彼女遊び 「あっつーい!」 「じゃ、水遊びでもする?」 「おっ、いいねぇ!遊ぼう遊ぼう!」 忍たま長屋に遊びに来た名前が、五年長屋の縁側に座って文句を言うと、隣に座っていた仲良しの勘右衛門がニコッと笑って立ち上がった。 すぐに二つ返事で答えると、勘右衛門は近くに置いてあった大きな桶を持って五年と六年共有の井戸へと向かう。 名前はニコニコと笑顔を浮かべながら腕を捲り、足の裾もあげた。 「……男だったら全部脱ぐんだけどなぁ」 勘右衛門だから多少脱いでも特に気にしないとは思うが、それでも忍たま長屋に来てるから…と、脱ぐのを自重する。 忍び足袋も脱いで、足をプラプラさせながら待っていると、「お待たせー!」と言って勘右衛門が戻って来てくれた。 「あれ?全部脱いでるかと思って、楽しみにしてたのに」 「男だったら脱いでたよ」 「女の子でも俺は歓迎だけど?」 「はいはい」 「ちぇー…」 口を尖らせながら持ってきた桶を名前の足元に置いて、勘右衛門も制服を脱ぐ。 「勘ちゃん相変わらずいい筋肉ー!」 「でっしょー?女の子を守る程度には鍛えてるよ?」 軽口を叩きながら隣に座って足を入れて涼む二人。 まるでカップルのように見えるが、そのような関係ではない。 それからも、そんな雰囲気になることなく二人で冷たい水を堪能した。 足しか涼しくないが、それだけで気分もかなり変わり、先ほどよりは汗が引いた。 「あと水鉄砲も持ってきちゃいましたー!」 「よくやったぞ、勘右衛門!褒めてつかわそう!」 きっと井戸周辺に転がっていたのだろう。 少し涼んだ勘右衛門は立ち上がり、桶を挟んだ名前の前にしゃがんで、ニッと笑って竹の水鉄砲を二つ取り出した。 名前もニッと笑い、勘右衛門から水鉄砲を受け取って、すぐに勘右衛門めがけて発射。 「うわっ、名前卑怯!」 「ふふ、先手が大事なのだよ」 「言ったなー!」 縁側が濡れようがお構いなしに二人で水遊びを始めた。 五年生二人が遊びでも水鉄砲を持てば、戦いになる。 相手の動きを見て狙い、発射。しかしただ当たるだけではなく、相手も自分同様に濡らしてやる。 少しの間攻防戦を続けていたら、六年長屋から気配を感じて、二人は手を止めた。 「……テメェら、こっちにまで声届いてんぞ」 「あはっ、すみませーん!つい楽しくて…」 「すみません、文次郎先輩」 「名前、テメェに至っては規則違反だぞ」 「だってくのたま教室にいるより、こっちのほうが楽しいんですもん。勘右衛門もいるしね?」 「ねー?」 顔を見合わせてエヘッ!とわざとらしく可愛く笑って見せると、眉間にシワを寄せた状態で解りやすい溜息を吐いた。 こめかみに手をあて、いつもなら「あのなぁ…、五年にもなって下級生みたいに騒ぐな」と説教が始まるところだったが、バッと勢いよく顔をあげ、名前を凝視した。 いつもとは違う行動に二人も驚き、「どうかしましたか?」と首を傾げる。 「名前……」 「はい?」 「お前ら、何をしていた…」 「何って……見ての通り勘右衛門と水鉄砲で遊んでましたけど…」 ね?と名前が勘右衛門に顔を向けると、勘右衛門はニマニマといやらしい笑みを浮かべていた。 勘右衛門がまた何か悪いこと考えてる。と、すぐに解った名前だったが、その理由は解らなかった。 再び文次郎に顔を戻すと、先ほどより眉間にシワにを作って、怒っているような表情を浮かべている。 「尾浜」 「すみませーん。そんなに睨まないでくださいよー」 「名前、服着替えてこい」 「え?でも折角濡れて涼し「っのバカタレが…!」 大股で名前に近づき、水鉄砲を取り上げてから手首を掴み、自分の部屋へと連れて行く。 戸惑う名前が勘右衛門に助けを求めたが、勘右衛門は手をひらひらと振って、「頑張ってー」と見送るだけだった。 ああなった勘右衛門はもう助けてくれない。