恋愛事情 「すみません、タカ丸さん…。制服汚しちゃいました…」 「ううん、気にしないで。それよりまだ目赤いけど大丈夫?」 「あー……はい、大丈夫です。夜も暗いですし、誰も気付きませんよ!」 「……。名前ちゃん、僕悪いことしたかな…」 「そんなことありませんよ!ありがとうございます。あの化粧の仕方とか、次の女装実習のときに使わせてもらいますね!」 「………ごめんね…」 「タカ丸さんが謝らないで下さい!ほら、タカ丸さんが元気ないと滝と三木と喜八郎が心配しますよ!じゃあ私は部屋に戻りますねっ、おやすみなさい!」 タカ丸さんと遭遇した私は、タカ丸さんに抱きついて泣いてしまった。 下級生には見せれないほどの大泣き。今思えば恥ずかしいことだ…。 タカ丸さんは何も言うことなく私の背中を抱き締めることなく、ずっと擦ってくれた。 うん、やっぱりタカ丸さんはいい人だ。 井戸で汲んできてもらった水で目を洗って、タカ丸さんと別れたあと、部屋へと向かう。 外はすっかり日が暮れ、夕食時間もとっくに過ぎていた。…タカ丸さんに悪いことしたなぁ。 暗い長屋を歩いて自室に戻ると、寝間着姿の竹谷が布団を敷いていた。 私の恰好を見るなり、「何があった!?」と驚いていたけど、「ちょっと…」と言葉を濁して自分のスペースに向かう。 「え、名字…。お前……」 「もう竹谷くん、今から着替えるんだから向こう向いててよ…、恥ずかしいじゃん…!」 「いやいや、ふざけてるバヤイじゃねぇだろ!何で泣いてんだよ!また誰かになんか言われたのか!?あいつらか?!」 「泣いてねぇし、目洗いすぎただけだし、つかちゃんと頭拭け!滴が垂れる!」 「いてっ!」 こいつはちゃんと頭を洗わなければ、ちゃんと拭きもしない! 近くにあった手拭いを投げつけ、ついでに頭も叩いてやった。うん、ちょっとスッキリした。 文句言ってたけど、私はさっさとお風呂へ向かって行ったのでしつこく追及はされなかった。 いい奴なんだけど、熱すぎるんだよねぇ…。正義感が強いというか、なんというか…。 それにしても……。 「七松先輩は何であんなにも不機嫌だったんだろうか…」 会う約束なんてしていない。町に遊びに行く予定もなかった。鍛錬にも付き合ってくれとは言われなかった。だから私が原因じゃないはず…。 委員会がなかったからだろうか。それとも、中在家先輩と喧嘩したからだろうか。いや、もしかしたらお腹が空いていたのかも! 「…そうだとしても、今まで七松先輩が一度でも八つ当たりをしただろうか…」 七松先輩はそんなことしない。それは悪いものだと、自分でも解っているからしない。 じゃあ何故。やはり、私のあの姿を不快に思ったんだろうか…。 「そうだとしたら一生立ち直れないかも…」 どんだけ似合わなかったんだろう…。 あ、そうだよね。七松先輩は化粧とか嫌いだもんね。あの服装だと戦えないし、弱々しく見えるし。 そっか、……やっぱり私が悪いのかっ…! タカ丸さんに「似合う」と言われてて浮ついてた。私は忍者のたまご、忍たまだもんね!やっぱりこういうの必要ないや!うん、だから怒ってたんだ! よし、謝罪せねば!言葉だけじゃあれだから何かプレゼントしたほうがいいかな…。 「そう言えば七松先輩、最近髪を結ぶ紐が少なくなってきたって言ってたな…」 何せ激しい動きをするお方だ。おまけに髪の量も多い。 そうなると必然的に髪を結ぶ紐が切れて、使えなくなる。 「丈夫な紐があるといいんだけどな…」 「―――名前ちゃん!」 「あ……タカ丸さん」 色々と考えごとをしながら廊下を歩いていると、寝間着姿のタカ丸さんがやってきた。 足を止めて「どうしたんですか?」と首を傾げると、息を整えてから口を開いた。 