夢/七松デー | ナノ

恋愛事情


最初見たときはどうとも思わなかった。
忍術学園には、くノ一教室はあるが、忍たまには名字以外一人も女がいない。
友人ができるとすれば、必然的に男になるわけだ。
特に同室の竹谷八左ヱ門とは仲がすこぶるいい。感性が合うんだろう。
でも、二人とも異性としては見ていないから、それ以上の関係に発展することはない。
それは確信していた。安心もしていた。
だけど、何かあれば「竹谷」と呼ぶ名字を見るのは、何だかイライラする。
自分のものが、自分以外の人間に頼るのは気に食わない。
それでも最近は、恋人であり、先輩である自分を頼るようになってきた。
だが気に入らない。名字が他の男と会話してると竹谷のとき以上にイライラする。
名字だって友人はいるだろう。色んな人間と知り合いになりたいだろう。そう思うことにして、イライラしながらも邪魔をしたことはなかった。


「(まただ…)」


最近、四年の斎藤タカ丸と一緒にいるところを頻繁に見かける。
斎藤に頼るぐらいなら何故私を頼らない?同じ年齢だが斎藤より私のほうが強いのに…。
最近そればかりでイライラが溜まっていた。
いくら長次や文次郎と鍛錬をしてスッキリしても、名字を見ると思い出して腹が立つ…。
イライラが積もって、意味もなく塹壕を掘っていると、上から影が差した。
気配で誰かが来ているのは解っていたが、顔を上げる気にならなかった。
しかし名字に呼ばれたので、嫌々顔をあげた。
普段着ないような着物を着て、普段つけないようような小物を頭に差して、普段しないような髪型と化粧をしている名字。
見た瞬間、驚いて心臓が止まりかけた。
名字が女なのは知っている。でも、そこらへんの女みたいに女々しくないし、女らしくない。男らしいと言われているが、私は気にしていない。
私は強い女が好きだから、普段の名前が好きだ。がさつとか男勝りとかそんなの関係ない。


「七松先輩っ…、あの……。私……ッ!」


顔を真っ赤にさせ、もじもじとしながら視線を泳がせる名字は素直に可愛いと思った。
「何でこんな恰好してんだ?」「誰にしてもらったんだ?」
色々聞きたいことがあったが、こんな風にしたのは斎藤だと言うことに気がつき、イライラが再発した。
自然と出た言葉は、「可愛くない」。
だって楽しくない。人の手によって変えられた名字は私のじゃない。私のものに勝手に手を出すな!


「七松先輩!」


次に顔を見せたのは翌日だった。
目が充血していた。元気がない。覇気もない。
何で泣いた?何で元気がない?何で?
今日も色々聞きたいことがあったけど、声色だけは弾んでいた。
何かを隠し持っていた名字はビクビクしながら時間は大丈夫かと聞いてきたので、大丈夫だと答えてやる。
少しだけ顔が明るくなったのを見て、私の心も軽くなった。うん、名字は私にだけ笑ってればいいんだ。
渡されたのは竜の髭と呼ばれる紐。
紐がよく切れると言っていたのを覚えてて、それをわざわざ買って来たと言う。


「ありがとう、名字!私大事にする!」
「き、気に入ってもらえてよかったです!」
「おう!」
「あ、色はタカ丸さんに選んで貰ったんですよ。私は色々悩みすぎて決められなかったんです…」


凄く嬉しかった。名字から何かを貰うのは凄く嬉しかった。
それなのにそんなことを言うものだから、気持ちが冷めてしまった。
まるで忍務に出たときのように気持ちは静かだ。何も思わないし、感じない。
紐をわざと落として名字を拒絶する。
腹が立つ。斎藤と出かけ、斎藤と一緒に買った紐なんていらない。


「私っ…!何かしたのなら謝りますっ…!ごめんなさい、許して下さい!」
「…」
「っ!」


目に溜まった涙を落とさないようする名字は可愛いかった。
名字は強いから泣いたりしない。そんな名字が泣くのはとても珍しい。
自分がそんな珍しいことをさせていると思うと、さらに可愛いと思った。愛しいとも、泣かせたいとも思った。
背中を見せて走り出す名字を見送り、地面に落ちた紐を見おろす。
拾う気にもなれず、そのまま踵を返して自室へと戻る。
明日、どんな顔してるんだろなぁ…。ずっと私のこと考えてるんだろうな!うん、嬉しい!
名字はもっと私のことを考えていればいいんだ。女々しくなれとは言わんが、頼れ。


