鼓舞激励 「え、スカイハイが避けてる?」 「はい…」 最近の名前は人見知りも軽減され、特に仲のいいヒーロー達とは普通に会話ができるようになった。 仕事を終え、一人でトレーニングに励んでいると、先輩のブルーローズことカリーナがやってきて、軽く会話をかわす。 最初は世間話だったが、いつの間にかスカイハイの話になり、名前は勇気を出して最近の悩みをカリーナに話してみた。 少し前からキースが自分と目を合わせたりしなくなった。 最近まともに会話をしなくなった。 それをカリーナに伝えると、カリーナは胸の前で腕を組んで眉を寄せた。 名前も黙って色々考えるも、何故そのような態度を取られるか解らない。 「私、何か失敗でもしたのでしょうか…」 「え、本当に解らないの?」 「…ブルーローズ先輩は知ってるんですか?」 「ええ、まあ…。なんとなくだけど」 「教えて下さい!このままだと相棒としても弟子としてもクビです…!そんなのイヤですっ!」 泣きそうな顔でカリーナに詰め寄る名前を見て、カリーナは話すのを渋る。 キースが名前とイワンの仲に嫉妬している。だけど、それが何なのか本人は気づいていない。 本人が気づいていない気持ちを周りの人間が勝手に伝えていいのだろうか。 悩むカリーナにさらに詰め寄る名前は少しだけ震えていた。 彼女にとってキースは絶対で、彼に嫌われてしまったらこの世の終わりとでもいいそうな顔をするだろう。 さすがにそれは見たくない。 「理由は自信がないから言えないけど、対策としてスカイハイとずっといることね」 「…ずっと、ですか?」 「最初に来た頃のようにずっと隣にいる。困ったことがあったらすぐにスカイハイに助けを求めてのもいいかもね」 「そ、そんなことでいいんですか?」 「んー、じゃあちょっと甘えたりする?」 「甘える…」 「ワガママとか言ってみるのもいいかも。今日一緒に帰りたいとか」 「……もし断られたりしたら…凹みそうです」 カリーナのおかげで、名前はキースに恋をしていることに気がついた。 だから二人っきりになったら意識して恥ずかしくなる。きっとそれだけで一日の体力を使ってしまう。 顔が徐々に赤く染まりつつある名前に、カリーナは笑って見せた。 「大丈夫よ。彼、頼られたり、お願いされるの弱いから。もし断られたら抱きついて「いやです」とでも言ってみれば?」 「そ、そんなことできませんよ!」 「弱虫ねー、名前は」 「よわっ…!?……じゃあ先輩はそんなことできるんですか?」 名前の反撃にカリーナは口を閉じ、自分の想い人である虎徹を思い出し、頭の中で実行してみた。 名前と同じく、頬を赤く染め、「できるに決まってるじゃない!」と啖呵を切ってみせる。 「本当ですか?」 「もううるさい!ほら、スカイハイ来たから行ってきなさいよッ!」 「わっ!」 真っ赤になったカリーナに背中を押され、トレーニングにやってきたキースの元へ歩く。 「おはようございます、師匠」 「やあ」 いつもだったら、「お疲れ様名前君!」ととびっきりの笑顔で挨拶をしてくれるのに、最近はこんな調子。 短い挨拶や相槌をして、すぐにトレーニングに入る。 やっぱり今日もそうで、トレーニングに入る前の準備体操を始めた。 名前はカリーナに言われたことを思い出し、後ろを振り返ると、怖い顔をしたカリーナが名前に「行け」という素振りを見せる。 「あの、師匠…」 「…」 「し、師匠!」 「え?あ、私かい?」 「あのですね、えっと…」 「ん?」 「今日のトレーニング、ご一緒しても宜しいでしょうか?」 一緒にする。ということは、名前がキースのトレーニングについていくということ。 男女ともあって、体力の差は歴然。しかもヒーローになったばかりの名前がキースのトレーニングについていけるわけがなかった。 だけど、キースの近くにいたいと思う。真面目にしないといけないのに、邪な気持ちが出てしまい、名前はすぐに自己嫌悪に陥った。 「勿論だとも!勿論だよ、名前君!」 しかしキースは嬉しそうな声色で名前に笑顔を向けた。 久しぶりにみたキースの笑顔に、いつの間にか緊張していた名前はほっと息をつく。 「ただ、無理のないようにね!」 「はい!」 「何だか久しぶりに名前君とトレーニングできて嬉しいよ」 ニコニコしっぱなしのキース。名前もニコニコと笑顔を浮かべたまま、またカリーナを振り返ると、大きく頷いてくれた。 そしてまた「言え」と言うジェスチャーを名前にする。 「あ、あとですね…。今日、一緒に帰りませんか?」 「名前君とかい?全然構わないよ。寧ろ大歓迎さ!」 今度は顔を光らせたキース。「嬉しい」という感情が凄く伝わって、名前も嬉しくなった。 そのまま一緒に準備体操をして、トレーニングに入る。 トレーニング中は基本的に喋らないが、途中で「大丈夫かい?」とキースが名前を気遣ってくれる。 いつものトレーニングに比べ、かなりきついが、名前も懸命にキースについていった。 「―――少し休もうか」 「は、はいっ…」 さすがに名前の体力の限界が迎えるころ。キースが乱れる息で声をかけてくれた。 「助かった…」という気持ちが入った返事をして、その場にしゃがみこんで息を整える。 身体中が重く、息をするのも辛い。 