夢/七松デー | ナノ

恋愛事情


その日、私は人生二回目にあたる一世一代イベントを行った。


「タ、タカ丸さん…。ちょっと頼みたいことがあるんすけど…」
「え、僕に?」


今日は午前授業で委員会もなく、静かな午後を過ごしていた。
特にやることもなかったので、同室で仲のいい友達、竹谷と組み手でもしようかと長屋に戻っていると、あまり会話をしない五年生徒たちが縁側に座っていた駄弁っていた。
無視をしてその後ろを通ればよかったのだが、彼らの言葉に自然と足が止まった。


「名前って本当に色気ねぇよな」
「まぁ男になりたくて忍たまに入ったんだから、しょうがねぇけどさ」
「それでも女子なんだから、もっと色気欲しいよな!口も悪いし力も強いし…。ほんとに女かよ…」
「やっぱり女の子は弱いほうがいいよな!守ってあげたいって子と付き合いたい!」
「あー、でもあれだろ?だから七松先輩、町娘とヤってんだろ?つか付き合ってんのか、あれ」
「さあ?俺もよく解んねぇよ…。どこがいいんだよ、名前の。俺は無理だな」
「実は七松先輩も解ってねぇんじゃねぇの?」
「そう言えば俺、七松先輩が名前を恋人ですって言ってるとこ、見たことねぇや…」
「俺も俺も!」


などなど……。
そりゃあ傷つきましたよ?こう見えても乙女ですから。
でもそれ以上にイラッとしたんであいつらを殴り倒してやったけどね!口も悪ければ、態度も悪いってな!うっせぇよ、そんなの本人が解ってるっつーの!
イライラしながら部屋に戻ると、竹谷が珍しく課題をやっていたので、取り上げて愚痴った。
最初は文句を言っていた竹谷も、そのことを聞いてから、次第に表情を歪めていった。人のことでも怒られるいい奴だよ、お前は。女の子にはなかなかモテないが。


「よし、ボコりに行くぞ」
「もうボコりました」
「でも俺の気が収まらねぇ!」
「いいんだよ、別に。それよりさ………」
「何だよ」


殴ったからスッキリしたさ。だからもうあいつらはいいの。
でも、他にも傷ついたことがあった。いや、傷ついたっていうか…気になるっていうか…。


「私って…さ、一応……七松先輩の恋人、だよね…?」
「お前まで何言ってんだよ!お前と七松先輩は付き合ってるだろ!」
「だ、だよねっ…。よかったー…、もしかしたら私の勘違いだったのかと思って…」
「お前…、そんなこと七松先輩に言ったら殺されるぞ…?」
「そうだといいんだけどねぇ…。殺されるのはよくないけど」
「何でそんなこと言うんだよ」
「ほら、私って女の子らしくないじゃん?」


くノ一みたいに綺麗で、可愛いわけじゃない。
そんな彼女たちに比べ私は、身体中傷だらけだし、大雑把だし、口も悪いし、すぐ手が出るし……特別可愛いってわけでもない。
そんな私を何故、七松先輩は好きだと言ってくれるのか、未だに謎だった。


「私は七松先輩のことが好きだよ。いつも振り回されるけど、男前だし、実は優しいし、時々解りにくいけど気を使ってくれるし…。なんかもう、その背中を守りたいって思う。隣に並びたいとも思う」
「名字…」
「その考えがさ、普通の女の子と違うよね。あはは…」
「っそんな顔で笑うなよ!俺はお前がどんだけお人よしで、優しくて、気遣い屋か知ってる!だから大丈夫だ!」