「ちょーじ、昼飯!」
「ああ…」


明日、どんな顔を見せてくれるのか楽しみにしながら、長次を誘って食堂へ向かうと下級生たちで席がほとんど埋まっていた。
三之助が私に気づいて、席を用意してくれたので、なんとか確保できた。
おばちゃんにランチを頼んでいると、出入り口のほうから名前を呼ばれて振り返る。
そこには、息を切らした斎藤が立っていた。
私を見るなり、目を吊り上げて大股で近づいてくる。


「何で、受け取ってくれなかったんですか!」


斎藤の声は食堂に響き、楽しく食べていた下級生たちは手と口を止め、私と斎藤をジッと見てくる。
長次も小首を傾げて様子を見ていた。


「名前ちゃんが考えて選んだ紐ですよ!?」
「だからどうした。それに、あれの色を選んだのはお前だろう?名字が選らんだわけじゃない」
「違います!名前ちゃんが選んだんです!町へ向かうまでもずっと悩んでて、町についてからも悩んで…っ。恋人ならもっと大事にしてあげなよ!名前ちゃんが可哀想だ!」
「お前の感性を私に押し付けるな。私は悪くない。名字もあれぐらいでは凹まん!」
「そうやって名前ちゃんは「そう」だと押し付けないで!名前ちゃん、本当は繊細だよ。でも単純だから、君にそう言われたら「そう」なっちゃうんだよ!本当は照れ屋で、不器用で、女の子らしい女の子なんだ!」


こいつは何を言ってるんだ?
名前はお前のものではないだろう?何を偉そうに語っているんだ?お前に名前の何が解る?名前は私のだ!


「君なんて名前ちゃんの恋人失格だよ!」


そう言われた瞬間、斎藤を敵と認識した。
何も聞こえなくなって、斎藤しか見えなくなる。


「小平太!」


長次の声が遠くに聞こえ、代わりに斎藤の顔が近くにあった。
今、自分が斎藤に殴りかかっているのか、周囲からは悲鳴があがる。
だがもう遅い。いくら長次に制されても、振りあげた拳は止まりそうになかった。


「タカ丸さん!」
「名前ちゃん!」
「(名字!?)」


斎藤を殴ったと思ったら、違った。私が殴ったのは名前だった。
左頬を思いっきり殴ってしまい、名前は簡単に飛ばされ、食堂の柱へと頭を打ち付け崩れ落ちる。
自分が何をしたか理解ができなず、名前に駆け寄るのが遅れた。名前を抱きあげたのは斎藤。
それを見て私も駆け寄ろうとしたら、長次に腕を掴まれ制される。
私、もう殴らないぞ?名前を殴ったから保健室に連れて行こうと近づいただけだ。
そう目で訴えても、長次は首を横にしか振らなかった。何で?何で長次は止めるんだ?


「名前ちゃんしっかり…!だ、誰か善法寺先輩と五年生連れて来てくれる!?」


斎藤が泣きそうな顔で名前に声をかけ続け、食堂にいた最上級生、三年生の数人にお願いをする。
長次は依然として私を離してくれない。


「タカ丸、さん…。大丈夫でしたか…?」
「僕は大丈夫だよ…!でも名前ちゃんが……ッ。頭、平気?大丈夫!?」
「大丈夫で、……。それより…」


殴った個所は既に赤く腫れていた。柱に打ちつけた額からは若干血が滲んでいる。
名前を殴ることはあっても、全力で殴ったことなんてなかった。だって、そんなことしたら名前が壊れてしまう。そんなのダメだ!
痛みを耐えながら私を見上げ、名前を呼ばれた。今にも消えそうな声だった。


