八左ヱ門といっしょ 六年間忍術学園で生活してきたが、六年生が一番楽だと、虎徹は思う。 嫌味でうるさく、口だけ立派だった先輩はいないし、可愛い後輩たちは自分を慕ってくれる。 座学が少なくなる代わりに、実践が増えるのも嬉しい。動物たちとも一緒にいれる時間が増えるのだって嬉しい。 毎日が充実して、毎日が楽しくて、毎日が幸せだ。忍者の世界にこんな素晴らしい時間があるなんて今だけだ。 「竹谷ー…」 「な、なんすか虎徹先輩…」 だけど、時々猛烈に疲れるときがある。 ふと、未来のことを考えると憂鬱な気分になるときだってある。 自分は最上級生だ。だから誰にも甘えられない。それが辛いなんて思わない。思わないようにしていた。 我慢して、我慢して、我慢して…。時々それが爆発すると、今日のようにだらけて、気を許す人物、八左ヱ門の背中にのしかかる。 「竹谷ー」 「だから何ですか」 「お前今日なにすんの?」 「今日は特に…。あ、虫カゴ直したり、網を直したり…。あとは動物たちの世話をしようかと」 「じゃあ俺の世話もしてー」 「はい?」 「もうなにもしたくない…。休日ぐらいだらけたい…」 今日は休日。 家が近いものは家へと帰宅し、遠いものは長屋に残ったり、町へ遊びに出かけたりしている。 虎徹と八左ヱ門の家も遠いので、長屋組に入る。 朝、動物たちの世話をしたあとの出来事である。 「あの、虎徹先輩…」 「動きたくなーい、何もしたくなーい、だらけたーい」 「はぁ…、そうなんですか…。まぁ、お好きにどうぞ…」 「竹谷」 「何でしょうか」 「喉乾いた」 「………持ってこいと?」 「だらけたぁあああい!」 「解りましたよ!ちょっと待ってて下さいね!」 「やだ、愛してるわ!」 のしかかったまま、耳元で大声を出すものだから、八左ヱ門はやけくそに立ち上がり、井戸へと向かう。 虎徹はその場で寝転び、空を見上げてボーッと帰りを待つ。 何でこんなにも倦怠感が襲ってくるのか解らない。 いつもは留三郎や伊作に甘えたりするのだが、今日だけは八左ヱ門に甘えたい。 「はい!」 「ありがとう」 「じゃあ俺、虫カゴ直すんで」 「ん、解った」 「失礼します」 水を持って来たあと、座ることなく虎徹に頭を下げ、部屋へと戻ろうとする八左ヱ門。 ゴクリと喉を潤したあと、虎徹も立ち上がって八左ヱ門のあとを追う。 まるで親鳥についていく、ヒナ鳥のような虎徹。 「竹谷竹谷」 「え、ちょ、なっ…!なについて来てんすか!」 「虫カゴ直すんだろ?ちょっと背中貸して」 「……」 「んだよー…、ちょっとぐらい甘えてもいいだろー」 部屋へ入る前に声をかけると、気づいてなかった八左ヱ門は驚いた。 虎徹の言葉に「なに言ってんだ?」と不信感な目を向けてきたので、虎徹はブーっと口を尖らせ、素直に言ってみた。 すると八左ヱ門は目を少し見開いて、「え?」ともらす。 すぐに焦り出し、耳を赤く染めた。 「虎徹先輩が、俺、にっ…!?」 「後輩に甘えたらいけねぇのか?」 「いえっ、そんな…!」 「それに、今さっきも言ったじゃん。俺の世話してくれって」 「冗談かと思って…」 「本気も本気。竹谷くん、今日は俺の面倒も見て下さい」 お願いしますと頭を下げる虎徹を見た八左ヱ門は顔を背けて笑う。 嬉しいような、楽しいような、珍しいような…。 色んな感情が溢れて、笑ってしまった。 「今日だけですからね」 「おお、ありがとう竹谷!とりあえず寝るから背中!」 「解りました。ちょっと待って下さい」 部屋から壊れた大量の虫カゴと網、直すための道具を持ちだし、縁側に座る。 虎徹はすぐに八左ヱ門の背中に自分の背中を預け、「あー」「うー」とだらけモードに突入。 いつもは警戒心を解かない虎徹だが、今だけは警戒心を解いて八左ヱ門に全てを委ねていた。 それが解ったのか、八左ヱ門は虫カゴを直しながらフッと表情を緩ませる。 命を任せてもらえるほど信頼されている。それがとてつもなく嬉しくて、頬が緩む。 何をすることもなく、静かに時間が流れていく。 喋らなくても気を使わないでいい関係が心地いい。 