雑然紛然 「おーい、お前ら。いい加減しとけよー」 虎徹の声に、二人は呼び合うのを止めてようやく現実世界へと戻ってきた。 二人の熱血ぶりに呆れながらも、少し羨ましそうな表情を浮かべ、近くにあったベンチに腰を下ろす。 「その子がお前の弟子になって、ヒーロー見習いとして頑張っていくことは解った」 「あとコンビを組まれたことも」 「ああ、宜しく頼むよ」 「宜しくお願い致します」 キースは軽く手をあげ、名前は深々と頭を下げて。 正反対の態度に虎徹は笑いながらも「任せなさい」と胸を叩く。 頼られることが嫌いではない虎徹は満更でもなさそうだが、バーナビーは少し複雑そうだった。 「で、トレーニングすんだろ?」 「勿論だとも。名前君もね」 「名前もって…。トレーニングする恰好じゃねぇじゃん」 「名前君は私とは違うトレーニングをするんだよ。そしてそのトレーニングに協力してもらいたい。協力してくれ」 「僕たちがですか?」 ハテナマークを浮かべる虎徹とバーナビーを置いて、キースは名前の両肩に手を添え、「いいかい」とトレーニングの指示を出す。 名前は素直に返事をしているのだが、声が少し緊張している。 「じゃあ私は着替えてくるよ。名前君、しっかりね!」 「はい!」 「あ、おい!」 「状況が全く読めないんですが…」 「俺もだよ」 名前を置いてトレーニングルームを後にしたキース。 残された室内には沈黙が走り、妙な静けさが漂う。先ほどまで騒いでいた名前も静かで、顔をあげようとしなかった。 「あ、あのさ名前ちゃん…?」 不思議に思った虎徹が腰をあげ、名前の肩に触れた瞬間、大げさなほど身体を震わせ、スケッチブックを強く握りしめて虎徹から距離を取った。 虎徹も名前の敏感っぷりに驚き、目を見開く。隣では冷たい目をしたバーナビーが虎徹を睨みつけていた。 「えー…」 「…」 「名前さん。おじさんに何されたんですか?」 「何したってなによ。俺なんにもしてねぇよ!」 「じゃあどうしてあんな風に震えてるんですか?」 眼鏡をかけ直しながら名前に視線を落とすと、先ほどの明るい名前は消え、強張った表情で俯いていた。 怖くて震えているというより、緊張で震えている名前に虎徹は優しい口調と表情で再度名前に近づくも、近づいた分距離をとられた。 「…なんつーか…。空気重てぇな…」 「そうですね」 「はぁ…。なあ名前」 「っ!」 「今さっきまですっげェ喋ってたのに、何でスカイハイがいなくなっちまったら喋るの止めたんだ?」 「……っ、…あ…」 「もしかして恥ずかしいとか?」 「…」 「あ、真っ赤になった」 「人見知り、ですか?」 バーナビーの言葉に俯いたまま首を縦にふると、虎徹は「なーんだ」と安堵の息をもらす。 名前は持っていたスケッチブックを開き、白紙のページに何かを書き始めた。 「『師匠がいたら平気なのですが、一人になると緊張して喋れないんです』」 「ああ、なるほど」 「あの、なんて書いてあるんですか?」 スケッチブックに書かれた文字を見てようやく名前が震えている理由が解った。 しかし、スケッチブックに書かれた文字は「日本語」で、バーナビーには読めなかった。 眉間にしわを寄せ、内容を問うと虎徹が「あー」と声をもらして笑う。 「そっか、これ日本語だったな。スカイハイがいなくなると緊張して喋れねぇんだと」 「そうですか。でも何で?」 「『解りません。でも師匠相手だと目も見れるし、ちゃんと喋れます』って言ってる」 「何ででしょうね?」 「『師匠は裏表のない方なので…。あ、お二人を非難しているわけではなく。なんて言うか…。あの、すみません』いやいや、謝るなって」 名前がスケッチブックに文字を書く、虎徹が読む、バーナビーが理解する…。 この場面を初めてみた人はきっと不思議に思うだろう。それほどおかしな光景だった。 「やあ、待たせたね」 「っ師匠!」 そこへトレーニング用の服へと着替えたキースが戻ってきて、名前は先ほどのように顔を明るくさせ駆け寄った。 まるでご主人様の帰りを喜ぶ犬のようで、キースもそう見えたのか、駆け寄ってきた名前の頭をぐりぐりと撫でながら「二人から何か聞けたかい?」と聞くと、名前の身体は再び固まってしまった。 「ご、ごめんなさい…。何も喋れませんでした…」 「いや、気にしないでいいよ。これからゆっくりと慣れていこうではないか!」 「はい!」 キースの優しい言葉に名前は元気よく返事をして、頭を撫で続けてもらった。 そんな二人を見て虎徹は、「おーおー…。飼い主を見つけた犬のようだな」と呟く。 「あそこまで酷い人見知りは初めて見ましたよ。おじさんもあれぐらい静かになればいいんですけどね」 「お前もあれぐらい嫌味を言わねェ奴になればいいのな」 先ほどと同じようなやり取りをしたあと、虎徹とバーナビーも各々のトレーニングへと戻って行った。 (2011.0703) ( △ | ▽ ) |