千思万考 名前の勤務時間はまだ短い。 どの社員より早めにあがった名前は重たい足取りでヒーロー達が通っているトレーニングジムへと赴いた。 更衣室で動きやすい恰好に着替え、タオルと飲料が入ったボトルを持ってトレーニング内に入ると、すでに先客のカリーナがルームランナーで汗を流していた。 「お疲れ様です、ブルーローズ先輩」 「名前!」 できるだけ笑顔を作って挨拶をすると、遠くにいるカリーナが凄い勢いで名前に近づく。 彼女の手にも朝見た雑誌が握られており、例のページを開いて名前の顔に突きつけた。 「これっ!これ、どういうこと!?本当なの!?」 「ごめんなさい!」 「え?」 「すみません、私なんかが師匠と写ってしまって…!ごめんなさい!」 「あんた何言ってんの?別に怒ってないわよ」 深々と頭をさげる名前を見て、若干引いたカリーナは雑誌をゆっくりおろした。 きっと赤くなって照れたりでもするのかと予想していたカリーナだったが、まさかの謝罪にどう反応をしていいか解らない様子で、口を閉ざす。 「…怒って、ないのですか?」 「だから。何で私が怒らないといけないのよ」 「だって師匠と私が雑誌に載っているから…」 「そりゃあ驚いたけど、怒ってないわ」 「そうですか…。よかった…!」 「よかった?ねえ、もしかして何か言われたの?」 「…いえ」 「言われたんでしょ!?」 「は、はいぃ!」 カリーナの一睨みに、名前はあっさり薄情してしまい、また「ごめんなさい」と頭を抑えて謝った。 雑誌に載ってしまったせいで、何かあるだろうと思っていた。ここはカリーナの予想通りで、ふっと息をついて名前の腕を掴んでベンチに座らせる。 「これのこと話してくれる?」 「あ、はい…。師匠と買い物に出かけて、声をかけられたんです」 「恋人って本当?」 「いえ、そんな!とんでもないです!」 「でもここにナイスカップルって書いてあるわよ?」 「それは師匠が否定しなくて…。何だかややこしい感じになりそうだったので、そう言ったんだと思います」 「ふーん…。で、何言われたの?」 カリーナの言葉に口を固く閉じ、ギュッと拳を膝の上で握りしめた。 「大したことではありませんが、近づくなと…」 「ありきたりね。気にすることないわ」 「でも師匠は会社でも人気ですので…。女性が嫉妬する気持ち解ります。私なんか師匠の隣に歩いていい人間ではありません…。子供ですし、つりあう人間ではありません…」 「あー、そのいい子ちゃんっぷりとネガティブにイライラする!」 「え、あっ、あの先輩…?」 口を開いたかと思えば、少し後ろ向きな名前の発言に頭を乱暴にかいて、名前を睨みつけた。 「いい!女の子は誰に恋したっていいの!子供であろうと関係なしっ」 「はあ…。恋…?」 「あんたが何でそんな性格なのか知らないけど、ネガティブなのは鬱陶しいわ!元気と笑顔が一番よ!」 「は、はい…!」 「だから、例え他の女に何を言われようと、スカイハイを好きになったんなら好きでいなさい!頑張りなさい!」 「………あの、ブルーローズ先輩…」 「何よ!」 「先輩は師匠のこと好きなんですか?」 「ハァアア!?」 「だ、だって今好きだって…」 「それは私じゃなくてあんたでしょ!」 いい加減怒るわよ!?と怒鳴り、名前の額を軽く叩く。 しかし名前は痛がる様子も見せず、呆然とした感じでカリーナを見つめ、徐々に頬を赤く染めていった。 「わ、私がですか!?」 「…あんた、解ってたけど鈍感なのね…」 「だ、えっ…!わ、私が師匠に恋ッ!?」 「どっからどうみて名前が恋してるように見えるけど?」 「そんなっ…。ダメです!私みたいな人間が師匠を好きになるなんてとんでもない!」 「「私みたいな」ってうるさい!好きになったもんはしょうがないでしょ!それとも嫌いなの!?」 「きっ……嫌いではありません!…好きです」 「ほら」 今まで自分の「好き」は「敬愛」からくる「好き」だと思っていた。 だけどそれは違った。いや、最初はそうだったかもしれないが、いつの間にか「恋愛」の好きに変わっていた。 だからキースと手を繋いだとき嬉しくて涙をこぼしたのか。 だから今朝、苦しくなったのか。 「先輩…」 「ん」 「私、師匠のことをお慕いしております…。大好きなんです…!」 「ようやく気付いたのね。で、どうすんの?」 「どうするもなにも…。今まで通りですが?」 「何で!?恋人になりたいとか思わないの!?」 「お慕い申しているのは事実ですが、恋人になるだなんて…。師匠にもきっと好きな方がいると思いますし。そこはちゃんと弁えております」 これは心の底からそう思う。本音だ。 好きだが、恋人になろうだなんて思っていない。 名前の言葉にカリーナは絶句し、溜息をはきながら頭を垂れた。 「いい子ちゃんなのは知っていたけど、ここまでとは…。呆れてものも言えないわ」 「ブルーローズ先輩?」 「ちょっと疲れたから休んでくる…。その雑誌貸してあげるからちょっと読んでみれば?」 「あ、はいっ。お疲れ様です」 元気を失ったカリーナはタオルを首にかけてそのままトレーニングルームをあとにした。 置いていった雑誌に手を伸ばし、その自分とキースが写るページをパラパラとめくる。 「……今日の帰り、買いに行こう」 雑誌に写るキースを見て、口元を緩めた。 (2011.0708) ( △ | ▽ ) |