精神一到 名前が小型の通信機とカメラを装着し、ヒーロー達の前に設置されたテレビにイワンの姿が映った。 画面が映るとヒーロー達の間で歓声があがり、名前の師匠であるスカイハイはほっと胸をなで下ろした。 しかし、マイクを通して二人の会話を聞き、イワンが名前に抱きついたのを見て、また胸が締め付けられる。 こんなときに落ち込んでいる場合ではないのに、この沈んだ気持ちをどう昇華すればいいか考えた。 「よかったわね、名前ちゃんが無事で」 「あ、ああ…」 「……もしかして無事じゃないほうがよかった?」 「そんなことないッ!そんなこと思っていないぞ!」 「じゃあ何でそんな落ちこんでんのよ。師匠ならもっと喜びなさい」 「そうじゃないんだ…」 この気持ちをどう表現していいか解らない。 胸の中でグルグル回って、もやもやが昇華できない。 「何故私はここにいるのだろうか…。そう考えているのだよ」 スカイハイの言葉に、ファイヤーエンブレムはピンと気付き、「んっふふ」と独特の笑いをしながらスカイハイの肩に手を回した。 「名前ちゃんを慰めるのも、勇気づけるのも、抱き締めるのも。全部自分がしてあげたいんでしょ?」 「……」 「折紙サイクロンに嫉妬してるのね。そりゃあ落ち込むのも解るわ」 「嫉妬…?私が折紙君にかい?」 「もー、鈍感もいい加減にしなさいよ。でも今はこんなこと言ってる場合じゃないからあとでね!」 スカイハイから離れ、再びテレビに目を向けるファイヤーエンブレム。 全員がテレビを見ているのに、スカイハイだけはある一点を見つめ、ファイヤーエンブレムの言葉を何度も頭の中で繰り返していた。 そして、ようやくこの気持ちがなんなのか、気づくことができた。 「(そうか、私は名前君に恋をしてしまったのか)」 答えが出たとき、頭も気持ちも結構冷静で、事実を受け止めることができた。 だけど力はみなぎってくる。 早く犯人を捕まえ、人質を救出し、名前を抱きしめたい。 ギュッと手を握って、顔をあげ、スカイハイもテレビに目を向けた。 「あの、アニエスさんはなんて?作戦とかあるんですか?」 「それが何も…。スカイJr.に任せると言ってました」 その頃。人質をしているイワンと名前は小声で話していた。 イワンが来たということは、何か作戦があると思っていたのだが、まさか自分に全てを任せられるとは思ってもみなかった。 目を見開き、言葉を失った名前に、イワンは「大丈夫でござるか?」と眉をいつも以上に寄せて心配そうな顔で握っている手を少し左右に振る。 「援護は某に任せるでござる」 「で、でも私は…!」 『遅いわよ、スカイJr.』 「アニエス、さん?」 通信機からアニエスの声がし、名前は犯人の姿を探す。 幸いにも名前とイワンを見ておらず、気付かれてもいない。 『あなたが女だってことも解ったわ』 「え…」 『でもこの場面を救うのはあなたしかいないの。正体がバレるのは辛いかもしれないけど、市民を助けるのがヒーローでしょ?』 「そう、ですけど…。私に何ができますか…?」 『まずは犯人から人質を離すことね。それができたならこっちも援護ができるわ。あと犯人を捕まえるときは格好よく決めてね』 「そ、そんな無茶な…!」 『それがスポンサーを背負ったヒーローの役目よ!』 そう言うとアニエスは一方的に通信を切ってしまった。 泣きそうな顔をする名前を、イワンは慰めようとしたが、犯人が近づいてきて、動くのを止めた。 「おい!お前ら何をしている!」 「な、何もしていません…!」 「すみません、怖くて震えてました…」 「少しでも変な動きしたらお前らから殺してやるからな!」 興奮する犯人は銃口を二人に向ける。 ゴクリと息をのむ二人だが、そろそろ動かなければいけない。 