珍しい一日 「かぁたん…」 「かーちゃん…っ」 「母ちゃん!」 「ほらお前ら、今日から名前1に近づいちゃダメだからあっち行ってろ」 寝室の扉の前に涙目になっている子供たちを見て、私の目も少しだけ潤んだ。 入って来ないように小平太が立ち塞がり、長男や次男をつまみあげてポイッと投げる。 その隙に寝室へ入って来ようとするチビたちを足で止め、ころんと転がして扉を閉めた。 「(まさかインフルエンザにかかるなんて…)」 唐突に風邪になってしまった。 病院に行く時間がなかったので、薬剤師でありながらも医者としての知識を持っている伊作に診断してもらったら、インフルエンザだと診断された。…あの道具、どこで手に入れてるんだろ…。ま、今更か。 薬も処方してもらい、あとは隔離されて寝るだけ。 小平太に簡単に説明すると、彼は笑顔で頭を撫でてくれたあと、額にキスをして「ゆっくり休め」と言ってくれた。 「あいつら、あんな弱虫だったとは…」 「小平太……」 子供たちを連れて行った小平太が戻ってきて、ブツブツと文句を言いながら扉を閉めて足元のベットに腰をおろす。 「子供たち…」 「名前1を呼びながら泣いてる。あんな弱虫に育てた覚えはないのにっ…」 「うう…ごめんね、小平太…。せっかくの休みなのに風邪引いちゃって…」 しかもインフルエンザ…。 子供たちにうつしたくないから部屋に隔離され、トイレ以外出たらいけない。 ご飯や洗濯、掃除など山ほど仕事があるのに……。それに今日は休み。せっかく小平太が疲れを癒す日なのに私ってば…! 寒いから顔半分まで布団をかけてボソボソと謝ると、眉間にシワが寄っていたのが戻り、優しい表情に戻って「気にするな」と頭を撫でる。 「小平太も…あの……うつっちゃうから…」 「私にうつると思うか?」 「……いいえ」 「だから安心しろ。ご飯は………その、期待しないでほしい…」 「ふふっ」 眉根を寄せて目を伏せる小平太を見て、少しだけ気持ちが軽くなる。 ご飯も洗濯も、掃除もできないもんね。いや、できるけど細かい作業が苦手だから、大変なことになるのは本人も知っているみたいだ。 『かぁたん…』 『母ちゃん、チビが泣いてる!』 『かーちゃーん…しぬのかっ…!?』 『父ちゃん!母ちゃんを出せ!カンキンなんてダメだぞ!』 静かにしてると思ったら、ドンドンと扉を強く叩く子供たち。 監禁なんて言葉、どこで覚えてきたのかしら…。 反射的に身体を置こうそうとしたら小平太に戻され、額にキスをする。 「いいから、寝とけ。あとは私に任せろ」 「……頼もしいんだけど、子供たち泣かせないでね?」 「いっけどーん!」 「小平太…」 ちょっと意地悪く笑ったあと、ベットから降りて子供たちの元へと向かう。 すぐに子供たちの文句が聞こえたが、何故か静かになる。……きっと睨んでるな、あれは。 最初は威嚇で睨み、それでも文句を言ってくるようなら殴って黙らせるのが小平太。勿論、力加減はその子に合わせてね。 うちの子も、殴られて理解するタイプだから問題ない。おまけに、家訓は弱肉強食。小平太が絶対なのだ。 「じゃあ…あとは小平太に任せて……」 あまり心配をかけないように症状を出さなかったけど、実際はかなり苦しかった。 起き上がれないし、苦しいって言いたい。でも我慢。子供たちだけじゃなく、小平太にも心配かけたくないもん…。 色々考えているうちに激しい睡魔に襲われ、深い眠りへとついた。 「―――………あ…」 次に目を覚ましたとき、症状はあまり変わってなかった。…寒い。 喉が渇いたので小平太が最初に用意してくれたスポーツドリンクを飲もうとしたけど、中身がなくなっていることに気づいて少し考える。 小平太を呼んだらすぐに来てくれるだろう。でも、……あまり頼りたくないと思ってしまう。 小平太は頼られるの好きだけど、今何かしてるかもしれない。子供たちの面倒を見てるかもしれない。ああ、子供たちも騒ぎ始めるかもしれないな。 そう思うと呼ぶに呼べなくなり、重たい身体を無理やり起こして、ベットから降りる。どっちにしろトイレに行きたいし、丁度いいや。 一度時計を見ると、もう夕方になっていた。結構寝てたね…。 「よいしょ…」 扉をゆっくり開けると、とても静かで驚いた。 