孤影悄然 「テメェら騒ぐんじゃねぇぞ!」 「俺らは本気だかんな!」 事件が起きた。それも名前の目の前で。 人に慣れるため、ポセイドンラインの社員であることを使って一人でモノレールに乗っていた。 少し夜が遅いこともあって、人はそれほど多くなく、まったりと時間が過ぎていたのだが、銃やナイフを持った黒ずくめの男が二人、モノレールをジャック。 悲鳴に包まれる車内。名前も恐怖で身体が震え、男達の言う通りにしていたが、ヒーロー見習いとして犯人を捕まえようと隙を探っていた。 しかし、犯人の一人が子供を人質にとり、身動きどころか隙さえも与えてくれない。 「いいか、妙な動きしてみろ。このガキをぶっ殺すからな!」 一番前の車両に人質全員を集め、一人の犯人が銃を向けて監視する。 もう一人が運転手に銃をつきつけ、「とにかく走らせろ」と指示を出す。 「ど、どうにかしないと…!」 いくら名前がヒーローでも、一人ではこの状況を打破することはできない。 能力もまだ未熟なうえ、こんな狭い場所で風を起こせば他の乗客も吹き飛ばしてしまう。 「ヒーロースーツもないし…」 そして何より顔を隠すためのヒーロースーツがない。 普通の恰好なため、ここで能力を発動したら確実にバレてしまうだろう。 「男」と発表しているため、「女」とバレてしまえば何か問題が起きるに決まっている。 そもそも、何故「男」だと公表しているのか解らないが、公表しているからには隠し通したい。 「でもそんなこと言ってる場合じゃないよね…」 まずは頭の中でシュミレーションを行う。 人質を自分と変えてもらうよう言い、人質を解放したら風で吹き飛ばそう。 もう一人の犯人が運転室から出てきたら、外へ吹き飛ばし、自分も飛び出して救助すれば顔はバレないですむかもしれない。 ただし、失敗は許されない。失敗すれば人質の誰かが殺されてしまう。 「……そ、んなこと…!」 悪い想像をしてしまい、名前の手が震えた。 ちゃんといくかどうか解らない。もしこれで失敗したら…。そう思うと身体は固まってしまい、動けないでいた。 「来たな、ヒーローども」 犯人が外を見ると、HERO TVの飛行機が飛び交い、車内に設置されているテレビはモノレールを映し出していた。 モノレールジャックにあってから、通信用のリストバンドの電源をオフにしていたため、ヒーローとはバレないでいた。 しかし、通信がとれないでいるとアニエスや、キースはどう思っているだろうか。もし気づいているなら、どうにかすることができるかもしれない。 犯人に気づかれないよう窓際に近づき、テレビになんとか映ろうとした。 スカイJr.の素顔を知っているのは会社の人とヒーロー達だけ。どうか気づいてくれ。と願いをこめてカメラを乗せた飛行機にひたすら目線を向けた。 「ちょ、ちょっとあれ!名前じゃない!?」 最初に名前に気がついたのはブルーローズ。 ヒーロー達の回線を全て繋げているため、ブルーローズの声は全員に届き、テレビに目を向ける。 「名前君!だから通信が通じなかったのか!」 『ねえ、スカイハイ。あなた達が騒いでいる名前とは誰のこと?もしかして…』 「…はい。私の相棒、スカイJr.がモノレールに乗っています。それも一般人の状態で」 『ワオ…!それは好都合だわ!』 犯人達はヒーローを近づけさせるな!とHERO TVに向かって何度も言った。 このまま身動きをとることなく犯人の要求を聞くしかなかったのか。そう思った矢先の出来事。 悪い笑みを浮かべたアニエスは少し黙って作戦を考える。 前にもこんなことがあった。そのときのように解決できないだろうか…。 「折紙サイクロン。あなたも人質になってくれる?」 『拙者もでござるか?』 「もしものために名前…いいえ、スカイJr.の援護をして頂戴。あとは身動き取らないように!あと、まだスカイJr.