夢/七松デー | ナノ

恋愛事情


食堂を騒がせた内の一人、小平太は長次と文次郎によって連れて行かれた。
どこへ連れて行かれたかは六年生と五年生しか知らない。
もう一人食堂を騒がせた名前は、親友である八左ヱ門の腕の中で気絶している。
制服は乱れ、肌が露出している個所は赤くなっていた。
本気の小平太相手に、これだけのケガで済んでよかった…。と、名前を抱き締めている八左ヱ門はホッと目を細める。


「竹谷―――鉢屋、貴様も罰を受けたいのか?」


三年生に呼ばれてやって来た六年生は、仙蔵、文次郎、長次、留三郎の四人。
文次郎と長次は小平太を連れて行ったので食堂にはおらず、留三郎は怖くて泣いている下級生たちのところへ慰めに向かう。
「大丈夫」「何でもない」「お前たちは怪我したか?」「ほら、泣くな」
と、泣いてる下級生…特に一年生にたくさん声をかけてあげた。
二年生は泣いてはいなかったが震えていた。そんな子には頭を撫でてあげて、六年生の自分が笑って見せる。
三年生もそんな様子で固まっていた。


「……いえ…」
「ならばその武器をおろせ。竹谷、伊作が既に保健室にいるから連れて行け」
「はい!」
「ハチ、僕も手伝うよ」
「おう、悪いな雷蔵!」


名前を殴ろうとしていた小平太を止めたのは、長次と文次郎と留三郎。
首筋に苦無をあてられ、名前を殴っていれば小平太の首は吹っ飛んでいたので、ハッと理性を取り戻したのだろう。
八左ヱ門は崩れ落ちる名前を抱き締め、保護をする。
声をかけるも、なんの反応も返ってこなくて慌てたが、掠れるような呼吸音は聞こえ、少しだけ安堵する。
他の五年生は敵、小平太から名前を守るため、武器を向けた。
実習でもないのに相手に武器を向けるのは規則違反にあたるが、先に規則を破ったのは小平太だ。
しかし小平太がいなくなった今でも、彼たちは武器を向けていた。
仙蔵に言われ、ようやく武器を収めて食堂の掃除を始める。


「藤内」
「は、はい…」
「お前たちは最初からここにいたよな?事情を説明してくれ。それと斎藤」
「はい…」
「お前もだ」


仙蔵は食堂にいた委員会の後輩と、タカ丸を連れて食堂をあとにした。
二人の証言のもと、何があったか把握できた仙蔵は、二人を食堂に戻して、誰にも気づかれないよう溜息を吐く。


「バカ小平太…。嫉妬するならもっと可愛らしいものにしろ…」


廊下の壁に寄りかかったあと、職員室へと足を運んだ。


「このバカタレが。六年にもなって理性を失うとは何事だッ」
「……」
「止めるこっちの身にもなれ!」
「ッ…」


小平太が文次郎と長次に連れて行かれた場所は、五年生と六年生しか知らないとある建物の地下にある拷問部屋。
五年生にもなると拷問実習もあり、ここで行われる。
他にも用途があり、今回がそれに当てはまる。
忍術学園にも、規則というものが設けられており、小平太はそれを破った。
規則は、「実習でもないのに後輩へ手を出した」というもの。
実習中であれば、後輩を殴ったり、蹴ったり、拷問したり…。何をしてもいいし、許されている。
しかしそれ以外、通常の生活内では絶対にしてはいけないことだった。六年生に勝てるわけがないのだから当たり前だ。道徳の問題に入る。
それらの規則を破った生徒はここに連れて来られ、教師もしくは同級生から体罰を受けることになっている。
牢屋内で猿轡をし、両手は後ろに拘束され、上半身裸になって正座している小平太の背中を何度もバシンッ!と叩きつける。
六年になれば、痛みを我慢することなんて容易い。時々眉間にシワを寄せるものの、悲鳴をあげることも、表情を歪めることもなく、耐え続けていた。


「長次が何度も止めたのに…。お前はいつもそうだ。前の忍務だって「文次郎、今は違う…」……すまん」
「変わろう。……小平太。規則違反だ、遠慮はせん…」


叩くのを文次郎から長次に変わり、長次は遠慮することなく背中をバチンッ!と叩いた。
文次郎が遠慮していたわけではない。長次の力が強すぎるのだ。
しかし、これぐらいやらなければ罰の意味がない。
猿轡を噛みしめ、ひたすら痛みに耐え続けるのだった。


「―――凄い音だね…。外まで聞こえそうだよ」
「伊作」


文次郎が二人を黙って見守っていると、隣に伊作がやって来た。
微かに消毒液などの匂いがして、文次郎は長次の名前を呼んで止めた。
伊作と入れ換わりで長次が外に出て、変わりに伊作が入る。
小平太の背中は真っ赤に腫れており、熱を帯びていた。


