黙思口吟 「お、おはようございます、キースさん…」 ベットから起き上がり、横に置いてある犬のぬいぐるみに向かって朝の挨拶をする名前。 キースに買ってもらった犬のぬいぐるみに「キース」という名をつけ、日常の挨拶をするようにしているのだが、名前を呼ぶたび顔が熱くなってしまう。 どうしてか、キースの家に遊びに行って以降、変に意識をしてしまうようになり、寝ても覚めてもキースのことばかり考えている。 胸をキュッと締めつけられるように苦しくなり、犬のぬいぐるみを直視することすらままならない。 「名前変えよう…」 いいこいいこ。とぬいぐるみを撫で、ベットから降りて着替えを始める。 本来なら学生の年齢なのだが、名前は特別ポセイドンラインの仮社員として既に働いていた。 だからこそ寮に住める。 朝の身支度も終わり、食事もさっさと終わらせて会社へと向かう。 途中で社員の人と会って挨拶をかわし、あまり会話をしないよう名前が務めている部署へさっさと足を運ぶ。 名前の仕事は雑用の雑用。人数も少なく、会話も特にないため人見知りが激しい名前にとっては嬉しい職場。 会社の制服に着替え、掃除用具を持って今日の配置場所を確認して向かった。 「ねえ、名前さん?」 その途中、後ろから名前を呼ばれ、足を止めた。 内心びくびくしながら後ろを振り返ると、数名の女性が立っており、軽く睨まれた。 さらに恐怖で縮こまり、小声で「何でしょう」と聞くと、一冊の雑誌を突きつけられる。 「これ、どういうこと?」 突きつけられた雑誌を受け取り、中身を確認すると、先月街中でキースと一緒に撮られた写真が載っていた。 一面に自分とキースが仲良さそうに写っており、右上のほうには「今月のナイスカップル!」と大きく書かれていて、名前は目を見開いて驚いた。 顔をあげ、女性を見ると不愉快な表情で自分を見降ろし、何故怒っているのか大体理解できた。 キースがこの会社の人気者なのは知っていた。 ルックスもいいし、性格も申し分ないほどいい。仕事も営業、接客、整備何をやらしても不備はなく、まさしく完璧人間。 そんな人間が異性から好かれないなんてことはない。 「ど、どう……っ…て…」 「カップルって何!?これ本当なの!?」 「こっ、こ、これ…は、…っその…!」 「さっさと喋りなさいよ!」 人見知りもあるが、女性達の勢いに委縮してしまい、口も身体も動かない。 何かを喋ろうとするも、何を話していいか解らず、それがまた女性達の反感を買った。 「…た、ただ…!買い物を…!」 「はぁ、買い物?何でキースさんとあんたが買い物してんの?」 「新入りだからって可愛がってもらってんのか知らないけど、彼にあまり近づかないでくれる?!」 「ご、ごめんなさい…!」 言い返す度胸も、事情を説明する器用な口も持っていないため、名前はとにかく謝った。 女性達はそれ以上名前を責めることはせず、名前から雑誌を奪ってその場から立ち去る。 静かになる廊下に一人佇み、早まる心臓を沈めるよう胸をおさえた。 「……師匠は私のことなんて気にしていないのに…」 ただ、相棒だからよくしてもらっている。 ただ、優しいから気にかけてもらっている。 それだけの存在。 「………あれ?」 本当のことを言っているのに、何故か心が苦しくなった。 今さっき女性達から責められている以上に胸が苦しく、胸を抑えながら俯いてこれが何なのか考える。 「師匠は…師匠…。優しくて、格好よくて、強くて、何でもできちゃう凄い方。そんな人が私と一緒にいてくれるのは相棒だから。うん、間違いはない」 だけど気持ちとは裏腹に、名前の目から涙が溢れ、一滴となって床に落ちた。 「何でしょう…。凄く苦しい…!涙も止まらない…」 このとき誰もが呟く、「助けて、ヒーロー」と。 (2011.0707) ( △ | ▽ ) |