お人よし代表の竹谷にそう言われ、そのときは元気を取り戻した。大丈夫なんだと…。
でもそれからもずっと「女の子らしい自分」を色々考えていた。
私は、竹谷と一緒にくだらない下ネタや冗談を言うのが好きだ。面白い。かなり下品だが…。
だけど、その話が生々しくなると苦手だ。例えば、勘右衛門が「昨日お姉さんとヤって来ちゃったー!」って言えば、耳を抑える。まぁ、奴は結構性に関してオープンすぎるんだが…。
んでもって、それが大好きな七松先輩になるともっと恥ずかしくなる。意識しまくって、顔すらも見れない。
だから未だ接吻も苦手だし、未だ……夜も一緒にしていない…っ。
これは私の気持ちの問題だ。そんなことに七松先輩を付き合わせるのも悪いと思って、ヤりたくなったら外でヤってきて下さいと伝えている。
それを立花先輩に聞かれたとき、「変わった女だな…」と珍しく驚いた顔を私に向けた。
だって…七松先輩はヤりたいのに、私のワガママで止めてるんだよ?そんなの可哀想じゃん。「今の時期はマジでやばい」って竹谷も毎晩うるさいしね。
そりゃ本音としては嫌ですよ。知らない女を抱いてるって思うとイライラする。でも、束縛したら嫌われそうだし…。とも思ってしまう。自由人ですからね、七松先輩は。
ともかく、七松先輩のことを考え出したらキリがない。この選択でよかったのか?それとも別の選択肢があったんじゃないか?って永遠と悩んでしまう。


「いや…でもそろそろ……私も変わるべきなんじゃ…」


男らしくあるのが楽だ。
だからって恋人というものを放棄するのはできない。忍者であっても、本質はただの人間で女の子だもん。
「恥ずかしい」「どうしようか」「やるしかない」を何度も繰り返しながらやってきたのは、四年生長屋。
そこにいる斎藤タカ丸さんにある頼みごとをしようと、やってきた。
四年長屋にもあまり来ないから若干緊張しながら歩いていると、四年にしては縦に長い生徒を見つけたので声をかける。
すぐにタカ丸さんが私を振り返り、「名前ちゃーん」と柔らかい口調で名前を呼んでくれた。
そして、冒頭に戻る。


「僕にできることかなぁ?」
「あ、はい。い、今時間いいですか?」
「勿論だよー。女の子から誘ってくれたんだから、時間なんて作るよー」


タカ丸さんはいい人だ。ほんっとうにいい人!
こんな私を女の子扱いしてくれる。それが、バカにした感じはなく、ごく自然に…。
ちょっと恥ずかしい半面、嬉しかったりもする。
時々、髪の毛を結ってもらったりもしている。相談をしたりすることもあった。
だから自然とタカ丸さんとは竹谷や三郎たちとは違う意味で仲がいい。
他愛のない会話をしながら、人気のないところへタカ丸さんを連れて行く。


「どうしたの?相談事?」
「相談って言えば…相談…。あの、タカ丸さんって化粧、もできますよね…?」
「化粧?うん、それも勿論できるよー」
「あああああのっ、化粧の仕方を教えて下さい!あと、女の子らしい仕草とか、恰好とかっ…!と、とにかく女の子を教えて下さい!」


私は忍たまだ。立派な忍者になって、戦うんだ!
でもっ……時々でいいから、「可愛い女の子」というものになりたいッ…!
可愛いは無理でも、女の子に見える女の子に戻りたいと、何故か溢れ出た涙を拭いながらタカ丸さんに頼みこんだ。
本当は、立花先輩に頼むのが一番なんだと思う。作法委員会委員長だし。
でも私は立花先輩が苦手だ。バカにすることはないだろうが、ちょっと行きにくい。
それなら、相談しやすいタカ丸さんに教えてもらったほうがいい。何せ彼はプロだ。あ、元か。


「うんっ、お安い御用だよ。ふふっ、でも名前ちゃんはもう十分魅力的な女の子だと思うんだけどなぁ?」
「そんなことないっす…。髪の毛ボサボサだし、傷だらけだし、口悪いし…。あとすぐ手出るし…」
「僕が言ってるのそういうのじゃないよ」
「え?」
「ふふふ!とにかく任せて。名前ちゃんの魅力、全部出してあげる!あ、じゃあ着物と小物買いに行こうよ。どうせなら七松先輩を驚かせちゃお!」
「そ、れは無理だけど…。が、頑張るから宜しくお願いします!」


やっぱりタカ丸さんには全部お見通しで…。
言われるがまま、タカ丸さんと一緒に町へ出かけることにした。
タカ丸さんにコーディネートしてもらいながら、私によく似合うと言ってくれた着物と小物を購入。
すぐに学園に戻って四年長屋の中庭で髪の毛を結ってもらったあと、化粧も丁寧に施してくれた。
色々教えてもらいながらだったから、結構頭に入った。今度の女装実習で使えそう…。


「はい。どう?」
「……自分じゃない!」
「あはは!名前ちゃんだよ」


自惚れとか、自慢とかじゃなく、鏡の中には本当に自分じゃない人間がうつっていた!