「すみません…、私が悪いんです。だから…タカ丸さんは殴らないで下さい」
「っお前が斎藤を庇うからだろう!?」
「私が…?意味がよく……」


斎藤の手を借りながら立ち上がる名前を見て、またイライラする。
謝りたいのに、そんなことを言ってしまい、さらに長次に抑えつけられた。


「長次離せ!もう殴らん!」
「ダメだ…。今のお前は危険すぎる」
「大丈夫だと言ってるだろう!?名前、お前がそいつを頼るからだ!」
「タカ丸さんを…?タカ丸さんには色々と協力をしてもらっただけです…。何が不満なんでしょうか」
「それが不満だと言っているだろう!何故気づかない!」
「小平太」
「うるさい、解ってるッ!」
「いつもはちゃんと言って下さるのに、今回は何も言ってくれませんね…。教えて下さい」
「斎藤に頼るな!私を頼れ!」
「……七松先輩にはできないことを、タカ丸さんに頼っただけです」
「ッ!」
「小平太ッ」
「そんな男か女か解らん奴なんか頼りになるか!」
「―――お口が過ぎますよ、七松先輩。悪口を言う七松先輩は、私が愛した方ではありません」


初めて見た名前の冷たい目を見て、何かがプチンと切れた。
抑える長次を振りほどき、名前の胸倉を掴んで持ち上げると、苦痛に歪んだ表情を浮かべる。
だが、すぐに私の両腕を掴んで蹴りを食らわせてきた。
手を離して攻撃を避けると、名前は咳込みながらも睨み、私へと向かってくる。
私が鍛えてるだけあって、どのくノ一より力が強い。押された私は机へと押し倒された。
ガシャンと激しい音を立てて落ちる食器や食べ物と、逃げる下級生たち。


「小平太、名字!」
「名前ちゃん!」
「うわああああん!」
「ひっく…!っく…!」


殴って、蹴って。殴られて、蹴られて。
食堂で名前と本気の殴り合い喧嘩をしてしまった。
女相手に本気はダメだと解っているが、身体が言うことを聞いてくれない。
長次に何度か止められたが、そのたびに振りほどいて名前を殴る。
いくら殴っても睨むのを止めない名前。
「もう愛してない」
そんなことを言っているような気がして、余計に腹が立った。
食堂にいた下級生たちは食堂の隅に行って泣き続けている


「七松くん!いい加減にしなよ!名前ちゃんが…名前ちゃんがッ…!」
「黙れ斎藤!」


名前を押し倒して殴ろうとする手を止めて、そんなことを言ってくる。
殺気を飛ばしながら睨みつけ、斎藤を殴ろうとしたら今度は名前が腕を止める。
意識が斎藤に向いていたせいで、名前に隙を作ってしまい、鳩尾を殴られ、逃がしてしまった。
痛くはないが、油断した…。


「ッハァ…!ハァハァ…ッ!」


目の前に対峙する名前は酷く疲労していた。
最初に喉を潰したせいで、息をするのが精一杯。ボロボロになった制服。口からは血が流れていた。


「名前ちゃん…っ、名前ちゃん!」
「っ名前に触るな!」
「ッ!」


斎藤が名前に触ろうとしたので、殴りかかる。
それを、また名前が庇った。今度名前の顔を殴ったら、本当に殺してしまうかもしれない。
初めて感じた恐怖。だけど身体は止まらない。


「小平太ッ!」
「…長次…」


首筋にヒヤリとした感触にいつもの冷静さが戻ってきた。
私の拳は名前の目の前で止まっており、名前は片手で腹部を抑えながら荒い息をしている。
前に倒れそうになったのを、私の横を通った竹谷がすくうように受け止め、抱き締めた。
そんな二人を守るように尾浜、久々知、鉢屋、不破が立ち塞ぎ、私に向かって苦無や手裏剣を向けている。
顔は強張っていたが、目には殺気が込められていた。私を敵だと言っている目だ。


「文次郎、長次、小平太を連れて行け。留三郎は下級生を頼む」
「ああ。長次」
「…。小平太、行くぞ」


何で名前の目の前で拳が止まったかそこで初めて気がついた。
長次に羽交い締めされ、文次郎と留三郎に苦無を首に突き立てられていたのだ。あのまま殴っていたら私の首が飛んでいた。
三年の誰かが呼びに行ったのがようやく到着して、六年は私を、五年は名前を止めた。
長次と文次郎に引っ張られ、私は食堂から退場する。
最後に名前を見ると、ぐったりと竹谷に寄りかかり、苦しそうな顔で気絶していた。


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