「竹谷ぁ…」 「なんでしょう」 「今日の昼飯、なにかなぁ…」 「えーっと、確かタケノコご飯とみそ汁、川魚だった気がします」 「竹谷くん」 「川魚はあげません」 「ケチ…。じゃあちょっとおにぎり作って来てよー」 「えー…。今作業始めたばかりなんですけど…」 「僕お腹空いた…」 「もう!」 しょうがない先輩だ!と心の中で文句を言いながら、カゴを横に置いて食堂へと向かう。 残された虎徹は廊下に寝転んで、八左ヱ門の帰りを待つ。 真っ青な空を見上げていると、次第に重たくなる瞼。 ゴシゴシと手の甲で擦っても眠気が飛ぶことはなく、静かに眠りに落ちた。 「虎徹先輩。………って、寝てるし…」 おにぎりを作って持ってきた八左ヱ門は、気持ち良さそうに寝ている虎徹を見て溜息をはく。 ここまで自由だといっそ清々しい。 なんて思いながら、おにぎりを近くに置いて、また部屋へと戻った。 「夏前とは言え、風邪を引かれては困りますからね…」 薄手の布を虎徹のお腹にかけてあげると、ゴソゴソと動きだし、体勢を変えて再び寝息をたてる。 「涎垂れてますよ」 ふふっ。と笑いながら虎徹の寝顔を見て、縁側に座り、作業を始める。 時々癒しを求めるかのように虎徹の寝顔を見て、笑う。 懐かない動物が警戒心を緩め、懐いてくれたときの感覚に似ている。 「もう残り少ない学園生活ですが、俺は虎徹先輩とこれからも一緒にいたいです」 涎を垂らして寝ている虎徹を見て、呟いたあと、彼が起きるまで傍に居続けた。 「でさ、やっぱ信頼できる奴がいると熟睡できるじゃん!?」 「……で?」 「だから、留三郎にもそれを味わってほしいの!ほら、俺が守ってやるから寝ろ!熟睡しろ!」 「いや、何で俺なんだよ…」 「最近疲れたって言ってたじゃん」 「そうだけどよ…。お前、やる相手間違ってんよ…」 「え?」 「(竹谷が羨ましそうに俺を睨んでんだよ!気づけバカ!)」 ▼ りゅきさんより。 獣主が理由をつけて一日中竹谷に引っ付いてるお話。 一日中じゃなくてごめんなさい…。 申し訳ないのでもうちょっと続けてみた。下へ。 お昼ご飯。 「竹谷ー、俺の分もちゃんと持って来てねー」 「それぐらい自分でなさって下さい!」 「俺のお世話してくれるって言ったじゃん…。嘘なの?」 「……。っはい、どうぞ!」 「ありがとな!うん、やっぱ竹谷と食う飯はうまいな!」 「(くそー…。笑顔と言葉に騙される…)」 食休み。 「竹谷、今度は膝枕な」 「俺の固いっすよ?」 「いいのいいの。誰かとくっついてるってのが好きなの」 「はぁ…そうですか。ではどうぞ」 「よいしょっと…。………やばい、固い…」 「だから言ったじゃないですか…」 厠。 「やばい、やばいぞ竹谷…!」 「ど、どうかされましたか?」 「物凄い厠へ行きたいっ…!」 「お一人でお願いします」 「抱っこかおんぶ、選ばせてやる」 「強制なんすか!?」 お昼寝。 「竹谷ー」 「んー…なんですかー…?俺ちょっと眠たくて…」 「竹谷ー、竹谷ー」 「ううん……、虎徹先輩…」 「竹谷ー!」 「虎徹、せん……………」 「あ、落ちた。…やっぱ後輩って可愛いなぁ…」 所用。 「えっと、これはあっちに持って行って……」 「ふわぁ…、ダラダラしすぎて逆にだるい…」 「んで、これは用具委員に返して…」 「でもまぁ気持ちよかったなー。こんな日もいいな!」 「あっ、これ作法委員会から借りたやつだ…!やっべぇ…」 「夜はどうすっかなぁ…。小平太も留三郎もいねぇから鍛錬できねぇし…」 「あーっ!課題やんの忘れてたッ!」 「竹谷、鍛錬しようぜ!」 「無理です!って言うか、先ほどから俺の後ろをついて回るの止めて下さい!」 お風呂。 「竹谷くん、背中洗ってー」 「構いませんよ」 「やっさしぃ!あー…気持ちいー…」 「(一日一緒にいたけど、甘えられるのって結構いいな…。時々鬱陶しいとは思うけど、…やっぱ嬉しいわ)」 「頭もー」 「はいはい。目しっかり瞑って下さいねー」 「了解でーす」 就寝。 「おやすみ、竹谷。今日はありがとな」 「いえ、俺も何だかんだ言って楽しかったです。おやすみなさい、虎徹先輩」 翌日、留三郎との会話に戻る。 ( TOPへ △ | ▽ ) |