脚下照顧 「名前君!」 「し、師匠…」 虎徹とネイサンから逃げるように去って、誰もいない廊下で息をついているとキースがやってきた。 落ちついたと思ったのにまた身体に緊張が走って、眉を寄せて振り返る。 「すまない。私が何か失礼なことを言ってしまっただろうか…」 「え?い、いえっ。違います。私が…あの…。何でもないです…」 虎徹に「恋人になっちまえ」と言われて、物凄く恥ずかしくなった。 この想いが恋だと気づいてからキースの一言一行を意識してしまう。だけど、イヤな気分になるとかではない。 今さっきのは、「名前君と恋人になるつもりはない」とキース本人の口から言われるのを恐れ、あの場を逃げ去ったのだ。 だと言うのにキースが名前を追いかけ、困ったような顔を自分を見降ろしている。 「何かあったらいつでも相談にのる。だから元気を出しておくれ」 「…はい、ありがとうございます、師匠。すみませんが、私はもうあがらせて頂きます」 「そうか。お疲れ。そしてお疲れ!」 「お疲れ様です」 笑顔を向けて頭をさげると、キースは手をあげて笑ってくれた。 そのキースの笑顔を見るだけで名前の心は落ちつき、背中を向けて更衣室へと向かう。 「―――っわ!」 「っと!」 更衣室へ向かう角で人と、イワンとぶつかって尻もちをついてしまった。 ちゃんと前を見ていなかったし、意識もしていなかったから受け身をとることもできず、強く打ちつけたお尻がじんじんと痛む。 「す、すみません名前殿!大丈夫ですか?」 「こちらこそすみません、折紙先輩。私は大丈夫です。折紙先輩は?」 「僕は転んでいないので…。あ、立てますか?」 「ありがとうございます」 お互いを気にかけながら謝罪し、イワンが名前に手を伸ばして、名前は素直に好意に甘えた。 「ちゃんと前を見ていませんでした。本当にごめんなさい」 「僕も携帯を触りながら歩いていたので…」 「もしかして例のブログですか?携帯からも触れるんですね」 「はい、すっごく便利なんですよ」 「私もしたいって思ってるんですけど、どうしたいいか解らず…」 「前も途中で終わってしまいましたからね。今度時間があったら登録しますか?」 「教えて頂けるのですか?ありがとうございます、折紙先輩!」 名前と別れたキースだったが、名前の悲鳴を耳にして急いで追いかけてみれば、イワンと仲良さそうに話していた。 先ほどの困った笑顔ではなく、ちゃんとしたいつもの笑顔。 「…戻ろう。トレーニングはちゃんとしなければ」 まだ会話をしている二人に目を伏せ、踵を返してトレーニングルームに入ると、ネイサンが駆け寄ってきた。 「どうしたんだい?」 「名前ちゃんと一緒じゃないの?」 「名前君はもう帰ってしまったよ。今は……折紙君と話しているが」 「あらそう?って、あまり元気なさそうだけど何かあった?私でよかったら何でも聞くわよ?」 ウインクをキースにするも、キースはハハッと笑って青いマットへ向かう。 マットの上に座り、入念なストレッチをしていると隣にネイサンが座って、同じようにストレッチを始めた。 「どうせなら一緒に帰ればよかったじゃない」 「そうしてあげたいけど、トレーニングがまだ残っているからできないよ」 「真面目ねぇ…。でも夜だから危ないわよ?それにスカイハイに誘われたらきっと名前ちゃんも喜ぶと思うけど?」 ネイサンのその言葉に、キースはぴたりとストレッチを止めた。 「そうだろうか」 「え、なに?」 「名前君は私のことがあまり好きではないようだ。困ったようにしか笑ってくれないんだ…」 「そんなことないわよ。名前ちゃんはあなたを慕っているわよ?」 「私より折紙君と仲がいいよ。すまない、今日はもうあがらせてもらうよ」 顔をネイサンに向けることなく言葉だけで去って行った。 残ったネイサンはキースの言葉に色々考えるも、イヤな予感しかせず、とりあえずブルーローズのところに向かって名前の事情を聞いた。 ブルーローズが夕方のことを話すと、「やっぱり…」と名前のキースへの想いを確信させ、「うふふ」と笑みを浮かべる。 「そうなると今度はスカイハイね」 「大丈夫かしら。スカイハイって少し鈍感そうだし…」 「少しだなんてとんでもない。かなりよ!」 「余計ダメじゃない…」 (2011.0708) ( △ | ▽ ) |