「うわー、真っ赤だねー。でも、文次郎か長次じゃないと小平太きかないからねぇ」
「……」
「ああ、うん。ちょっと外すね」


人ごとのように真っ赤になった背中を見て感想を述べ、猿轡を解く。
猿轡には血が少しだけ滲んでいたが、気にかけることなく小平太を睨みつけた。


「忍務や実習でなら文句は言わないよ。彼女が選んだ道だからね。でも、今回のは違うよね?ただの暴力で女の子を殴るのは、僕は絶対に許さない。どれだけ弱い生き物か、一緒にいる君が一番解ってるはずだろう?」
「……名前、は…?」
「隠すこともないから伝えるよ。命に別状はないけど、症状は最悪。顔も酷く腫れてるし、内出血も酷い。気絶しているから確認のしようがないけど鼓膜も破れてるだろうねぇ…。あと指が骨折してたね、そりゃあそうだ、自分の何倍もある男に殴りかかったんだから。徐々にだけど熱も出始めてるし、多分当分の間目も開けられないと思うよ。ああ、それと君が最初に潰した喉も当分の間使い物にならないよ」
「…すまん」
「僕に謝罪なんていらないよ。するなら名前に謝罪しな。ま、三日間はここに監禁されるけどね」


冷たい目と声で告げて、また猿轡をして牢屋から出る。
すぐに長次が入って先ほどの続きを始めた。


「そんなに酷ぇのか?」
「最悪だよ。名前のこと可愛くない後輩だと思ってるけど、今回ばかりはちょっと同情する」
「………名前もなぁ…、何で小平太と殴り合ったんだよ…。勝ち目ねぇの解ってんだろ…」
「仙蔵から簡単に話聞いたけど、小平太の嫉妬だって。で、名前も怒ってそのまま理性失った。らしい」
「はぁ?嫉妬って……小平太がか?」
「は?小平太いつもしてるじゃん」
「え?」
「え?き、気づいてなかったの?」
「いや……俺はあまりそういうのに疎くて…」
「はぁ…。まぁいいや、ともかく三日間頑張ってね」
「おう。拷問の特訓だと思ってギンギンにやってやる」
「うっわぁ…、極悪顔。小平太可哀想に」
「心から思ってねぇのに言うんじゃねぇよ」
「ふふっ。あとから留三郎も来るだろうから宜しくね。君たちが喧嘩しても薬も包帯もないから」
「はいはい」


ヒラヒラと片手を振りながら、降りて来た階段をあがり、地上へと出る。
日の光りに目を細めて、叩く音が外に漏れないように扉を閉めると、中から鍵の音がしたので、保健室へと戻る。
あの場所は下級生たちにはまだ知られてはいけない場所だから、厳重にしている。
保健室に戻ると、食堂の片づけを終えた他の五年生たちも集まっていた。
彼らの中心には、身体中包帯が巻かれ、苦しそうに呼吸をしながら寝ている名前。
普段生意気で可愛くない後輩だが、やはり怪我をすれば心配になるし、心が痛くなる。
しかもその原因が自分の同級生…。
名前にも、心配そうに見守っている五年生にもなんて言ったらいいか解らず、自然と溜息がこぼれた。


「ぜ、善法寺先輩…」
「ああ、心配しないで竹谷。ただちょっと呆れてただけだから…」
「あの…、名字は大丈夫ですよね…?」
「うん。怪我は酷いけど命には別状ないから大丈夫だよ。ほら、五年生がそんな顔しないの。下級生たちが心配するだろ?」
「そうですが…。……どうして七松先輩と喧嘩なんてしちゃったんだろ…」
「あ、不破たちは知らなかったっけ。んー、隠すことじゃないから言っちゃうけど、ただの痴話喧嘩だよ」


伊作の言葉に五年全員が目を見開き、勘右衛門と三郎が呆れたと呟いて、兵助と雷蔵がホッと安堵の息をもらした。


「……」


そんな中、八左ヱ門だけは静かに名前に視線を落とし、ギュッと自分の拳と唇を握りしめた。


「大丈夫だよ、ハチ!善法寺先輩もああ言ってるんだし、そんな落ち込まないで」
「そうだよ、はっちゃん。名前が起きたとき、はっちゃんのその顔見たらきっと驚くよ?」
「患者には悪い表情なのだ」
「ああ。患者には悪影響の顔だな。だから、そんな顔するな」
「……解ってるよ…」


何せ一番仲のいい友達だ。
名前が心配で心配でたまらない。
怪我はしてないのに元気のない八左ヱ門を五年生が慰め、八左ヱ門も「大丈夫」と言い聞かせた。


「(三日ぐらいはいいけど、監禁が解かれたらどうなるんだろ…。また喧嘩かなぁ、それだけは止めてほしい)」


仲のいい五年生を見守りながら伊作はそう思った。


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