夢/嘘 | ナノ


先輩なんて大嫌いです!


「わっ、名前先輩来たよ…」
「ねえ、あっち行こ」


今日、おかしなことに可愛い生物委員会の下級生たちに避けられている。しかも露骨に。
最初は「また新しい遊びか?」と思って気にすることなかったんだけど、何度も何度も避けられ続けているとさすがの俺でも心が折れる…。というか、既に泣きそう。
何かしたんだろうか…。お菓子の準備はちゃんとしてるし、動物の扱いも教えてあげたし、苦手だけど宿題の面倒も見てあげた。
注意はしたことあるけど、怒ることなんてない。注意しても彼らは素直に俺の言葉に「はい」と答えてくれるからな。
そんな素直な子たちが何故!いい加減泣きそうだよ…ッ。


「あ…、まっ孫兵「すみません、ちょっと失礼します」


孫次郎、一平、三治郎、虎若…。一年全員に避けられたから、三年生の孫兵はどうだろうと声をかけると、彼もまた目を合わすことなく俺から離れて行った。
ポツンと取り残される俺はどうしたらいいか解らず、その場に座って今日してきたことを再度確認した。
考えて、考えて、考えまくって……。でも避けられる理由が全く思い浮かばない!
こうなったら仕方ない!確認と相談を兼ねて上級生である竹谷に聞いてみよう。
あいつならなんか知ってるだろうし、俺が気づかないうちに失態を犯してたら素直に教えてくれる。


「竹谷ー?おーい、竹谷ー!」


五年長屋や五年ろ組の教室を覗いても竹谷の姿はなく、学園のいそうな場所に足を運んだ。
だけどどこにもおらず、最初の場所、飼育小屋前へと戻って来た。


「―――あ、…名前先輩…」
「竹谷…に、皆…」


帰ってくると小屋の前に生物委員が全員揃っていた。
竹谷が俺を見たあと、下級生たちを少しだけ背中で庇って、俺をジッと凝視する。
な、何だろうこの緊迫した空気…。
いや、嫌いじゃないよ?戦うの結構好きだし…。
でも……、大好きな子たちにそんな目で見られるのって…なんていうか……心が…痛いっす…!
手に汗を握り、一歩近づくと竹谷に名前を呼ばれて足を止めた。


「な、なに?」
「今まで黙ってましたが、今日こそ言わせて頂きます」
「え?えっ…と…、言いたいことが俺に?」
「はい。俺たち全員、名前先輩のこと大嫌いなんです。近づいて欲しくないし、声もかけられたくありません。さっさと卒業して下さい」


今まで死線をかいくぐってきたけど、この言葉ほど頭が真っ白になったことはなかった。
サァッと血の気が引いて、軽い貧血を起こして倒れそうになるのを、なんとか気力で耐える。


「じゃあ、今まで言いたいこと我慢して…?」
「今日言わないと意味がないので」
「ご、ごめん…。ごめんなさい…ッ」


竹谷の冷たい言葉に涙がポロポロと溢れ、地面に落ちていった。
色んな言葉が浮かんできたけど、言葉に出たのは謝罪。
人を絶対に嫌うことのない竹谷にまでそう言われてしまう俺は、何かとてつもない失態を犯してしまったんだ。
今更謝罪しても遅いけど、とにかく謝りたかった。
まるで子供のように謝り続ける俺。彼らを見ることもできず、俯いていると足にドンッ!と何かが当たって目を開く。
そこには俺と同じように泣いている一年生四人が俺を見上げていた。


「うえええん…!ご、ごめんなさい名前せんぱぁい…!」


一平が泣きながら謝ってきて、俺の涙が少し止まった。
彼らは力強く俺の足にしがみつきながら、今さっきの俺みたいに何度も謝ってる。
涙目で竹谷を見ると、彼は苦笑して頭を下げた。


「……どう、言うこと…?」
「実はですね、」


三治郎、虎若から聞いた話だと、今日はエイプリルフールという日らしい。
嘘をついてもいい一日で、悪戯のつもりで俺に「嫌い」と言おう!ということになったらしい。
純粋な悪戯に乗ったのが孫次郎と一平。それから竹谷と孫兵…。ようするに生物委員全員がグル。
でもまさか俺が泣くとは思ってなかったらしく、四人はつられて大泣き。
理由が解った俺の思考は次第に冷静さを取り戻し、足に抱きついてた四人をまとめて抱き締めた。


「俺のこと嫌い?」
「嫌いじゃないです!大好きです!」


三治郎がハッキリ言うと、他の三人も同じように言ってくれた。
たったそれだけのことなのに、今さっきまでの絶望感は消え失せ、笑っている俺がいる。
本当によかった…!純粋なこの子たちに嫌われたら本当に生きていけねぇ!
ズズッと鼻水をすすって、そのままの状態で竹谷と孫兵を見る。さて……。


「で、…お前らは?」


すると二人は驚いたように俺を見てきた。
お前らも、というか竹谷は一年よりもっと酷い嘘言ったよな?
でも一年生みたいに「好きです」なんて言うのが恥ずかしいのか、笑ってごまかしている。
俺は傷ついたんだぞ!たちの悪い嘘は止めなさい!
少しばかり俺が味わった苦しみを解らせるべく、俺は下級生に抱きついたままもっと泣いてやる。いや、もう嘘泣きだけど。


「ふっ…ぐ…!お前たちは俺のこと好きみたいだけど…、竹谷と孫兵は…俺のことっ…!二人に嫌われてんじゃもうここにはいられねぇよ…」
「い、いやですぅ…!名前先輩がいないと…っ」


孫次郎がいやいやと首を振ってるけど、俺は無視して泣き続ける。
すると虎若が二人に振り返ってキッと睨みつけた。


「伊賀崎先輩と竹谷先輩もちゃんとウソだって言ってください!」
「いいよ、虎若…。俺は今日限りで辞めるからさ…」
「うわあああん!名前先輩ごめんなさい!お願いですから辞めないでくださいぃ!」
「一平ちゃん、ちょ、苦しい…」
「確かにボクたちがウソつきましょうって言ったけど…。でももう止めました!だからお二人もウソだって……ッ。じゃないと名前先輩が辞めちゃうっ」


三治郎の涙声の説得。ちょっと聞いただけで俺まで泣きそう…。
チラッと二人を見ると、二人は戸惑った様子だった。
竹谷と目が合って、ニヤッと笑ってやると、彼は「あ!」と声をあげたが、一年生の訴えに負けて俺に頭を下げる。
最初は悲しかったけど、当分これで遊べるな…。


「すみません、名前先輩…」
「すみませんでした」
「おう、もういいよ。ほら、お前たちも泣かないで」


泣いてぐしゃぐしゃになった一年生を連れて井戸へ行き、顔を洗わせる。
待っている間竹谷が俺の横に立って、下級生たちに聞こえない声で話しかけてきた。


「ずるいっすよ、一年使うなんて」
「元はお前らだろ。つーか竹谷、お前が特に酷いぞ。そんなに卒業してほしいのかよ」


あれは本当に傷ついた。嘘だと解ってるけど、思い出すたびに心が痛む。
ちょっとだけ怒ったような口調で言うと、竹谷は一度黙って、再び口を開いた。


「ですから…、嘘ですよ。……その反対の意味、…です」
「…反対?」
「お前らちゃんと顔洗ったかー?手のぐいはこっちだ」


反対の意味を考えている間に竹谷はさっさと下級生に近づき、世話を焼いてあげる。
反対の意味が解ったとき、俺は笑っていた。


「卒業しないで下さい、か」





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