合縁奇縁 シュテルンビルトにある某トレーニングルームには二人の男性しかいなかった。 「ヒーロー界初のコンビ」で有名なタイガー&バーナビーの二人は特に会話をすることなくトレーニングに励んでいる。 そこへ、遠く離れた出入り口がシュッ!と音をたてて開き、タイガーである虎徹が振り返った。 入ってきたのはキングオブヒーローのスカイハイ、キース。 「なんだ、お前かよ」 虎徹がそう呟きながらルームランナーから降り、ベンチに置いてあったタオルで汗を拭う。 バーナビーは横目でキースの姿を確認したあと、ルームランナーの速度を少しだけあげた。 「やあ、ワイルド君にバーナビー君。少しいいかな」 いつもように爽やかな笑顔を浮かべながら二人に近づくキースに、虎徹は首を傾げた。 キースの背後に小さな何かがいる。しかし、キースの大きな身体のせいでよく見えない。 「ええ、構いませんよ」 「すまないね」と声をかけるキースに、バーナビーもルームランナーから降りてタオルで汗を拭いた。 「なぁスカイハイ。お前の後ろにいるの…その……、えーと、何がいるんだ?」 「この子について少し話たいことがあるんだ。さあ、出ておいで」 「は、はい…!」 キースに言われ、おずおずといった様子で後ろから姿を現わしたのは一人の女の子。 大きめのスケッチブックを胸の前で抱き締め、ぺこりと会釈をした。 知らない人間の登場に戸惑う二人だが、女の子の会釈に虎徹だけ会釈を返す。 「なに?お前の彼女?」 「彼女は私の弟子だ!」 「はぁ?お前に弟子ぃ!?」 虎徹が驚いて声をあげると、隣にいたバーナビーが怪訝そうに顔を歪め、両耳を抑える。 「ああ!」とにこやかな笑顔で大きく頷き、女の子に同意を求めるよう顔を向けると、女の子は何度も首を縦に動かした。 「え、ちょ…。どういうこと?おじさんに解りやすく説明してくんない?」 「解りやすくもなにも。そのままの意味でしょう」 「いや、そうなんだけどよ…。弟子って…」 「私と同じ能力を持っていているのだよ」 「同じ能力!?」 再び声をあげる虎徹。バーナビーは片方の耳だけを抑えながら、冷静に「僕らと同じですね」と女の子に視線を落とす。 目が合った瞬間戸惑うように目を泳がせ、「すみません」と何もしていないのに何度も謝罪し続けた。 「そう!だけど彼女は少々世間に疎くてね。だからヒーロー見習いとして私のもとで少し学ぶことになったんだ。だから弟子だ。そう、弟子」 「へー………って、この女の子が!?」 「今さっきからうるさいですよ、おじさん。ブルーローズだって女性じゃないですか。何を驚く必要があるんです」 「い、いやぁ…。なんつーかな…。あ、お前に女の弟子ができたって公表したら大変なことになるんじゃない?」 「それなら大丈夫!世間には「男」として伝えているからね」 「あー…そりゃあそうだな。うん、それがいい」 「でもどうしてですか?」 「さあ、私にも解らないのだよ」 少し困ったような顔で女の子を見るスカイハイの前で、虎徹がバーナビーに、 「(スカイハイの女ファンから批判されるからだろ。それぐらい解れ)」 「(なるほど…)」 と耳打ちをした。 「それはまあいいとして。何で俺達に?」 「二人がコンビだからさ!是非コンビの先輩として色々教えてほしい!そして学びたい!」 「教えられるようなことなんて全くありませんけどね」 「おいおいバニーちゃん…」 「あと、ワイルド君に会えば彼女も少々気が楽になると思ってね」 「俺に?」 「彼女もワイルド君と同じくジャパニーズなんだよ」 「………なるほど」 それで初対面にも関わらず親近感を覚えた。 彼女が同じ国の出身者と聞いた虎徹はジッと女の子を見つめ、観察するように下から上へと目を動かす。 居心地が悪そうにもじもじする女の子だったが、キースに背中を押され、挨拶をするよう言われて、そこでようやく目を合わすことができた。 