夢/贈り物 | ナノ

幸運な日


!注意!
軍人シリーズで伊作夢になります。





「っ…!」
「ごめんね、痛かった?」
「いえ…」
「もう少しだけ我慢してね?」


ごめんという感情がこもった苦笑いに、名前も苦笑いをして答えると伊作は再び消毒液がついた布を傷口にあてた。
怪我をしたときとは違う鋭い痛みが走り、これ以上心配をかけまいと唇を噛みしめて目を瞑る。
それを解っているのか、伊作はフッと口元を緩め、顔を上げずに治療を進めた。


「はい、これでもう大丈夫」
「ありがとうございます、伊作先輩!」
「ううん。名前、絶対に無理だろうけど、あまり怪我しちゃダメだよ」


道具を片付け、結んでいた髪の紐を解いてから近くにあった椅子に座る。
伊作の言葉に何も答えられずにいたら、ハァ…と溜息を吐いて再び腰を浮かせた。
折角心配をしてくれたのに、ちゃんと答えれなかったから呆れたのだろうか。
そう思った名前は焦って顔をあげ、「伊作先輩!」と切ない声で名前を呼ぶと、湯呑みにお茶を注いでいるだけだった。


「なに?」
「あ…いえ…。すみません、ありがとうございます。でも……」
「うん、解ってる。小平太相手じゃちょっと無理だよね」


湯呑みを持って「はい」と渡すと、名前はおずおずと湯呑みを受け取る。
淹れたての湯呑みは温かく、一口喉に通したらほんわりと心も体も温まって、身体から余分な力が抜けた。


「でもね、名前は女の子なんだから。生傷ばかり作ったらダメだよ?」
「伊作先輩…ありがとうございます。できるだけ気をつけますっ」


先輩の中で伊作は一番温厚で、優しくて、笑顔が似合う先輩だった。
名前も伊作を慕い、何かあったときは一番に頼るほどだ。
いつ会っても笑顔だし、優しいし…。甘やかしてもくれる。
それがいけない、自分の成長のためにはよくないことだって解っているものの、伊作にはどうしても甘えてしまう。
気をつけてね。と頭を撫でてくれる伊作の手に小さな幸せを感じながら、頬を緩ませると伊作も笑う。
ただそれだけで嬉しい。日々の疲れも、伊作のおかげによって癒される。


「僕からもあんまり名前を振り回さないようにって言うから」
「ううっ…伊作先輩、何から何までありがとうございます…!」
「小平太に文句言えるのって僕らぐらいしかいないからね」
「伊作先輩っ…!ああもうやっぱり私、伊作先輩の部下になりたかったですー!」
「僕も名前が来てくれると嬉しいんだけどなー。仙蔵が絶対に許してくれないけど…」
「せめて何かさせてください!」


湯呑みを置いて勢いよく立ち上がってキラキラとした目で伊作を見つめる。
伊作は困ったように笑って頬をかいた。


「伊作先輩っ、その白衣私が洗います!」
「え!?」
「白衣です!脱いでください!」
「えっ、えええ!?」


グッと伊作との距離を縮めたあと、「さあ脱げ!」と言わんばかりに白衣を無理やり脱がそうとする名前。
まさか女性に脱がされるとは思ってなかった伊作は焦りながらも抵抗したが、力が強い名前には勝てず、結局奪われてしまった。
研究ばかりしてたし、最近演習もまともにしてないから体力、力ともに落ちてしまったのか…。
白衣を奪った名前は「えへへ」満足そうに笑い、「綺麗に洗いますね!」と眩しい笑顔を向ける。


「(………名前は変わらないなぁ…)」


その眩しい笑顔を見て、ツキンと胸の奥が痛んだ。
自分たちが彼女や後輩たちに触っていいのだろうか…。よくないだろ。
と濃い昔の記憶を脳裏に浮かべ、すぐに消した。


「伊作先輩?どうされましたか?」
「ううん、何でもない」


敏感な名前の前でこんな気持ちでいたらすぐに悟られてしまう。
心配そうな顔で自分を見てくる名前に笑顔を見せて、チラリと視線を落とせば、名前の腕に治療していない傷があってニコリと黒く笑う。
伊作は好きだ。今さっきも言ったが、先輩の中で一番優しい。
しかし、怒らせたくない先輩にも入る。
ガシッ!と効果音が出そうなほど強く手首を握られ、名前の額に冷や汗が流れた。


「……い、…伊作先輩…!」
「これ、怪我だよね?」
「違います……」
「怪我、隠すなって前も言わなかったっけ?」


ニコニコと変わらない優しい笑顔。
それなのに嫌な予感しかしない名前は腰が引けて、「すみません」と何度も謝り続ける。


「嘘つく悪い子にはお仕置きだね」


最後にとっておきの綺麗な笑顔を見せ、手首を引いて自分に引き寄せたあと、反対の手で名前の腰を掴んで逃がさないように固定する。
いつもとは違う伊作の雰囲気と行動に呆気にとられている名前の表情は面白く、どこか怪しい雰囲気で笑ったあと、腕の怪我をペロリと舐めた。
名前の身体が驚きで飛び跳ね、反射的に逃げようと動く名前を力で抑える。


「いいい伊作先輩ぃ!」
「ん?ほら、消毒してるから大人しくして」


息が腕にかかる。舐められた箇所は熱く、腰がくすぐったい。
とにかく離れてほしい!
言葉にはできないから、態度で示そうとするのだが振りほどくことができない。
わざと舌を傷口に這わせ、名前の痛がる顔や照れた顔を目だけで見て、目を細めて喜ぶ。


「(自分で言うのもあれだけど、僕って歪んでるなぁ…)」
「先輩ぃ…!」


もっと見ていたかったし、あわよくばこのまま抱き締めて口にキスをしたかった。
でもそれだけじゃ止まりそうになかったし、まだその時じゃないと、名残惜しそうに名前を解放して少し離れる。


「はい、消毒完了」
「……」
「お仕置きされたくなかったら、ちゃんと「解りました!」


確かにお仕置きのつもりであんなことをしたのだが、自分の言葉にかぶせるように返事をしなくても…。
離したはずの手首を再度掴めば、名前は警戒するような目を自分に向けて、首を横に振った。


「ごめんね、気が変っちゃった…」
「あのっ!」
「それに、前から無防備だなぁって思っていたから丁度いいや」
「えっと…」
「名前。男の人と密室になるときは、もうちょっとだけ警戒しようね?」


優しくない伊作の顔を初めて見た名前は、心の中で悲鳴をあげることしかできなかった。
部屋の鍵は名前が入ってすぐにかけられており、外から邪魔をする者は誰もおらず、珍しく不運を発動することはなかったという。





ゆかりさん、お誕生日おめでとうございます!
お誕生日夢とは関係ないものになってしまいましたが、よかったら貰ってやって下さい。


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