が女だってバラさないで!」 アニエスの頭の中では一つのシナリオができていた。 このままヒーロー達を近づけさせないよう待機させ、時間を伸ばしながら犯人の要求を聞く。 その間に折紙サイクロンを潜入させ、あとは名前に任せる。 今日のタイトルは、「スカイJr. 見習い卒業!」。そして、「明かされる真実!」。 きっと盛り上がるに違いない。誰もが驚いて、名前への記者会見も開かれる。そうすればHERO TVの名がまた広がる。すると視聴率もうなぎ昇り! 「さあ折紙サイクロン。頼んだわよ!」 『で、でもどうやって潜入するでござるか?』 『すみません。私ではいけないだろうか』 「スカイハイの素顔は絶対にダメ。それとあなたは目立ちすぎるわ。目立たない地味な子がいいの!」 『あまり嬉しくないです、それ…』 「凹んでる暇があったらさっさと潜入しなさい!タイガー、じゃなくてバーナビー。能力発動して折紙サイクロンをぱっぱとモノレールに運んで頂戴!」 『おいおい!何で一回言いなおしたんだよ!俺でもいいだろ!』 「あんたじゃうるさくてすぐバレるわよ!バーナビー、お願いできるかしら?」 『今日の手柄は見習いさんに譲りますが、次は協力しませんからね』 アニエスに言われ、能力を発動したバーナビーは、折紙サイクロンをお姫様抱っこをしてモノレールへと近づいた。 あまりの速さに折紙サイクロンは息をのんだが、そのおかげで犯人に気づかれることなく後方のモノレール内へと侵入成功。 「ではあとは任せました、折紙先輩」 「任せるでござる」 ヒーロースーツを着たままいつもの自分へと擬態し、前方の車両へと向かう。 「誰だ!」 「うわぁ!」 「テメェ、どこから入りやがった!もしかしてヒーローか!?」 「ち、違います!トイレに入ってたら誰もいなくなってて、探しに来たんです…。お願いですから銃を向けないで下さい…っ!」 いつものイワンより、さらに気弱なイワンを演じ、頭を抱えてその場にしゃがみ込む。 ヒーローじゃないと確信した犯人は「大人しくしてろ」と言って他の乗客に目を向ける。 イワンは姿勢を低くしながら名前の近くに座って、身を寄せた。 「折紙先輩っ…!」 「大丈夫ですか?名前殿の姿がテレビに映ったから心配してたんです」 「私は大丈夫です。でも…何もできなくて…」 「いえ、何も動かないでよかったです。…下手に動けば失敗するかもしれないですから」 少しパニックになっている名前に優しく声をかけるイワン。 イワンの言葉に固くなっていた身体から力が抜け、ギュッと手を握る。 その手は震えており、イワンも握り返してあげた。 「これ、耳に入れて下さい。皆と通信ができます」 「は、はい」 こっそり渡された小型の通信機を耳にいれると、通信機の向こうから聞きなれた声が聞こえた。 「あと前と同じ小型カメラと、マイクもアニエスさんから預かってます」 「…さすがですね。助けるのと放送するのと両方考えてる…」 「視聴率の為なら悪魔に魂を売る。っていう噂を耳にしました」 「ふふ、もしそうならアニエスさんがいつか敵になるかもしれませんね」 「それは怖いでござる。でも今はあいつらです」 「はい。あの人たちも怖いけど、頑張ります…!」 それでも身体が震えている名前。 イワンだって怖いが、名前はまだ見習い。経験も浅いし、被害者でもある。 握ったままでいた手をさらに強く握り、優しく名前を抱きしめた。 犯人は背中を向けていて、二人を見ていない。 「お、折紙先輩?」 「大丈夫。きっと助かるし、助けるでござる!」 「……」 「他の人達を信じよう。だから名前殿も頑張ろう!」 「…っはい!」 名前から離れ、先輩らしい口調で名前の緊張を和らげる。 名前は強く頷き、犯人に視線を向け、隙が生まれないか集中力を高めた。 (2011.0711) ( △ | ▽ ) |