夢/30万打 | ナノ

結婚記念日の夜


「さてさて…」


愛しい人との間に生まれた長女は文次郎の両親に預け、名前1は一人で家にいた。
この時間帯になると長女が嬉しそうな表情を浮かべ、それを見るたびに幸せになる。
だけど、今日だけはどうしても二人で過ごしたかった。
チラリとキッチンの壁にかけられたカレンダーを見ると、思わず頬が緩んだ。


「一年に一度ですもんね」


今日の日付には、赤い丸印がされていた。
文次郎がキッチンに入って来ることは滅多にないが、「結婚記念日」という文字を書きたくなかった。
どうせ祝うなら、黙って準備をして、驚かせたかったからだ。
結婚して一年が経つ。娘が産まれて約一年が経つ。あっという間のできごとだった。
だから祝いたい。驚かせたい。幸せだって実感したい。
いつも以上に手の込んだ料理を作って、文次郎の帰宅をそわそわしながら待っていた。


「―――帰ってきた!」
「ただいま」


文次郎が先に玄関を開ける前に解る自分が怖い。
慌ててソファから立ち上がり、玄関へと走って向かうと、スーツの上着を脱いで、ネクタイを緩めながら廊下を歩く文次郎と遭遇。
ぶつかる前に足を止め、笑顔で「おかえりなさい、文次郎さん!」と言うと、目を少しだけ見開いて名前1を見つめた。


「名前1、廊下は走るんじゃない」
「申し訳ありません」


すぐにフッと笑って、頭をぽんぽんと撫でてから「ただいま」と言う。
名前1は文次郎からスーツを預かり、一緒に寝室へ向かって用意していた服を手渡す。
着替えている最中に、いつも抱いている赤ちゃんの娘がいないことに気が付き、「娘は?」と聞くと名前1は笑う。


「お義父さんに預けました」
「何故だ?」
「……」


文次郎は結婚記念日なんて覚えてないだろうと思っていた。だから驚かせようと今日一日張り切っていたのだが、改めてそう言われると、胸がツキンと痛む。
何だか自分ばかりが楽しんでいるようで、申し訳ないとも感じた。


「……」
「名前1?」


それでも心の奥底には、「文次郎さんもきっと覚えていてくれてる」と思っていた自分がいた。だって、誕生日は覚えてくれるのに…。
グッと奥歯を噛みしめたあと、俯きかけていた顔をあげてニコリと笑顔を作る。


「たまには二人っきりで過ごしたいと思いまして…。お義父さんも了承してくれたので、甘えました」
「そうか。それならいいが、泣いたりしてないか心配だな…」
「大丈夫です。私に似て強い子ですし、何よりお義父さんのことも大好きなので」
「それは…複雑だな」


着流しに着替えたあと、一緒に居間へと向かう。
先に文次郎が歩き、名前1が後ろからついて行こうとしたら、ピタリと足を止めて振り返った。


「どうかしましたか?」
「トイレに行ってくるから先に行ってろ」
「解りました」


名前1が先に居間へ向かい、文次郎の好物ばかり作った夕食をどう出そうかと考える。


「結婚記念日なんですよ。…って言うのがちょっと嫌になってきた…」


ああ、やっぱり寂しい。文次郎にも覚えていてほしかった。
また俯いていると、出入り口のほうから足音が聞こえ、涙を拭って笑顔で迎えた。


「―――……え?」
「…あー…。あれだろ…、その……」


振り返ると、先ほどは持ってなかったものを手にもち、恥ずかしそうに視線を泳がせている文次郎が立っていた。
手には少し大きめの可愛くラッピングされた箱。


「文次郎さん?」
「っだから…!今日はあれだろ…。お、俺は別に気にしてねぇんだけど、女は気にするって仙蔵が…!」


相変わらず言い方は雑できついものの、徐々に真っ赤に染まっていく顔を見たら、そんなことどうでもよくなる。
自然と頬が緩んでいく名前1。


「ありがとうございます、文次郎さん。忘れられない結婚記念日になりました」
「………あぁ…」
「ところでこちらは何でしょうか?」
「ブリザードフラワー、というものらしい」


ブリザードフラワーとは、生花に特殊な保存液や薬品を与えることで、いつまでも枯れない綺麗な姿を残すことができるフラワーアレンジメント。
いつまでも枯れない花。ということで、「永遠に愛する」といった意味が込められており、結婚記念日に適した贈り物。
こんなお洒落なプレゼント、文次郎が考えつくわけない。きっと友人である仙蔵から聞いて購入したのだろう。それも、慣れない様子で。
そんな文次郎を想像すると、とても愛しく感じてしまい、さらに笑みをこぼした。


「とても素敵なものですね。驚きました」
「お前は……解りやすかったな」
「え?…ふふっ、そうでしたか。申し訳ありません、つい嬉しくて…」


プレゼントを受け取って、文次郎に寄りかかると優しく抱き締めてくれた。
滅多に抱き締めてくれる人じゃないから、涙が出るほど嬉しくなる。


「いつもお前には驚かされているからな…。たまにはと思って」
「私そんなに文次郎さんを驚かせていますか?」
「恐ろしくたくましい女だからな、お前は」
「はい、それは自覚あります」


文次郎の隣に立てるよう、自身を鍛えた。勿論、身体的な意味も含むが、それ以上に教養や学力、常識や道徳などなど…。
自信を持って文次郎の隣に立てるように鍛えて、学んできたんだから、「たくましい」と言われ、素直に喜んだ。


「でも私も気合いをいれて料理を作ったんですよ」
「そうだな、うまそうだ」


料理の支度をする前に、文次郎から貰ったプレゼントを開け、中身を確認。
和風にアレンジメントされた花を見て文次郎への愛がさらに増す。
どれだけ自分を愛してくれるんだろうか。自分の、文次郎への愛はこれだけでいいんだろうか。もっともっと愛したい。愛してると伝えたい。あなたより私のほうがあなたことを愛してると伝えたい。


「名前1?食わないのか?」
「文次郎さん」


女という生き物は、覚悟が決まると途端に肝が据わった生き物へと変わるみたいだ。
動かない名前1を心配して近づいてきた文次郎を抱き締め、色を含んだ目を向ける。


「お先に私なんていかがでしょうか?」





匿名さんより。
結婚記念日のお話。


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