グッと唇に力をいれ、恐る恐る犯人に話しかけるのはイワン。 「あの…。ぼ、僕がその子の代わりに人質になりましょうか…?」 「何を言ってやがる!」 「だ、だってその子可哀想で…。僕あまり力ないし、度胸もないし、きっと人質に打ってつけかと…」 自分でそうは言うが、軽く傷つく。 しかし、犯人は首を縦に振らなかった。 「うるせぇ!いくらひ弱であろうが、男の人質はとらねぇんだよ!」 「でもその子限界が…!」 「お前を人質にとるくらいなら、そっちの女を人質にしてやる」 目だけを名前に向けて、口角をあげて舌舐めずりをする。 その瞬間、今まで感じたことのない嫌悪感が名前を襲い、身体がガクガクと震えだした。 イヤな予感しかしないが、チャンスでもある。 「この子はダメです!僕以上に人見知りが激しくて、「お前らダチかなんかか?そりゃあ好都合だ。おい、そこの女。このガキの代わりに人質になれ」 イワンの言葉を遮って、顎で名前に立つよう指示を出す。 身体は拒否をしているものの、それを気持ちで抑えつけ、震える膝でゆっくりと立ちあがる。 「要求をのまねぇ間、少し暇だし、遊ぼうぜ」 銃口を名前に向け、子供の人質を解放する。 子供は泣きながら母親の元へ駆け寄り、母親は力強く抱き締める。 これで人質は解放された。しかし、問題はここから。 だが、その前に自分も危ない。何が危ないか解らないが、このまま黙って人質にされると怖いことが起きる。 そう直感した名前は顔面を蒼白させ、カタカタと震えている。 「恐怖に歪む顔、最高だな!」 名前の様子を見て楽しそうに笑う犯人。 その横でイワンはこの状況をどうするか。名前をどう助けるか考えるも、いい考えは全く浮かんでこなかった。 「さあ、こっち来い!」 犯人が名前の身体に触れる瞬間、機体が大きく左右に揺れた。 バランスを崩した犯人はその場に倒れ込み、イワンが咄嗟に抑え込んで銃を取りあげた。 そこで名前もようやく恐怖から解放され、上着を脱いで犯人の腕を背中で拘束。 「折紙先輩、すぐこの人に変身して下さい!」 「任せるでござる!」 身動きを取れない犯人は男性乗客数人に預け、座席の影へと隠す。 騒がないよう口に服をつめ、暴れる犯人を乗客が鋭い目で睨みつけていた。そしてそのまま隣の車両へと移る。 「おい、大丈夫か!?」 運転室から出てきたもう一人の仲間が姿を表せ、仲間に変身したイワンは「ああ」とだけ答えた。 「ガキの人質はどうした?」 「あのガキはいらねぇ。その代わりこの女を人質にしてやった」 「人質はガキだって言っただろ!」 「この女、能力者だ。しかも風の」 イワンは名前の腕を乱暴に掴み、犯人の前に出す。 すると犯人はジッと名前を観察し、「まあいいだろう」と了承した。 「逃げるにも便利だろ?」 「そうだな。でも危険だからしっかり何かで縛りつけとけよ」 「ああ、勿論だ」 そう言って運転室へ戻ろうとしたが、「おい」と再び声をかけた。 バレたか?と二人は驚き、再び緊張が走る。 「風使いとか言ったな。もしかしてスカイハイじゃねぇのか?」 「まさか。スカイハイは男だし、身体も大きいだろ」 「じゃあスカイJr.じゃねぇのか?」 「よく思い出せよ。スカイJr.は男だろ」 「……そうだったな。悪い。そろそろ金の準備もできたみてぇだし、逃げる準備をしとけよ」 「おう」 ようやく運転室へ戻った男を見届け、二人と乗客はほっと息をついた。 だけど油断はまだできない。 名前は緊張したまま乗客に身体を向け、犯人に聞こえないような声で喋り出す。 「皆さん、静かに聞いて下さい。私達はこれから犯人と逃げます。なので他のヒーロー達が来る間、この犯人を見張ってて下さい」 「すぐに来ますので、大丈夫でござるよ!」 そう言うと乗客からも安堵の声をあがり、泣いて抱きあうものもいた。 