VSよそ者 「…」 下級生が寝静まったころ、上級生は本来の顔を出す。 無駄な会話をすることなく、無言で身体をほぐし、それぞれやりたいことを始めた。 今夜の長次は、昼間に小松田さんに外出許可を貰い、裏山へと静かにかけのぼった。 山中、違和感を覚える。 いくら夜遅くとは言え、虫や動物の気配を感じる。だけど今晩は何も感じない。 静かすぎる裏山に長次は足を止めて縄標を構えた。 息を浅く吸って、息を止める。 耳を澄ませ、気配を感じとろうとすると、少し離れた場所から微かに草が揺れる音が聞こえた。 懐に忍び込ませてあった手裏剣を打てば、空気を切り裂く音とともに手裏剣は木の幹にとんっと刺さる。誰もいない。 「……そこにいるんだろう…」 相変わらず小さな声なのに、静かな森にハッキリと響く。 手裏剣が刺さった木をジッと睨めば、どこからか笑う声が長次の耳に届いて、縄標を握る手にさらに力がこもった。 「いやぁ、さすが忍術学園の生徒。お見事お見事」 木の上から地面に降りてきたのは見たことのない忍びだった。 緊張感が漂う空気なのに、軽快な口調。 馬鹿にしたかのような言い方と感謝も感動もしていない拍手。 それでも彼の登場に鳥肌がたって、左足を一歩後ろにさげて戦闘態勢に入った。 「ああ、そんな緊張しないで。攻撃するつもりなんてないんだからさ」 両手をあげ、武器を持ってないというアピールをしながら近づいて来たが、一歩近づいてくるたびに顔が険しくなる。 「(ただの忍びではない…。こいつは………)」 プロの忍びとは少し違う。それ以上に戦を経験している忍びに今度は身体が固まってしまった。 無防備に近づいてくる忍びに「殺せる」と思うのに、殺せるイメージができない。 顔は笑っている。だけど雰囲気は笑っていない。 口調が軽いのに、一言一言が重たくて警戒を緩めることができない。 硬直したままでいると、男はとうとう長次の攻撃範囲に入ってきた。 それにようやく気付いた瞬間、自分を守ろうと身体が動いたが、 「動いたら殺す」 笑っていた顔が一変して、全身に鳥肌がたった。 感じていた違和感はこれだった。これが彼の本当の顔なのだ。 自分より低くない声なのに、重圧がかかる。 相手を殺すイメージはできないが、変わりに自分が死ぬイメージができて、さらに鳥肌がたつ。 まだ幼い、忍びの卵とは言え、色々な経験はしてきた。 それでも目の前にいる忍者には「勝てない」と思ってしまい、フッ…と全身の力を抜いた。 「あ、ごめんねー!怖かった?俺様ってば子供相手にも遠慮しないからぁ」 冷や汗を流し、視線を下に落とせば相手は笑って一歩だけ離れてくれた。 それでも彼の間合いには入っているみたいで、こちらが変な動きをすればいつでも命を奪われるように感じた。否、奪われるだろう。 「……お前は…」 「まずは自分から名乗らないと。とか言って、忍術学園の生徒なのは知ってるから、名前だけでいいよ」 首筋に苦無を突き立てられている錯覚。それなのにこの口調と明るさ…。 違和感だらけのこの男が何者なのか知りたい。 「中在家、長次」 「ああ、君が。俺の名前は猿飛佐助。一応、プロの忍びやってまーす」 「……」 「それが何でこんなところにいるかって?ちょっと学園にお仕事に来たの。そしたら気配を感じて忍んでたってわけ。どう、俺様の気配の消し方うまかったでしょ?」 まるで友達のように話しかけてくる佐助に、長次はどんな言葉を返していいか解らなかった。 音をたてるまで、どこにいるか全く解らなかった。 しかし気配を感じることはできた。 