だから文次郎に「何で怒ってるんですか?」と聞こうとする名前だったが、声をかけれる空気ではない。大きな背中が「黙ってついてこい」と言っていた。 大人しく文次郎に連れて行かれ、部屋に入るとようやく手首を離して、乱暴に戸を閉める。 もしかしたら同室の仙蔵がいて、助けてくれるかもしれないと淡い期待を抱いていた名前だったが、いなかった…。 「あの「これ着てろ」 先ほどから名前の言葉を遮り、自分の言いたいことや伝えたいこと話す文次郎。 そして渡されたのは文次郎の上の制服。 何を怒られるんだろうとビクビクして、小さくなっていた名前の頭の上に乗せて、ゴソゴソと布を探しはじめた。 「……文次郎先輩?」 「気にせず着ろ。とりあえず羽織れ」 「何でですか?」 「………」 その質問と同時に、綺麗な布を見つけた文次郎は無言で名前に近づいて渡した制服を取って、無理やり着せてやった。 「え?え?」と、どうしていいか反応に困っている名前をチラリと目だけ見て、フッと口元だけに笑みを浮かべた。 「濡れてんだよ。風邪引くだろ」 「…あぁ、なるほど。でも夏ですし大丈夫ですよ?」 「ばかたれ。女が無闇に身体冷やすんじゃねぇよ」 「……」 「別にお前が弱いとかそういう意味じゃない。身体は大事にしろってことだ」 「解ってますよー」 制服を着せたあと、少し湿っていた名前の髪の毛布でを雑に拭いてやると、「痛いです」と言われ、「す、すまん…」と力を弱める。 「優しいけど不器用ですね」 「うるせぇなぁ…。じゃあ自分で拭けよ」 「文次郎先輩がやり始めたんだから、最後までお願いします!」 「ったく…」 面倒くせぇなぁ…。と呟きながらも表情は柔らかく、名前も笑ってお礼を言う。 拭き終わった文次郎は布を頭に乗せたまま、ぽんぽんと撫でてあげる。 いつもは武器か算盤か筆しか触らない武骨で大きな手が優しくなる瞬間。 だけどいきなり沈黙が訪れ、不思議に思って文次郎を見上げようとする持っていた布で名前の目を隠した。 「文次郎先輩?」 「名前、遊ぶのは構わんがもう少し気をつけろ」 「はぁ…。廊下を濡らしたのは「そうじゃない。…忍者のくせに無防備だな」 意味の解らない言葉に何て答えていいか解らず、とりあえず「はぁ、すみません」と謝ると手が離れ、布が落ちる。 だけど目の前は真っ暗。 先ほどまで文次郎がいたのに何で?と、文次郎に抱き締められているのに気付くまで、少し時間がかかった。 「っもん、じろう先輩!?なにしてるんですか!?そういうキャラでしたっけ!?」 「何だ、愛しいものに触れたいと思うのはおかしいことか?」 「ハァ!?ど、どうしたんですか今日は!確かに私たちはそのごにょごにょとした関係ですが文次郎先輩がそんなこと言うなんて……っ!」 「くっく…!お前はほんと面白い反応してくれるよな…」 「……私で遊んでるんですか!」 「反応がよすぎるからな」 「最低ですよ!もう離れてくださいっ」 「まぁそう言うな。だが、照れるお前もなかなか可愛いじゃねぇか」 「っだから!その、らしくない台詞はくの止めてくださいってば!」 真っ赤になって自分から離れようとする名前の胸倉を乱暴に掴んで、グイッと引き寄せて触れる程度の接吻をしてパッと手を離す。 「こっちのほうが俺らしかったか?」 「………っ最低です!」 「部屋戻ったらちゃんと着替えろよ」 「制服ありがとうございました!言われなくても着替えますよ!」 逃げるように部屋をあとにして、自室へと駆け足で向かう。 その後ろ姿を見た文次郎は、 「本当に解りやすい女だな…」 珍しく表情を崩して笑い、見送るのだった。 ▼ ツイッターでお世話になってるアキラさんへ。 頭を撫でられたいとのリクエストでしたが、自分が書きたいところを色々詰め込みました。 ( TOPへ △ | ▽ ) |