夢/30万打 | ナノ

獣同士の戦い


「……おほー…」


八左ヱ門が自室で課題をしていると、六年長屋のほうが騒がしくなった。
また先輩の誰かが喧嘩しているのかと思って顔を出せば、小平太と虎徹が中庭で組み手をしていた。
なんら珍しいことではない組み合わせだったが、何だか雰囲気が怪しい。
小平太と虎徹は仲良しで、組み手をしているときも大体、「甘い!」とか「バーカ!」とか「下手くそ!」とかなんとか言い争いしながら戦っている。
しかし今回はそれがない。ただ真剣に黙って、戦っているのに違和感を感じ、誰か他の先輩を呼んでこようとしたら、後ろから名前を呼ばれ、慌てて振り返る。


「なんだ、三郎かよ…」
「何してたんだハチ。大好きな先輩をストーカー中か?」
「ちげぇよ!あれっ」


八左ヱ門が中庭を指させば、三郎もそちらに視線を向け、すぐに目を細めて嫌そうな表情を浮かべる。


「またあの二人が喧嘩しているのか…。喧嘩するのは構わないが、私たち五年を巻き込まないでほしいな」
「え、喧嘩してんのか?」
「いつもみたいに騒がしくないからな」
「いや、でも組み手じゃね?」
「どっちでも構わん」


文句を言いながらも、そのまま二人の様子を見る八左ヱ門と三郎。
丁度、小平太が虎徹の鳩尾を殴り、虎徹が苦痛に表情を歪めながら距離を取って呼吸を整え、動きを止めていた。
虎徹が押されているように見えるが、小平太も身体を殴られたのか、脇腹に手を添えている。


「はっ!獣獣と言われいる割りには、大したことないなぁ虎徹!どちらかと言うと私のほうが獣らしいぞ?」
「お前はただ本能のままに動いているだけだろ?俺が獣と呼ばれてんのは、そういう意味じゃねぇよタコッ」
「ほー…。あれでか?」
「あ?」


ニヤニヤと挑発する小平太と、それに乗ってしまう虎徹。
「解りやすい挑発にのるなよ」と三郎は思ったが、腕組みをしたまま虎徹を見ている。
小平太の言葉に眉間にシワを寄せ、目を細くさせる虎徹。
身体全体から殺気が飛ばされ、少し離れている三郎と八左ヱ門のところにまで届いて呼吸が苦しくなった。
その殺気に一度目を背ける八左ヱ門。また虎徹を見ると、その場にはおらず、小平太に真正面から突撃していた。


「(早いッ)」


地面につくぐらい姿勢を低くして走り、下から顎をめがけて拳を突き上げる。
小平太はそれを紙一重でかわしたあと、突き上げた虎徹の腕を掴んで背負い投げをしようとするも、虎徹は背中を踏んでその場から脱出。
着地すると同時に地を蹴って小平太を追撃する。どれも人体の急所を狙っていた。
どんどん早くなる攻撃に三郎と八左ヱ門は眉根を寄せる。最初は見えていた腕も、どんどん見えなくなっていく。


「いつの間に苦無が!?」
「さっきの間にだよ…」


その最中、キンッと鉄の音が混じった。
二人の手にはいつの間にか苦無が握られており、さらに危ない攻防戦を続けている。
もし、防御をしくじれば、あっという間に死んでしまうだろう。
かすり傷程度を負っているものの、派手に動き回っているせいで、飛び散った血が中庭を汚す。


「…虎徹先輩はいくら苦無を仕込んでんだ?」
「結構投げているのにな」


小平太は苦無一本。それに対し虎徹は両手に一本ずつと、先ほどから何本か小平太に向かって投げている。
どちらかと言えば虎徹も体術を得意とするが、刀も苦手ではない。
戦場実習に出るとなれば四本の小刀を持ち、器用に扱うことができる。
他のことに関しては不器用な虎徹も、戦闘だけはどれも器用だった。
再び小平太に向かって投げた苦無が頬をかすり、血が流れる。
避けるのを解っていたのか、苦無を投げたと同時に小平太の懐に忍びこみ、傷口めがけて蹴りかかる。まるで先ほどの攻撃は囮だったかのように。
腕で防御した小平太だったが、虎徹の力に押され、後退してしまった。
そのまま地面に叩きつけようと体勢を変える虎徹だったが、小平太の膝が勢いよく顎に当たる。
頭が吹っ飛び、意識も飛ばしそうになったのを堪えて、両手を地面について踏み留まった。


「ハァ…」
「はぁはぁ…!」


お互い譲ることのない攻防戦に、五年の二人は言葉もなくしていた。
どちらも自分たちにはできない動きばかり。
対人間戦においてなら、自分たちだって負けない自信がある。しかし、獣との戦いは難しい。
まず、何を考えているのか、人間である自分たちには想像しがたい。だから動きが読めない。
特に、人の心理を読むのに長けている三郎には難しいかもしれない。
人間という心理に捕らわれている以上、あの二人には勝てない。だからと言って、獣の心理を読むのは難しすぎる。
お互い睨み合っている間も、決して警戒を緩めない。
次はどう動くのか。どう避けるのか。
ゴクリと生唾を飲み込み、二人を見守っていると、


「―――見つけたぞお前ら!」


後ろから腕をまくった留三郎が現れ、持っていた木の板を二人に投げつけ、見事顔にクリーンヒット!
呆気にとられている八左ヱ門と三郎の横を通りすぎ、痛みに無言で耐えている二人の胸倉を掴んだ。


「あれほど注意したのに何でお前らは言うこと聞けねぇんだよ!あそこで遊ぶな!」
「ち、違うよ留さん…!あれは小平太が悪いわけであって…っ」
「違うぞ留三郎!先に遊び始めたのは虎徹で、私は悪くないっ」
「小平太が先に遊び始めたんだろ!?んで、壊したのはお前じゃん!」
「私じゃないってば!留三郎っ、私と虎徹、どっちを信じる!?」
「どっちも信用してねぇよバカどもが!」
「「ぎゃん!」」


留三郎の怒りがこもった拳が二人の頭上に降り注ぎ、地面に伏せて静かに泣き始める。
先ほどとは違う険悪なムードが流れ、なんとなく察しがついた三郎は深く溜息をはき、八左ヱ門は苦笑いを浮かべた。


「あの食満先輩…。どうされたんですか?」
「あ?ああ、こいつらが遊んで用具倉庫をぶっ壊したんだよ…!あれほどあそこで遊ぶなって言ったのに…!」
「それで、何でお二人は組み手をされてたんですか」
「「責任のなすり合い」」
「「ああ…なるほど…」」
「さっさと来いっ、徹夜でもなんでもしてから直しやがれ!」


留三郎に首根っこを掴まれ、引きずられながら連れて行かれる二人を黙って見送る五年生二人。
引きずられながらも足で蹴ったりしていると、再び怒られ静かになる。
先ほどまで忍者の顔を見せていた二人のギャップに、呆れてものも言えなくなるのだった。





緋炎さんより。
獣主と小平太の本気気味な組み手を見学する五年生なお話。


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