夢/七松デー | ナノ

恋愛事情


「―――」


名前が目を覚ましたのは、その日の夜だった。
音がしない時間帯。保健室も静寂に包まれ、周囲に人の気配はない。
目を開けようとすると鋭い痛みが走り、眉間にシワを寄せて動きを止める。
喋ろうとすると、今度は喉が痛み、咳き込む。
誰かいないか耳を澄ませるも、雑音しかしない。
身体を動かそうとすると、全身が痛んで動けない。
何故自分がこうなったのか、思い出すまで少しの時間を要し、思い出してからは再び布団に身体を預けた。


「(何で怒ったんだろうか…)」


タカ丸を頼ったら怒られた。
理由は解ったが、そのあとの発言に今度は自分が怒ってしまった。
今まで溜まっていた不満が爆発したのかもしれないが、一番の原因は小平太のあの発言だ。
小平太は人の悪口を言わない。そんな小平太を素直に凄いと思っているし、尊敬していた。見習うべきところだと。


「(……七松先輩は神様じゃないんだぞ…。悪口ぐらい言うさ…)」


盲信していたのだろうか。と、再び身体に力を込めて立ち上がろうとすると、遠くから八左ヱ門の声が耳に届いた。


「バカッ、ジッとしてろよ!」
「(竹谷…)」


遠くにいるものだと思っていたが、実際はすぐ横にいた。
実はずっと傍にいたのだが、目が開かないのと、耳がよく聞こえないのとで気づかなかった。


「横になってろ。今善法寺先輩を連れてくるからな」
「(竹谷、私どれぐらい寝てた?)」


起き上がろうとするのを制され、布団に戻されて声がするほうに顔を向ける。
名前の目には包帯が巻かれているため、八左ヱ門がどこにいるかははっきり解らない。
名前を寝かしつけた八左ヱ門は立ち上がり、保健室をあとにしようとしたが、名前が適当な矢羽音を飛ばして来たので振り返る。


「矢羽音は使えるな。でもあんまり使うなよ」
『私、様子』
「それを説明するのが善法寺先輩の役目。ほら、もう黙ってろって」
『七松』
「………それも、善法寺先輩が説明する」


聞きとりにくかったが、八左ヱ門の声が沈んでいることは解った。
パタンと戸を閉められたのを聞いて、名前はあまり動かない脳みそを無理やり動かした。
食堂で殴り合ってしまった。下級生には怖いものを見せてしまったと後悔し、その先のことを思い出す。
長次と文次郎と留三郎に動きを止められた小平太は、少しだけ理性を取り戻して、自分を見つめた。
その後、意識を失った。遠くでは八左ヱ門が必死に名前を呼んでいたが、記憶はそこで終わっている。


「(―――そうだ、規則違反だ…)」


何か大切なことを忘れていたのを、ようやく思い出した。
上級生が実習以外で下級生に手を出すのは、規則違反に当たる。それを小平太は破ってしまった…。
規則を破れば、行く先は一つ。


「(七松先輩っ!)」
「名前、ちゃんとジッとしてる?」
「(伊作先輩っ)」
「だから!ジッとしてろって言ってんだろ!お前いい加減にしろよ!?」


痛む身体に鞭を打ち、起き上がろうとする名前を見て、八左ヱ門は珍しく怒鳴った。
殴りそうになるのを伊作が止め、名前の隣に座ってニコリと笑顔を浮かべる。
普段では見せないような優しい笑顔だった。


「名前は当分の間、絶対安静だよ。あ、耳聞こえる?」
『問題なし。七松』
「言いたいことはあるだろうけど、先に症状を教えて。じゃないと無理やり抑えつけるからね?」
『…。了解』
「じゃあまず、目は?」
『異常』
「喉は?」
『異常』
「耳は?」
『右』
「身体は?」
『ここ、ここ、ここ』


骨折している指とは反対の手を使って、特に痛む箇所を指さすと、伊作は頷いて布団を避け、名前の身体を触る。
下は制服を着ているものの、上はサラシを巻いてるのみで、肌を露出している。
腹部や脇腹を指で押して、「大丈夫?」と質問してくる伊作に素直に答える。
その間、八左ヱ門は名前の身体を見ないように背中を向けていてくれた。


「うん、やっぱり僕の診断通りだったね。とりあえず、当分の間絶対安静だからね」
『無理』
「三日間ぐらい動けなくなる薬盛るぞ」
『バカ』
「なんとでもどうぞ。元気になったら覚えてろよ」
「あの先輩、もういいっすか?」
「ああ、うん」