「こ、こんにちは。初めまして、ワイルドタイガーさんとバーナビーさん。私、苗字・名前と言います。ヒーロー名は「スカイJr.」です。未熟者ですが先輩達にご迷惑をかけないよう頑張りますので、どうかご教授のほう宜しくお願い致します」 「これはご丁寧に。俺は鏑木・T・虎徹。まあこれは本名だから覚えなくていいけどな」 「初めまして、名前さん」 普段より優しい声色で挨拶をし、手を出すバーナビーに名前は首を傾げてキースを見上げた。 挨拶のつもりで手を出したのに、それに答えてくれない名前にバーナビーも首を傾げる。 「ははっ、そうだったそうだった。バニーちゃん、挨拶は言葉だけでいいんだ」 「え?」 「名乗って、頭を下げる。そんだけ」 虎徹から「日本の挨拶」を説明されるも、あまり信じていないバーナビー。 挨拶と言えば「握手」か「ハグ」。それをしない人なんて今までいなかった。 疑心暗鬼になったバーナビーがキースに視線を向けると、彼もまた苦笑しながら「そうだよ」と答えてくれる。 そこでようやく本当なのだと信じて手を引っ込めた。 「あっ、今のが挨拶なのですか?」 「そう。ここではこれが挨拶だからしっかり覚えておくように」 「はい!」 持っていたスケッチブックを開き、何かをメモする女の子。 不思議に思った虎徹がキースに「おい」と声をかけ、何をしているのか聞いた。 「言っただろう。彼女は世間に疎いんだ」 「んでも握手を知らねぇ奴なんて珍しいよな」 「彼女はまた少し特殊でね。名前君、メモはとれたかい?」 「はい!」 「じゃあ挨拶をしてみようか」 「解りました」 湿っている利き手を服で拭い、バーナビーの前へと一歩踏み出す。 緊張してるのか動きも鈍く、肩に力が入っているのが目に見えて解った。 そしてその状態で手をバーナビーに突き出し、頭を下げる。 「宜しくお願い致します、バーナビーさん」 「よ、よろしく…」 初めて見る挨拶に言葉を詰まらせながら握手を返した。 「スカイハイさん、私ちゃんと挨拶できましたか!?」 「ああ、とても綺麗だったよ!そして綺麗だった!」 「ありがとうございますっ」 挨拶をしたあと、ちゃんとできたかキースに確認をとり、褒めの言葉を貰って笑顔を浮かべる。 バーナビーは不思議な光景を見るように二人を見ていたが、虎徹だけは少し笑って二人を見ていた。 「で、今日はこれだけか?」 「いや、挨拶と少しトレーニングをしに来た。それに同じジャパニーズのワイルド君に会えば彼女も喜ぶと思ってね」 「スカイハイさん、私の為にありがとうございます。その優しさに私なんてお礼を言ったらいいか…!」 「いいんだ、名前君。私達はコンビだからね!相棒の為に何かしてあげたいと思うのは当たり前だろう!そう、当たり前だ!」 「見習いの私を相棒だと仰って下さるなんて…!ありがとうございます。身に余るお言葉です」 「相棒っつーより、師弟じゃねぇのか。弟子って言ってたし」 「シテイ?」 「師匠と弟子ってことですね!」 「なるほど!よし、名前君。次から私のことを「師匠」と呼んでくれたまえ。君は弟子なのだからね!」 「解りました。師匠!」 「名前君!」 「師匠!」 「名前君!」 「師匠っ!」 自分達を無視し、二人の世界を繰り広げるのを見て、虎徹とバーナビーは二人同時に溜息を吐いた。 しかし楽しそうに呼び合っている二人を見た虎徹は顔をバーナビーに向ける。 「…おいバニーちゃん」 「何ですか」 「そんな冷たい目で俺を見るなよ」 「冷めた目で見てたんです」 「どっちも意味は一緒だろ!お前もあんな風に素直で可愛ければなー…」 「おじさんがもう少し真面目だったら考えてあげます」 「つれねぇ相棒だこと」 (2011.0702) ( △ | ▽ ) |