水魚之交 「名前君、明日一緒に街へでかけないか?」 「はい、喜んで!」 先日、会社から有給休暇を貰ったキースと名前。 日頃の疲れを十分癒し、また明後日から頑張ってくれと言われ、そのあとキースに誘われた。 勿論キースに恋する名前は二つ返事をしてその日は帰宅した。 そして翌日。 いつもより早く起床した名前は少ない服を部屋に広げ、約束の時間ぎりぎりまで悩み続けていた。 悩みに悩み抜いて選んだ服はいつもと変わらない服装で、鏡を見ては「可愛い服を買えばよかった」と深い溜息をはいた。 寮を出るとき、キースから貰った犬のぬいぐるみに「いってきます」と声をかけ、鍵をかけたあと走って階段を降りる。 余裕をもって寮を出たのだが、きっとキースなら早く来るはず。 そう思ってせっかく整えた髪を乱しながら、約束の公園へとたどり着いた。 「よかった…。まだ来てない」 人が苦手な名前を考慮してか、名前が住む寮に近い公園を待ち合わせ場所にしてくれた。 公園内にある大きな時計の下が待ち合わせ場所で、その下にあるベンチに腰をかけて、キースを待つ。 約束の時間までまだ30分。 「緊張する…」 ベンチに座って青い空を仰ぐ。 返事をしたのはいいが、よくよく考えてみればキースと二人っきり。ようするにデート。 前にも二人で出掛け、そのときは意識していなかったが、今回は意識しすぎて、胸が高鳴る。 「でも楽しみだな」 緩んだ口元。違うことを考えても自然とキースのことばかり考えてしまい、この気持ちを抑えられそうになかった。 しかし、約束の時間になってもキースは来なかった。 名前は何度も時計を確認し、約束をかわしたときのことを思い出す。 約束の場所も、時間も。間違いはない。メモだってちゃんととった。 だけど30分、一時間過ぎてもキースはやってこない。 もし何かあるならきっと連絡をしてくれる。それがないということは、事故か何かに巻き込まれてしまったのではないだろうか。 嫌な予感が名前の頭を過ぎ、サッと血の気が引いた。 ベンチから立ち上がり、キースの家へと向かおうとしたが、もしすれ違いになったらと思うと、足は数歩進んでその分戻った。 「キースさん…」 もう約束なんてどうでもよかった。 一分でもいいから早く元気な姿を見たい。事故を起こしていませんように。と願い、ひたすらベンチで待ち続けた。 「―――名前君ッ!」 「ッキースさん!」 俯いて祈っていた名前は、名前を呼ばれてパッと顔をあげた。 公園に入ってきたキースを一瞬で捉え、立ち上がって駆け寄る。 キースも息を乱しながら名前に駆け寄って、勢いがついて止まりそうにない名前を正面から抱き締めた。 「すまない、名前君。すまない!」 「いえ、ご無事な姿を見れただけで安心しました…っ」 キースの背中に腕を回したが、回しきれなかったので背中の服をギュッと掴む。 滲んでいた涙はキースの服に吸い取られ、何度も「よかったです」と力をこめて抱き締めた。 「事故にあったかと心配しておりました…」 「私ではなく、子供が事故にあってそれを助けていたんだ。そのせいで約束の時間に遅れてしまった…。申し訳ない」 「さすが師匠です!約束の時間に来て頂くより、嬉しいです」 「しかし、その…」 名前から離れ、困ったような顔で名前を見る。 言葉を濁すキースに、名前は不思議に思って名前を呼ぶと、「花を…」と言って持っていた花束を名前の前に見せた。 「せっかくだから花を買ったんだ。……だけど、この通りボロボロになってしまった…」 人命救助をしている間にボロボロになってしまった花束。 包装紙ももはや綺麗とも言えない状態。 謝るキースに、名前はよれた花束に手を伸ばし、受け取った。 「こんなにも綺麗な花束、初めてみました。とても嬉しいです」 慈しむ目で花束を見つめ、頭を下げる。 「し、しかし…!」 「私にくださるんですよね?」 「そうだが、もう渡せるような状態じゃなくなってしまった」 「いえ、私はこれがいいです。キースさんが頑張った証ですもの」 その言葉を聞いて、奪おうとしていた腕をおろし、照れるように頭をかいた。 「じゃあまず名前君の寮へ戻ろうか」 「はい!お水をあげなければ…」 「もしよかったら花瓶を買わせて頂けないだろうか」 「そうですね。せっかく買って頂いたのだから、花瓶も必要ですよね…。でも花瓶は私で買います。キースさんからは花束を頂きましたからね」 「いや、花瓶も買わせてくれ!全てを揃えてこそプレゼントというものだよ!」 「でも…」 「では、約束の時間を過ぎてしまった謝罪として買わせておくれ」 「………はい。甘えさせて頂きます」 微笑む名前の背中に手を伸ばし、エスコートをしながら公園を後にした。 (2011.0711) ( △ | ▽ ) |