三思九思 「名前殿!」 「折紙先輩!」 「今日も少々いいですか?」 「はい、構いませんよ」 「……なーんか最近仲いいよな」 虎徹の言葉に、近くで水分を補給していたキースはピタリと動きを止めた。 ボトルから口を離し、ベンチに置いてから「そう見えるかい?」とあまり覇気のない声で喋ると、虎徹は笑って肯定する。 「あの折紙が積極的になるのも珍しいし、名前も何だか楽しそうだ。相変わらず人見知りは激しいが、折紙には結構普通になってきたよな」 「ああ、彼らは仲がいいからね!私も見ていて微笑ましいよ」 「…お前マジで言ってんの?」 「他に何かあるかい?」 あの日を境に名前とイワンはよく会話をするようになった。 二人とも人見知りが激しいため、だからこそお互い一緒にいるのが心地いいように見える。 キースの近くにいることも少なくなったが、名前が成長するのだと思えばなんとも思わず、ただ二人を優しく見守っていた。 しかし二人の声を聞くと集中力が途切れてしまい、最近ロックバイソン顔負けのドジをしてしまうことも多々ある。 何人かはキースの気持ちになんとなく気がついている。虎徹もその一人。 首を傾げるキースを見て、「気づいてねぇのかよ」と聞こえないよう呟いた。 「いいか、折紙も名前も年頃だぞ?何かあるとは思わねぇのか」 「何かとはなんだい?」 「だから!名前が折紙のとこに行っちゃうってことだよ!」 「名前は私の相棒で弟子だ。彼女が私から離れるなんてありえないよ。そう、ありえない!」 「うわ、すっげぇ自信…。でもなぁ…」 キースにとって名前は相棒で弟子。可愛い妹とも思っている。 隣にいるのが当たり前になっていて、離れるなんて想像もできない。 逆に近すぎて自分の気持ちに気がついていない。 だからと言って第三者の自分達が教えていいものなのだろうか。 虎徹の相棒であるバーナビーからは「おじさんは余計なことはしないほうがいいですよ」と釘を刺されている。 だが、横目で二人の様子を窺っているキースを見ると、どうにかしてやりたいと思ってしまった。 「こ、今度また遊びに行ってもいいでござるか!?」 「はい、勿論です!」 そんななか、イワンの爆弾発言が二人の耳に届き、虎徹は口をぽかんと開けた。 「……え?あいつらあそこまで進んじゃってんの?」 「ワイルド君?」 「おいスカイハイ!折紙の奴名前の部屋に遊びに行ってるらしいぞ!?」 「…そう…か…」 「いくらそういった気持ちがなくたって、男を簡単に部屋にあげるなんてしちゃダメだろ!もし楓がそんなことしたら俺…俺ぇ…!」 「名前君は話相手がほしかったんだね!」 「……はぁ?」 「私でよければいつでも話相手になるのに。よし、今日の夜誘おう。そして話を聞こうではないか!」 「おーい、キングオブヒーローさーん。帰ってこーい!」 イワンと名前の会話を聞いて、キースがどう解釈したのか解らないが、斜め上の発想に虎徹は呆れた。 約束をとりつけたイワンはトレーニングルームを出ていき、トレーニングに戻ろうとした名前の肩を叩く。 驚いて振り返る名前だったが、叩いたのがキースだと気付くと目を細めて顔を綻ばした。 「師匠!どうかしましたか?」 「今日の夜、君の家にお邪魔してもいいかな?」 「え?……わ、私の部屋にですか?」 「ああ、そうだとも!」 「か、構いませんけど…」 「よし!ではトレーニングに戻ろう!」 「は、はいっ」 今度は二人揃ってトレーニングを始める。 その二人を見て虎徹は「あの鈍チン野郎が…」と頭を抱えるのだった。 本日のトレーニングはいつもより早めにあがり、着替え終わった二人は廊下で待ち合わせていた。 名前が遅れてやってきて「すみません」と謝ると、キースは笑顔で迎えてあげる。 そのまま肩を並べて施設をあとにして、名前の家へと向かった。 「名前君はどこに住んでるんだい?」 「私は会社の寮をお借りしてます。師匠はご自宅があるんですよね?」 「名前君。外では「師匠」というのは止めてくれないか?公私混同はダメだよ」 「あ…。すみません、つい…。ではグッドマンさんとお呼びしても宜しいでしょうか?」 「キースでいいよ。私も名前君と呼んでるからね」 「で、ではお言葉に甘えて…」 照れ臭そうに笑う名前を見て「うん!」とキースも笑った。 名前を呼ばれるたびに何だか嬉しくなって、他愛もない会話をしているのに口元は緩んでしまう。 名前は名前を呼ぶたび恥ずかしそうにしているが、その表情を見るのも悪くない。と思ってしまった。 「寮には初めて来たよ!綺麗なところだね」 「……」 「どうかしたかい?」 寮に入り、階段を上って名前の部屋の前で動きを止めた。 不思議に思ったキースが腰をかがめて俯く名前を覗きこむと、ゆっくり顔をあげてジッとキースを見つめた。 「あの、少々お時間を頂いても宜しいでしょうか…」 「んん?」 