夢/My hero! | ナノ

喋喋喃喃


人がたくさん行き交う街中をキースと名前は歩いていた。
今日は二人揃っての休息日で、前に約束をしていた名前の家具を買いにやってきたのだが、あまりの人の多さに名前は少しへばり気味。
だけどせっかく尊敬するキースと一緒に街へ来たのだから…。と、キースの歩調に懸命についていく。


「名前君は普段の休日何をしてるんだい?」
「私は溜まった洗濯とか掃除とかを…。あと最近は近所を散歩してます」
「寮の近くの公園にかい?きっと早朝に行くと気持ちがいいんだろうね!」
「師匠…、じゃなかった。キースさんは何をされてるんですか?」
「私も似たようなものだよ。トレーニングも大切だけど休めるときは休まないとね」
「そ、そうですね…!」
「……名前君、少し苦しそうだが、大丈夫かい?」
「はぁはぁ…。は、はい、すみません…!」
「もしかして歩調が早かったかい!?そ、それはすまない…。つい楽しくて合わせるのを忘れていたよ。本当にすまない。すまない、本当に…」


息を切らし始めた名前を見て、キースが慌てて足を止めた。
道の真ん中に立っては邪魔になるので、名前の肩に手を添えて道の端へと誘導する。
お礼を言う名前と、謝るキース。


「次からは気をつけるよ。もう歩いても平気かい?」
「はい、お手数をおかけしました」
「いや、今のは私が悪かった。よし、じゃあ行こうか」
「はい!」


息が整った名前を連れて再び歩き出す。
今度はキースの愛犬の話になり、愛犬に名前のことを話したら愛犬も尻尾を振って喜んでいた。と伝えてくれた。
たったそれだけで嬉しくなった名前は幸せそうに笑顔になって、「早く会いたいです」とこぼす。


「前回は事件が起きて来れなかったからね。次はいつがいいだろうか」
「キースさんの時間に合わせますので」
「私ならいつでも平気だよ。名前君に合わせるから名前君が決めてくれ」
「私が、ですか?」
「ああ!」
「………。では…、もし大丈夫でしたら今日、…買い物が終わったらお邪魔したいです」
「勿論構わないとも!じゃあ早く買い物をすまそう!あ、だからと言って適当に選んだりしてはダメだよ。家具は大事だからね!そう、とても大事だ!」
「わ、解りましたっ…!」
「きっと愛犬も喜んでくれるぞ!あ、でも散歩は時間的に少々難しいな…。それは今度の機会にしよう。なあ、名前君?…あれ、名前君?」
「キッ、キースさーん!」


嬉しさのあまりテンションがあがったキースはまた歩くスピードがあがっていて、名前を遥か後方に置いてきてしまった。
名前は人混みに流され、なかなか前へと進めないでいた。
キースが謝りながら人混みを割って、名前の手をパシッと掴む。
そのまま少し力を入れて引っ張ると、人混みからへろへろになった名前が姿を現した。
すぐに人がいない路地裏に入って、何度も「すまない」と名前に謝り続けた。


「今さっき気をつけると言ったばかりなのに…。本当にすまない、名前君」
「いえ、平気です…。ちゃんとついて行けなかった私が悪いのですから、キースさんは気にしないで下さい」
「しかし…」
「それより早く買い物をすませましょう!私、早くキースさんの愛犬にお会いしたいです!」
「…。でもまた今さっきみたいなことになっては困るね」


苦笑い気味に乱れた名前の髪の毛を手で直して、そのまま名前の手をギュッと握った。
驚く名前とは対照に、キースは満足そうな顔に変わっていた。


「え、…え!?」
「これならはぐれないですむだろう?」
「あ…。なるほど…」
「じゃあ行こうか!」


強く名前の手を握ったまま路地裏から大通りに戻って、再び歩き出す。


「(あったかい…)」


手を繋いでからは何も会話を交わしていない。
だけど手から伝わる温度がとても温かく、そして居心地がいい。
今までこんなに人に優しくされたことはなかったし、触ってくれる人もいなかった。
嬉しくて、気持ちよくて、じんわりと心が温かくなる。すると目に涙が溢れ、幸せそうに笑って涙を一筋流した。

キースさん、好きです。大好きです。あなたがテレビで活躍をしたから私の存在が認められたのです。あなたは私のヒーローです。
だから私はあなたに尽くしたい。あなたのお役に立ちたい。それが例えどんなことであろうとも、私はあなたの傍にいたい。

涙を拭いながらそんなことを思って、ふとあることを感じた。
前は相棒になれただけでも十分幸せだったのに、いつの間にか色んなことを望んでいた。
もっと自分を弁えないと。彼はヒーローで、自分は見習い。現場でもまだ活躍していない。


「名前君?」


キースに名前を呼ばれ、意識が現実世界へと戻ってきた。
不思議そうな顔をしているキースに「何でもないです」と答えると、いつものように優しい笑みを自分に向けてくれた。


「(この幸せがいつまでも続きますように)」


大きな幸せは望まない。
ずっとずっとこの小さな幸せが続くようにと願いをこめて、キースの手を少しだけ強く握りしめた。


「(何故だろう。今ならいつまでも空を飛んでいられそうだ)」


名前から握られた手に答えるように力を込めて、キースは緩む口元を抑えた。
名前と買い物に来たのも、名前と他愛もない会話で盛り上がることも、名前と手を繋いだことも…。
全てがとても新鮮で、そして幸福感がキースの心を満たす。
人を助けたときに感じる幸福感とは違ったものだが、それに近いもの。
名前と相棒になってから、空を飛ぶのがもっと楽しくなった。もっと人助けができるようになった。
隣に名前がいるだけ力が湧いてくる。それが未だなんなのか解らないが、この時間が長く続くようにと歩くスピードをさらに落とす。


「(一日が24時間しかないなんてな…)」


時計を確認してふっと息をつくと、名前と視線が合い、二人揃って首を傾げた。
同じ行動を取った二人は声を出さずに笑う。


「今日は何だか素晴らしいね!」
「はい!いい天気だからでしょうか」
「ああ、そうかもしれないな。こんな日は鳥と一緒に空を飛びたい!」
「きっと気持ちいいでしょうね!」
「あ、勿論名前君ともね」
「私もキースさんと一緒に空を飛びたいです」
「では今度は空の散歩をしようではないか!」
「私でよければ是非お供させて下さい!」


こうして師弟の休日はまったり過ぎていった。



  君に魅かれる



(2011.0706)


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