「僕に手伝えることない!?」 「え?」 「しつこくてごめん。でも、名前ちゃんを応援したいんだ!だから、他に手伝えることないかなっ」 「タカ丸さん…」 何だってこんなにもいい人なんだ…。私なんかのために心を痛めて、気を使わなくてもいいのに…。 真剣な目で「お願い!」と言われ、「じゃあ…」と再び頼みごとをしてみた。 七松先輩の紐を選ぶ手伝いをしてほしい、と。 すぐに二つ返事を貰った私は、いつ買いに行くかを伝え、すぐに別れた。 うん、これで元のいけどん七松先輩に戻ってくれるといいな! 「七松先輩!」 「……」 翌日、再びタカ丸さんと一緒に町へでかけた。 町にあった紐屋さんで「竜の髭」というものを見つけ、一目で気に入って購入。 色はタカ丸さんに選んでもらって、ちょっと高級感を出すため木箱に入れてもらって学園へと戻って来た。 タカ丸さんに何度もお礼を言って、「頑張って!」と励ましてもらってから、七松先輩を探しに回る。 なんとか気配とか匂いでどこにいるかは解っていたので、すぐに見つけることができた。 今日も先日と変わらず腕をまくっていたが、手にはバレーボールが握られていた。 「あの、今…お時間大丈夫でしょうか?」 「……ああ…」 やはり、機嫌が宜しくない。 目を背けて答える七松先輩に心を若干痛めながら、買ったばかりの紐を七松先輩に渡した。 「竜の髭と言われる紐です。どの紐より丈夫に作られているから、今までみたいにすぐ切れたりしませんよ!」 竜と言えば、鳴き声によって雷鳴や嵐を呼び、また竜巻となって天へと登り、自由自在に飛翔する生き物。 まるで七松先輩のようだ。だからこの紐を選んだ。 そのことを伝えると、七松先輩はみるみる笑顔になっていき、最後には無邪気な子供の笑顔を私に向けてくれた。 「ありがとう、名字!私大事にする!」 「き、気に入ってもらえてよかったです!」 「おう!」 「あ、色はタカ丸さんに選んで貰ったんですよ。私は色々悩みすぎて決められなかったんです…」 だって、赤も青も黄色も白も黒も…。七松先輩がつけるなら何でも似合うんだもん。 それじゃあ決まらないからって、タカ丸さんに選んでもらったが、うんっ、やっぱり似合う! 「―――」 「…なな、まつ先輩…?」 さっきまで笑ってくれてた。喜んでくれてた。 なのにまた、最初の表情に戻って、渡した木箱を地面に落とした。……わざと…? 木箱は破損し、中から紐が出て地面に落ちる。ああ…、七松先輩につけてもらう前に汚れてしまうなんて…。 「いらない」 「……な、んで…ですか…?」 「いらない」 「だって…、今さっきはっ…!」 「……」 「私っ…!何かしたのなら謝りますっ…!ごめんなさい、許して下さい!」 「…」 「っ!」 いつもだったら「どこがダメ」とか「それは止めろ」ってちゃんと教えてくれる。 だけど今回は何も教えてくれなかった。 どうしてか?きっと私に愛想を尽かしちゃったからだ。私のことがもう好きじゃないんだ。もしくは、好きじゃなくなってきてるんだ! 別れを告げられるのが怖くなって、その場から走り逃げる。 追ってくる気配もない。大丈夫。まだ別れてない…。まだ…七松先輩の恋人でいられる…! 「(泣くなよ名前!泣くな!)」 ああ、昨日もこうやって自分を励ましていたな…。 じゃあ、次の展開も予想できるだろ? 「名前ちゃん!」 「タカ丸さん!」 きっと様子を見てくれてたに違いない。 すぐに姿を現わしてくれたタカ丸さんに遠慮することなく抱きついた。 私の心はもう限界だった。色んな感情、考え、矛盾が脳みそをグルグル回って乱す。 人目を気にせず声を出し、泣き果たした。 ( TOPへ △ | ▽ ) |