「あの、お嬢ちゃんはもしかしてヒーローかい?」 一人の老婆に聞かれ、名前はイワンに目を向ける。 イワンは苦笑いをして、コクリと頷いた。 「はい。ヒーロー見習いのスカイJr.です」 名前が正体をバラすと、驚きの声があがり、イワンが慌てて「静かに」と乗客を宥めた。 「騙していてすみません。こういうときのことを想定して、性別を偽っていたのです」 と、その場凌ぎの嘘をつく。 だけど乗客全員が信じ、「ありがとう」と頭を下げた。 「おい!行くぞ!」 「お、おう!」 運転室から出てきた犯人は名前に銃口を向け、窓を全開にする。 このまま空へ飛び立ち、事件は解決。 しかし油断はできない。今度は自分達の命が危なくなるのだから。 「金の受け渡し場所も決めた。これで億万長者だぜ!」 「おい、風で俺達を飛ばせ。いいか妙な真似をしたら命はないと思えよ」 「は、はい…」 犯人に変身したイワンに言われるがまま、風を巻き起こして空へと飛び立つ。 HERO TVが三人に接近し、カメラで撮影する。 その瞬間、証明の眩しさで犯人は銃口を少しだけ下ろした。 見逃さなかった名前はイワンを自分と犯人から遠ざけ、集中力をあげて銃だけを真空の刃で切り刻む。 犯人とはいえ、人間でもある。だから身体は気づ付けないよう気を付けたのだが、少しだけ切ってしまい、犯人は手を抑えて悲鳴をあげた。 「て、テメェ…!」 「武器はなくなりました。お願いします、投降して下さい」 「仲間はどうした!今さっきまであいつも……。あいつもヒーローだったのか!」 「はい。だからもう無駄な抵抗は止めて下さい。あと、傷つけてしまってすみません…」 空に浮いたまま頭を下げる名前。 しかし男は名前の話を全く聞いておらず、何かを叫んでいる。 だけどここは空中。風使いである名前に分があるため事件も解決。そう思った矢先、 「武器が一つだけなんて誰が言ったよ…!」 腰に隠し持っていた銃を名前に向ける。 「止めて下さい…!発砲する前に能力を解除すれば、あなたは下に落ちるんですよ?どうあがいても勝ち目はありません」 「それでもここで捕まってたまるかよ!」 「犯人であっても傷つけたくないんです…。お願いします!」 「黙れ!いいから俺を運べ。じゃねぇとあそこにいる仲間を殺すぜ?」 焦りながらも笑っている男はイワンに銃口を向けた。 ここで能力を解除すれば危機は免れるかもしれないが、落ちながらも発砲するかもしれない。 それに、敵であるが傷つけたくないのが名前のポリシー。 イワンと犯人。どちらが大事か考え、すぐに答えが出た。 「では、力づくで止めさせて頂きます」 初めて犯人を真っ直ぐ見つめた。 名前の身体を覆っていた青い光がさらに強くなり、目も青く光り輝く。 犯人が何かされる前にと発砲するのだが、名前が起こした風により、銃弾は真っ二つに裂けた。 トルネードを作り出し、犯人に向けて放つと犯人は風に身を任せたまま空高くへと飛び立ち、少しして空から落ちてきた。 既に犯人は気絶しており、銃も一緒に落ちている。 地面に落ちないよう風で救出し、犯人確保。 こうしてあっという間にモノレールジャックの事件は解決し、名前とイワンに取りつけられたビデオを元に「スカイJr.見習い卒業!」という番組が流された。 それと同時に女だということも世間にバレてしまった。 名前と会社は世間からバッシングを受けるかと思っていたが、「こういうときのことを想定して、性別を偽っていたのです」のテレビを見て、誰もが「ナイス作戦だった」と賛美してくれた。 スカイJr.が思っていた以上に若く、そして可愛らしい女の子という事実にテレビ各局は騒ぎ出し、名前はようやくヒーローとして認められたのだった。 (2011.0711) ( △ | ▽ ) |