突き立てられていた。


「名前殿!」
「私は構いません!先に逃げて下さい!」
「しかし…!」
「師匠がきますからっ…!」
「テメェ…やっぱりグルだったのか!殺してやるっ…。殺してやる!」
「っ!」


ナイフを持った手を大きく振りかぶり、名前の心臓めがけて振り下ろした。


「無駄な抵抗は止めろ」


しかし、突き刺さる前に窓から現れたスカイハイが風でナイフを切り、名前から血が流れることはなかった。
スカイハイの登場に観念するかと思えば、犯人は名前の背後をとって首を絞める。


「ひひっ、武器がなくとも人は殺せるんだよ!」
「名前君!」
「し、しょ…。離れて…!」
「さあ消えろ!今度こそ殺してやるからな!」


興奮する犯人の手にかかれば、名前の細い首などあっという間に折れてしまうだろう。
犯人の言葉にスカイハイは窓から離れ、折紙も二人から離れた。


「もう…自首しましょう…」
「何言ってやがる!あいつらに復讐してねぇんだ!終わるわけにはいかねぇ…」
「では、全力で捕まえさせて頂きます…」


心の底から溢れ出るエネルギーを全身に届ける。
青い光が名前の身体を包み、瞳も青色へと変化した。


「お前の能力は変身だろ?どうするつもりだ、ああ?」
「大変申し訳御座いません。先ほどのは嘘です。私の本当の能力は…」


足元から巻き起こる風が犯人の髪の毛を揺らす。
まさかと思って名前から離れると、突風が犯人を襲って壁へと吹き飛ばした。


「スカイハイさんと同じ、風なんです」


吹き飛ばした犯人の意識は飛んでおり、名前の言葉を最後まで聞くことはなかった。
こうして解決した事件に、警察や視聴者達はほっと肩を撫でおろしたのだった。


「名前君、よくやったね!」
「師匠!」
「少々作戦は変わってしまったが、いい判断だ!よかったぞ!」
「ありがとうございます!」


援護にやってきたファイヤーエンブレムと折紙が犯人確保をする横で、スカイハイは名前を褒め称え、名前も嬉しそうに笑った。


「さあ顔を隠したまえ」
「あ、はい」
「またインタビューがあるだろうが、もう大丈夫だね」
「え?」
「だって犯人に向かってたくさん話してたじゃないか!」
「……あっ…」
「少しずつ成長していってるみたいだね!なんて素晴らしんだ!」


しかし、マイクを向けられるとやっぱり喋れなくなる名前だった。



進展と成長



(2011.0704)



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