そう思って佐助を見上げると、目は笑っていないが笑顔で自分を見ていた。 「俺が完全に気配を消したら、死んでることに気付かないよ」 何故、彼がここまで喧嘩を売ってくるのか解らなかった。 絶対的な力量差に最初は落ち込んだし、怖かったが、次第に闘志が燃えてくる。 それほどの相手に自分はどこまで通じるんだろうか。 「なら、手合せを願いしたい」 「いやいや、俺様ちょぉっと忙しいから」 「少しでいいので」 「忙しいから無理ー。それに、手加減とか面倒臭いじゃん?」 佐助の言葉にイラッとしたわけではないが、少しだけ腹が立ったので縄標を投げると、簡単にかわされて木の上に逃げる。 追撃のため苦無を投げ、縄標を回収したあと森を走りだした佐助を追いかけた。 「待て」 「えー、何で追いかけてくるの?俺、仕事があるって言ったじゃん!邪魔しないでよ」 「少しだけでいいんです」 「忍びなのに何でそんなに戦いたがるの!?旦那かよ!」 「旦那?」 「俺の上司なんだけど、給料安いくせに仕事押し付けてくんの!しかもご飯まで作らせてからさぁ…。俺はオカンじゃない!忍びなんだよ、忍び!忍びなのに道具みたいな扱いしやがって…。いつか辞めてやる!」 「忍びは…道具です」 「うっ…。いや、そうなんだけどね。ご飯を作ったり、洗濯したり、お世話したり……。俺の仕事じゃないっての!忍びならもうちょっとあるじゃない?」 「主がそれを望んでいるなら、それが忍びの在り方かと…」 「縄標の少年……。君、見た目どおり落ち着いてるんだね」 「……老けてない…!」 「わっ、ちょ!待って待って!そういう意味じゃないから!」 枝から枝へ飛び移り、遊びながら逃げる佐助に長次は容赦なく飛び道具を投げ続けた。 佐助は武器を出すことなく攻撃をかわし、たまに鴉を呼んで姿をくらましたが、戦闘モードに入って、敏感になった長次はすぐに佐助を見つけることができ、また追いかける。 多分、本気で気配を消していない。だから見つけることができる。 「追いかけてくるなよー」と言いつつ、自分で遊んでいるのが解って、余計に腹が立った。 もしかしたらこれも作戦なのかもしれない。こうやって精神的に焦らせて仕留めるのかも。 「だとしたらあなたは相当性格が悪いんですね」 突如思ったことを口にして佐助に伝えると、佐助は目元を盛り上げて笑った。 まるで、「どうして解ったの?」とでも言うかのように。 「子供はもう寝る時間だよ」 「鍛錬です」 「しょうがない、寝かせてあげるから感謝しなさいよ?」 逃げていた足を止め、背中を向けたらまま横目で睨みつけてきた。 と思ったら、佐助は既に長次に攻撃をしかけていた。 飛んできた手裏剣を紙一重でかわし、頬に鋭い痛みが走って髪の毛が数本地面に落ちる。 これに毒が塗られていたとしたら…。 ゾクリとしたあと、頬に手が添えられて意識を戦いに戻す。 「おやすみ、たまごさん」 蛇のようにじっとりとまとわりつき、耳元で囁いたあと、身体が重たくなって意識を失った。 「……凄い執念」 佐助に寄り掛かりながら倒れる長次は、縄標で腕を傷付け、痛みで意識を保とうとしていた。 その執念に少しだけだが関心して、「よいしょ」と長次を肩に担いで軽々と山をくだっていった。 「いい暇潰しはできるだろうけど、ちょっと面倒くさいかな。戦いに来たわけじゃないし、折角旦那と離れることができたのに…」 これからのことを想像すると、ここでもゆっくりできないなと溜息をはく佐助だった。 ▼ むぎすけさんへ。 お誕生日おめでとうございます! ( TOPへ △ | ▽ ) |