「女の子は化けるんだよ」
「…お、女の子らしいっすか?」
「うん。あとはその口調だね。今日ぐらいは気を付けたら?勿論、いつもの名前ちゃんも十分魅力的なんだけどねぇ。その恰好のときは丁寧なほうが似合ってるよ?」


口達者な方で…。
なんて反応していいか解らなかったので、苦笑しながら「解りました」と頷くと彼も嬉しそうに笑ってくれた。


「じゃあ、頑張って!」
「えッ!?」
「七松先輩に見せに行くんでしょ?ほら、行った行った!」
「まだ今日行くって……」
「今日行かないでどうするのさ。ちゃんと見てもらいなよ!」


持っていた鏡を奪われ、無理やり立たされてから背中を押された。
笑顔で手を振るタカ丸さんを見て、覚悟を決めるものの、七松先輩の顔を頭に思い浮かべるとすぐに顔が赤くなった。
どうしようっ…、こんな姿見られるの初めてだっ!「似合わない」って言われたら恥ずかしくなって泣くかもしれない。というか、…見られたくない!
自分から「女の子らしく」なりたいと言ってタカ丸さんに頼んだのに、矛盾している。
思った以上に綺麗に仕上がったから恥ずかしいんだ。タカ丸さんはやっぱり凄い!


「―――見つけた…」


タカ丸さんに中庭を追い出され、人の目に触れないよう歩いていると、塹壕を掘っている七松先輩を見つけた。
またこんなところで掘って…。食満先輩に怒られるますよ。
呆れながらも止めようかと思ったが、自分が変装?変身?していることに気づいて、声をかけるのを止めた。
いや、今なら周囲に誰もいない。七松先輩だけに見てもらえる…!絶好のチャンスではないか!


「な、七松先輩ッ!」


震える声で七松先輩を呼んだ。
すると七松先輩は塹壕を掘っている手を止め、ゆっくりとこちらを振り返る。
腕をまくっている七松先輩格好いいなーって思いながら、一歩ずつ近づいて行くと、塹壕から地上へと飛んであがってきた。


「……」


何で黙ってるの!?
と心の中で突っ込みを入れる。
いつもだったら小さな変化に気づいてくれて、すぐに感想をくれるのに何でっ…。
そ、そうか…。似合わないのか……やっぱり似合わないんだ、私…。
表情を窺うこともできず、ずっと俯いたまま少しの時間を過ごした。


「七松先輩っ…、あの……。私……ッ!」
「可愛くない」
「―――え…?」


似合いませんよね?と愛想笑いを見せようとしたら、そんなことを言われた。
心の片隅で、「似合ってる」って言ってもらえると思っていたのか、心がズキンと痛んだ。
痛くて痛くて、どんな拷問実習より痛くて涙が溢れ出そうになる。
驚いて顔をあげると、不機嫌そうな七松先輩がそっぽを向いていた。
土で汚れた手で額から流れる汗を拭ったあと、何も言わず塹壕へと戻って、続きを掘り始める。
膝から崩れ落ちそうになるのを必死で堪え、黙って頭を下げてから踵を返した。


「(泣くな名前!七松先輩は泣く女が嫌いなんだぞ!)」


忍務だと思え。忍務となれば、こんな悲しい感情、抑えることができる。


「名前ちゃん、どうだった?うまくいった?」
「タカ丸さん…っ…!」


なんてタイミングの悪い。
私以上に嬉しそうな顔をしたタカ丸さんを見た途端、いとも簡単に私の涙腺は崩壊した。


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