へばっている自分とは対照に、キースの呼吸はすでに整っており、表情はまだまだ余裕そうだった。 フラフラする足に力をいれ、キースが座るベンチに向かって、腰を下ろす。 「大丈夫かい、名前君」 「すみません、師匠…」 「謝ることないさ。頑張ってついてこようとする名前君は素敵だ」 「師匠…」 「謝るのは私のほうさ。名前君と一緒にトレーニングができて、つい張り切ってしまい、体力の限界が来ている名前君に気づきもせず、倒れるまで付き合わせてしまった。本当にすまない」 「そんな…。師匠は悪くありません。私が……」 キースの謝る表情を見て、名前の心がグッと締めつけられた。 こんな顔をさせるため、一緒にトレーニングをしようと言ったわけではない。謝る必要もない。 自分がいればキースに気を遣わせていることに気づいた名前は、拳を握って俯いた。 「すみません、師匠…!」 「名前君?」 「私は未熟者です…!解っていましたが、少し調子に乗っていました。師匠と一緒にトレーニングできるとはしゃいでたんです…。すみません…!」 キースは全て名前の倍以上こなしている。だというのに余裕だ。 少しは敬愛するキースに近づいたと思っていたが、歴然の差に驚愕した名前は静かに涙を流した。 これほど自分が情けなく思ったことなんてない。もっと早く近づきたいと思ったこともない。 悔しくてこぼれる涙と、震える拳。 その拳にそっと手を差し伸べ、優しく包み込む。 「名前君は十分頑張っているよ。ああ、十分に頑張っているとも!」 「し、師匠…」 「君はまだ見習いだ。私についてこれなくて当たり前じゃないか。恥じる必要もない。惨めだと泣かないでおくれ」 「でも、…でも師匠に迷惑を…!足手まといになってます…」 「名前君、前にも言ったが私は君の師匠だ。弟子の面倒を見るのは当たり前さ!それに、私は一度も名前君を足手まといだなんて思ったことないよ」 ぐすん。と鼻をすすって、涙が溢れる目でキースと視線を合わす。 涙のせいで視界は緩んでいたが、キースが優しく微笑んでいるのは解った。 そんな名前の涙をキースが親指で拭い、頬に手を添える。 「どちらかと言えば、名前君が泣いてるほうが困るかな。心が痛くなるよ」 「……私が?」 「何故だろうね。名前君の泣き顔は見たくない。だからいつもみたいに笑ってくれるかい?」 「師匠っ…!」 笑って。というのに、名前は嬉しさのあまり涙を大量に流し始めた。 キースが笑いながら何度も何度も涙を拭い、頬に両手を添え、額にキスを落とすと、名前は驚いて涙を止めた。 「ははっ、ようやく止まったね」 「い、今何を…!」 「ん?キスだよ。名前君の涙が止まるようにおまじないさ!」 「おまじない…?」 「そうさ。ほら、おかげで涙が止まっただろう?」 「あ…」 「泣いてる子供によくやるけど、皆名前君と同じように泣きやんでくれるよ」 悪気のない笑顔と言葉に、名前は少し心を痛めた。 キースのその言葉で、自分は恋愛対象ではないと察し、またじんわり涙が湧いてきた。 「名前君?」 キースに名前を呼ばれる中、カリーナの言葉を思い出していた。 ここでワガママを言ってもいいだろうか。もし言って、困らせるような顔をされたらどうしようか。 色々考えるも、どうしても気持ちを抑えられなくなった名前は自分の頬に添えている手を上から包み、一度目を伏せ、真っすぐとキースの目を見つめた。 「私だけのおまじないが欲しいです」 そう言ってキースの手のひらを口元まで移動させ、触れる程度のキスをした。 そこまでして、ようやく自分がとんでもないことをしているのに気がつき、手を離して真っ赤になった顔を伏せる。 「す、すみません、師匠!何でもないですっ…。何でもありません…!」 頭を下げて謝り続ける名前だったが、頭上のキースは何も言わない。 さすがに厚かましいことを言ってしまったから、きっと怒ったに違いない。だけどこれ以上ここにいるのは恥ずかしい。 そう思った名前は逃げるため腰を浮かせたが、キースに方腕を掴まれ、座らされた。 空いた片方の手は再び名前の頬に添え、「師匠?」と名前が呼ぶ前にキースが名前の名前を呼んだ。 顔をあげると、キースの青い目と至近距離でぶつかって、瞼に何か柔らかいものがあたった。 驚いている間に頬にも柔らかい感触。 「うん、どうだい?名前君限定のおまじないは」 「……え?」 「瞼と頬にキスをしたんだが、それでも足りないかい?」 「…え、えっ…!ええええ…!?」 まさか再びキスをされると思っていなかった名前は、驚くことしかできなかった。 反対にキースは先ほど以上に機嫌良さそうに笑っている。 「もし悲しくなったり、寂しくなったりしたら言ってくれ。いつでもしてあげるよ!」 ニコニコと笑うキースを見て、名前は真っ赤になりながらも小さな声で「お願いします」と頭を下げた。 「何あれ。恋人でもないのにいちゃいちゃしちゃって。見ていて不愉快だわ」 「あらやだ、嫉妬?自分も名前ちゃんみたいにもっと素直になればいいじゃない。というか、アドバイスする人間ができなくてどうするのよ」 「う、うるさい!あんたに関係ないでしょ!」 「………こっちも問題ね…」 ゆっくり、近づく (2011.0709) ( △ | ▽ ) |