小平太があの子供たちを黙らせたのかな?それとも寝てるのかな? 廊下を歩いてトイレへ向かう前に居間に顔を覗かせると、小平太を中心に、子供たちがぐっすり寝ていた。 子供たちに埋もれて寝ている小平太も可愛いし、少し泣いてる子供たちも可愛い。チビに至っては指をくわえ涙を浮かべている。 頭痛いし、身体はだるかったけど、思わず頬が緩んでしまった。 いくら夏とは言え、風邪を引かない息子たちだけど、一度寝室に戻って毛布を持って起こさないようにかけてあげる。 最後に小平太にかけてあげようとしたら、ゆっくり目を開けてふにゃりと笑って両手を広げてきた。寝ぼけ眼で甘えてくる小平太は本当に可愛い。 「もう大丈夫なのか?」 「ううん、まだちょっとだけど、トイレに行こうと思って。あと水分と…」 「……す、すまん…」 「謝らないでよ。小平太も子供たちの相手で疲れたんでしょ?」 「でも…」 「じゃあお願いいい?」 「っ勿論!」 「風邪を引かないなら、今日の夜も一緒に寝てくれる?」 そう言うと、小平太は勢いよく起き上がって抱き締めてから「うん!」と返事。 いきなり動いたせいで、小平太のお腹や腕を枕にして寝ていた子供たちがコロンと転がり、「うー…」と言いながら目を覚ます。 すぐに私に気づいた長男は「母ちゃん!」と大声で呼んで、その声に起こされた他の子供たちもワッと私に抱きついてきた。 「母ちゃん大丈夫か!?」 「だ、大丈夫だから…あの、あまり抱きついてこないで…。ごめんね、今日はちょっと抱き締めることができないの…」 「かぁた…」 「チ、チビぐらいなら抱っこできるけど…」 「ずりぃ!おれもだっこーっ。かあちゃんが死なないようにってがんばってべんきょーしたのに!」 「かーちゃんおこさないよーに、ずっとしずかにしてたんだぞっ」 どうやら私が眠っている間、小平太が色んなことを言って子供たちを黙らせていてくれたらしい。 よくよく周りを見ると、勉強道具が投げられている。テレビもついており、見たくもないニュース番組が流れている。 大好きな映画でも見ればいいのに…。ああ…見たらテンションあがってうるさくなっちゃうからかな? 「そう、ありがとう…。でも風邪うつるから……」 「そうだぞ、お前ら。ほら、名前1はもう部屋に戻るんだから離れろ」 「やだーっ。母ちゃんといっしょいるー!」 「かぁた、かぁたん!」 「ダ、ダメだよ…。一緒にいたら風邪引いちゃうから…」 『引かない!』 何も声を揃えて言わなくても…。チビまでハッキリ言っちゃって……。 助けを求めようと小平太を見ると、困ったように笑っていた。子供たちが自分に似て頑固なのは知ってるもんね。 「本当に風邪を引かないなら、一緒にいてもいいよ」 ここはもう妥協しなくては…。子供たちの気迫に押され、そう言うと子供たちは「やったー!」と立ち上がって喜ぶ。 「でも夜だけね」 「よしお前ら、夕食食いに行くぞ!」 『あいあいさーっ!』 「……食べに行く?」 「長次のとこに行ってくる!」 「…また迷惑かけちゃったなぁ…」 「長次もいいって言ったから気にするな!帰って来るまで名前1は大人しく寝てろよ!」 「うん、いってらっしゃい」 子供たちもさっさと準備を整え、元気よく外に出て行った。 一気に静かになる我が家に寂しさを覚えながら、今晩のことを考えて、また布団に潜りこんだ。 風邪が治ったら一人一人抱き締めてあげよう…。 ▼ 匿名さんより。 嫁がインフルで隔離されたとある日の七松家話。 ちょいっとおまけ。 「やっぱりチビはインフルになったか…。小平太、チビ連れて伊作のところに行ってくるね」 「インフルにかかるとは…。情けない!」 「チビだからまだ無理だよ。お前たちも大人しくしてるんだよ?」 「せっかく母ちゃんが戻ったのに!何でチビばっかかまうんだよ!」 「かーちゃーん!チビばっかずるい!チビばっかずるい!」 「かぁたん、くるしい……」 「え!?あ、ちょっと待って!すぐに伊作のとこに連れていくから!」 「母ちゃん!」 「かーちゃん!」 「かあちゃんっ」 「今はダメ!いいから大人しくしてなさい!行ってきます!」 『っ母ちゃんのバカッ!』 「(私もインフルエンザかかっとくべきだったなー…)」 ( TOPへ △ | ▽ ) |