「部屋が…散らかっているので…。その、少し片づけたいと…」 「ああ、そういうことか!いきなりだったからね、本当にすまない」 「とんでもないです!私がちゃんと片付けていればよかったんです…」 「私はここで待ってる。何分でも待ってるよ!」 「すみません!すぐに片づけてきます!」 鍵を開けて部屋に飛び込む。 ドタドタと部屋を駆けまわる名前を想像しながら待っていると、思っていた以上に名前が顔を出した。 「ど、どうぞ…!」 「もういいのかい?それほど時間は経っていないようだが?」 「押し込めましたので、見る分には…」 どうぞ。と言って玄関を開ける。 元気よく「お邪魔します」と声をかけてから名前の部屋にあがるキースに、名前は落ちつかない様子で玄関の鍵を閉めた。 寮は一人暮らし用に作られているので多少狭いが、ゆっくりつくつろげるスペースはある。 「とても綺麗な部屋だけど、何もないね」 「家具を買おうと思うんですが、お暇がないのと、どのお店に行けばいいのか解らないので」 「では今度の休日、私が付き合おう!色々案内できると思うよ」 「わ、本当ですか?ありがとうございます!あ、お茶いれますので座って待ってて下さい」 「ありがとう。そしてありがとう!」 最初から取りつけられていたベット、テレビ以外はテーブルとクッションぐらいしかない。 あまり女性らしい部屋ではないが、名前の部屋に興味を示したキースはキョロキョロと伺う。 「何もないですよ?」 「いや、名前君らしい部屋だと思ってね」 「私らしい、ですか?」 お茶を持ってきた名前もキースの横に座り、コップを目の前に置いてあげる。 名前も自分についだお茶を飲みながら聞き返すと、キースはニコリと笑みを浮かべる。 「部屋がとても綺麗だ。壁も真っ白で美しい!名前君らしいじゃないか!」 「…え、っと…。それは…。寮ですからどの部屋も大体ここと同じだと思いますよ…?」 「いや、ここはもっと綺麗だと私は思う」 「あ、ありがとうございます…!」 「ところで、マットではないこれはなんだい?」 「それは故郷から持ってきた畳みです。故郷が恋しくなるときこの匂いをかぐと落ちつくんです」 フローリングに一畳の畳み。その上にテーブルとクッションを置いてある。 かなりの違和感にキースが聞くと、名前は故郷を懐かしむかのような顔で畳みを触った。 そんな名前を見て、キースも畳みを触ってみた。 「ザラザラとするけど、気持ちいいね」 「夏は涼しく、冬は暖かいんですよ。そうそう、折紙先輩の家は純和風だと仰ってました」 名前の口から「折紙先輩」という言葉を耳にした途端、先ほどまで穏やかだった気持ちがまたもやもやと沈んでいった。 「この間遊びに来て下さったときはここで一緒にお昼寝をしてしまって、お互い頬に畳み目の跡をつけてしまったんです。綺麗なお顔が台無しだったんですよ」 ふふふ。と笑う名前。 「(どうしてだろうか…)」 ここにきて、そんなことは聞きたくなかった。別に折紙のことが嫌いではない。 ただ、名前の口から聞きたくないのだ。 それに限っては折紙だけはない。 少し前まで自分の名前しか呼ばなかった名前が、最近では「折紙先輩」「ブルーローズ先輩」「虎徹さん」「バーナビーさん」と呼んでいるのをよく耳にする。 名前が仲間達と親睦を深めたり、コミュニケーションをとったり、人見知りを直そうとしているのは構わないし、応援しているのに、耳にするたび胸がもやっとしてしまう。 何故もやっとしてしまうのか考えて、「きっと自分も名前で呼ばれたいからだ」という結論にたどり着いた。 だからキースと呼ぶよう伝えた。 それでも足りない。もっと違うことを願っているのだが、それが何か解らない。 「キースさん?」 「ああ、解った!」 黙っていたキースを不思議に思って名前が名前を呼ぶと、キースは名前の両手を握って、ギュッ!と力を込める。 驚いて目を見開く名前。目の前はキースはニコニコと嬉しそうだった。 「私は君に名前を呼ばれたいんだ!」 「え?」 「たくさん、たくさん呼んでほしい!だって私は君のことが好きだからね!」 キースの告白に、名前は目をぱちくりさせる。 そして名前も手を握り返したあと、 「はい、私もキースさんのこと好きですよ」 と答えた。 名前の答えに満足そうに笑って、そのまま名前を抱き締め、すぐに離れる。 「ではまた遊びに来てもいいかい?」 「勿論です!」 「あ、しかしいつも遊びに来るのは申し訳ない。今度は私の部屋に遊びにおいで!」 「え、宜しいのですか!?」 「勿論だよ!きっと愛犬も君の訪問に喜んでくれるに違いない!」 「愛犬?犬を飼ってらっしゃるんですか!?わ、私見たいです!」 「では今度紹介するよ」 「はい、楽しみにしてます!」 (2011.0704) ( △ | ▽ ) |