布団をかぶせてから八左ヱ門の質問に答えて、名前から少し離れて腰をおろす。
名前の症状は、伊作が小平太に言った通り。
利き手の反対の指を二本、骨折しており、筋も痛めている。
顔は腫れているものの、名前の回復力を持ってすれば数日で引くだろう。
目も一時的に見えなくなっているだけで、失明の恐れはない。鼓膜と喉もそうだ。自然治癒を待つのみ。
身体の数か所に内出血があったが、これも問題はない。
どこもかしこも痣だらけだが、急所だけは避けているようで、全体的に酷い怪我をしているが、命に別状なし。
八左ヱ門もようやく安心したのか、ホッと無意識に息をついて「よかったな」と笑顔を見せる。


「とりあえず今晩と明日は保健室にいて。それからは部屋に戻っていいよ」
「俺が面倒見ます」
「うん、任せるよ。名前、何かあったら竹谷をすぐに頼るんだよ」
『はい。七松』
「もうしつこいなぁ…。小平太は規則を破ったから拷問中。それ以外は特に教えることはないよ」
『七松、問題なし』
「ありだよ。実習でもないのに後輩に手を出したんだから」
『私、問題あり』
「確かに名前が原因でああなったけど、規則は規則。最上級生の僕たちが規則を破ったら示しがつかない。ともかく小平太には二日ぐらい会えないから。じゃあ僕はもう戻るよ。竹谷、君も部屋に戻りな」
「いえ、俺はここで…。その、熱も出始めてるって言ってましたし…」
「ああ、そうだったね。まぁ名前なら大丈夫でしょ。あまり過保護にするのもよくないよ?」
「あとなんかこいつ動きだしそうで…」
「………」


動けないくせに、小平太を助けに行こうとする名前を見て、目を細める。
心の中で、「ほんっと素直に言うこと聞かない後輩だな」と溜息をついて、「解った」と答えた。


「じゃあ宜しくね。おやすみ」
「おやすみなさい」
『失礼』


保健室をあとにした伊作は静かに戸を閉め、横目で振り返る。


「動きだしそうなのは名前だけじゃないんだよねぇ…。まぁ今晩は大丈夫かな」


その晩のうちに名前は熱を出し、朝までうなされた。
頭がズキンズキンと痛み、身体中が熱い。
しかし、動けば身体が痛むし、咳き込めば喉が焼けるように痛い。
寝ているだけでも身体は悲鳴をあげていた。
本気の小平太と戦うということは、こういうことだ。
勝てるとは思わなかった。こうなると解っていた。なのに熱くなって喧嘩を売ってしまった。
自責の念ばかりを繰り返し、熱が収まったのは次の日の夜。
朝から夜にかけ、五年生の皆が交代で名前の面倒を見てくれたおかげで、ここまで回復できた。
自分の回復力に驚きながら矢羽音で夜当番の八左ヱ門を呼ぶ。


「どうした、水でも飲むか?」
『行く』
「厠か?」
『否。七松』


拷問中の小平太になど会えるわけもないし、会ったとしてもどうすることもできない。
だけど名前はただ一言、謝りたかった。
拷問、監禁が終わってから謝ればいいのだが、思ったら即行動の名前にはその考えがなかった。
早く謝って、許してほしい。という、自分勝手な想いもあった。


「ダメに決まってんだろ。それに、バレたらお前だってやられるんだぞ?」
『行く』
「頼むから言うこと聞いてくれよ!今の状態で拷問されたら、もっと治るの遅くなるし、……俺、…お前を拷問したくねぇよ…ッ」


拷問するのは、教師か同級生だ。
六年生とは違い、五年生はまだ同級生に拷問をするなんてことはできなかった。いや、できるが、したくないのが本音。
特に仲のいい友達となれば、もっとだ。
「耐えてくれ」と拳を握りしめて頼む八左ヱ門だが、名前は絶対に首を縦に振らなかった。
まだ目も見えない、耳も聞こえない、喋ることもできない。
満身創痍な名前が、小平太のところまで行けるはずもない。絶対に捕まってしまう。そんなことを解っていても名前は行くだろう。


「っあーもう!すぐに戻るぞ!」
『感謝』


色々考えた末、名前とともに小平太の元へと向かうことにした。
これがバレたら自分も罰則。こんなことを言ったあとだが、自分は損な性格をしていると寝間着姿の名前を背中に担いで、落とさないよう紐で固定する。
夜に部屋へと戻って来たので、見張る人なんていないが、一応戸を開け、首だけ出してから周囲を確認。


「途中でバレたら帰るからな!」
『了解』


名前を担いだ八左ヱ門は裸足で中庭に降り、軽々と塀を乗り越えて学園の外を走る。
学園内を走ってあの場所へ行くより安全だと思ったからだ。
だが、五年長屋の屋根に座っていた留三郎と伊作は盛大に溜息を吐いた。


「ほらね、絶対抜けだすと思った…。もー、ちょっとは先輩の言うこと聞いてもいいじゃん!」
「竹谷もな。いい奴すぎて損する性格だろ」
「で、今晩の当番は?」
「文次郎」
「あーあ、ダメだね…」
「だな」


今宵は満月。走る二人の姿はよく見えた。


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