夢/10万打夢 | ナノ

特別な人


「ハチ!…八左ヱ門ッ!」
「―――あッ!?」
「もっと殺気抑えて!これじゃあ女名前を見つける前に敵に俺らが見つかっちゃうだろ!」
「……すまねぇ…」


その日も普通に一日を過ごしていた。
授業の一環にあった敵城潜入も、コンビを組んだ八左ヱ門と俺とで早々に終わらせ、学園へと帰って来た。そのころには太陽はすっかり沈み、もうすぐ夜が迫っている。
最初に異変に気付いたのは八左ヱ門。
いつも一緒にいる八左ヱ門とは別に、は組の生徒とコンビを組んだ女名前が帰っておらず、八左ヱ門は慌てて先生に女名前のことを聞く。
「まだ帰って来ていない」と言われた八左ヱ門は少しだけ焦って、右往左往と歩きまわる。
何で焦っているのか気になってなんとなく聞いてみたら、女名前は今体調が悪いと教えてくれた。
聞き終わると同時に周囲が騒ぎだし、先生が走り出す。八左ヱ門も走り出して、俺も慌てて追いかける。
帰ってきたのは女名前とコンビを組んだは組の生徒で、身体中ケガをしていた…。
何かあったとすぐに解り、先生が他の生徒たちに指示を出す中、八左ヱ門だけが森の中へと入って行く。
先生が止めようとしたけど、ケガをしている生徒から離れるわけにはいかない…。
いつもだったら同じ組みの三郎や雷蔵が止めるんだけど、今日はまだ帰ってきていない。じゃあ止めるのは…?俺しかいないよね。
すぐに八左ヱ門を追いかけ、暗い森をもう何時間も走っているけど、女名前の気配を感じない。
というか、八左ヱ門の殺気が邪魔で、気配が読めない!
前を走る八左ヱ門に「いい加減にしてよね」って怒ると、彼は犬みたいに凹んでしまった。


「女名前が心配なのは解るけど、考えもなしに走り回るのはよくないだろ!」
「す、すまん勘右衛門…。でも早くしねぇと女名前が…っ!」
「冷静になれ、八左ヱ門!」


女名前だって忍びだ。くノ一じゃなく、忍び。伊達に何年も俺たちと一緒に鍛錬をしてきたわけじゃない。だから安心しろ。死んでない。
根拠なんて勿論なかったけど、冷静にならないと助けることができない。それどころか自分たちまで死ぬかもしれない。
枝から降りて走り出そうとする八左ヱ門を掴み、両頬を軽く叩くと、呆然とその場に立ちつくした。少しは落ちつけ!


「どういう経緯でああなったかは解らない。だけど女名前が敵に襲われてることは間違いない」
「……ああ…」
「多分女名前のことだ、学園とは反対方向に逃げてる」
「だな…」
「あとは、八左ヱ門。お前の鼻に任せた」
「七松先輩じゃねぇんだから無理だっつーの!」


冗談を最後に入れると、八左ヱ門は苦笑して指をくわえて音を鳴らす。
すぐに狼が森の中から姿を現わし、八左ヱ門の隣に並んだ。
八左ヱ門は生物委員会に所属してるから、動物…特に犬の扱いは天下一品だ。裏山や裏裏山にも手懐けている動物も多いって聞いた。


「ある程度まで近づけばこいつ教えてくれる。勘右衛門」
「うん。じゃあ行こうか!」


地を蹴り、再び走り出す。月が足元を照らしてくれるから、何にも捕らわれる進むことができた。
とある場所に近づくにつれ、八左ヱ門の狼が低い声で唸り始める。きっと近くに敵と女名前がいるんだ。
一度足を止め、周囲を警戒するも、見られている様子もつけられている様子もない。
息を潜め、足音を立てないようにして森を進んで行くと、少し離れた位置から数名の男の声が届き、目を細める。
何人かは地面に伏して、何人かは何かを取り抑えようとしていた。


「―――女名前…」


それが木の幹に抑えつけられた瞬間、女名前の顔が見えた。
身体は刀で斬られ、出血しているのが遠くにいた俺たちにも解った。
―――女名前が襲われてる―――
状況が解ると同時に、隣にいたはずの八左ヱ門は狼と一緒に姿を消してしまった。


「もー…作戦もなにもないじゃん…」


襲われているのが女名前だからじゃなく、八左ヱ門はそういう人間だ。仲間を傷つける敵は絶対に許さない。
普段は優しくていい奴なんだけど、こういうとこは惨忍。普段怒らない人を怒らせるのが怖いって理由がよく解るよ…。
女名前を取り囲んでいた男たちを片手で掴んで投げ飛ばす。狼にも命令を出していたみたいで、次々と食い殺していった。


「今の八左ヱ門も狼だね」


敵は八左ヱ門に任せ、俺は急いで女名前の元へと向かうと、女名前は傷口を抑えたまま息を整えていた。
周囲の警戒を怠ることなく、「女名前」と名前を呼ぶと、ようやく現状を理解したかのように、ホッと息をつく。


「うわぁ…、酷いケガ…。大丈夫?」
「あ、うん…。ごめんね、勘ちゃん…」
「ううん、気にしないで。て言うか、敵ははっちゃんが倒してるし、俺何もしてなーい。格好悪すぎだよねー」
「あはは…」


普段のように明るい口調で女名前に話しかけてみたいけど、女名前はいつものように笑ってくれなかった。
殺されかけてたわけだし、当たり前なんだけど……。何だろう、ちょっと様子がおかしい。
女名前は視線をあげようとせず、無理やり足に力を入れて立ち上がる。
手を貸そうとする前に「大丈夫だよ」と言われたので大人しく引っ込めたけど、頬を殴られ腫れていたので触ろうとしたら、


「―――ッ…!」


ビクリと肩を震わせ、目を見開いて俺を見てきた。


「(……ああ…、女の子なんだよなぁ…)」


女名前があいつらに何されたなんて考えたくもない…。例え未遂だとしても、反吐が出るほど気持ち悪い。
俺をあいつらと重ねているのには傷ついたけど、それ以上に女名前は怖い思いをしたんだ…。
女名前は身を縮こませ、俺から離れよう一歩下がるけど、後ろには木があるので逃げれない。
木に当たった衝撃で女名前はハッといつもの雰囲気に戻り、焦ったように「ごめん!」と謝られてしまった。それも傷つくなぁ。
俺が伸ばした手を掴んで、恐る恐る女名前自身の頬に当てる。
殴られたせいで熱を含んでて、俺が触ると「冷たい」と口元に笑みを作ってくれた。
俺の手を掴んだ手が少しだけ震えていたけど、俺は見ないことにして、女名前に笑顔を見せる。


「ケガは本当に大したことない?」
「うん、見た目は派手だけど大したことないよ。ただちょっと…、体力がなくて捕まっちゃった…」
「もー!体力ないの解ってるんのに、何で女名前が残ったの?普通こういうときは、は組の子が残るべきだろ!」
「あの人、負傷してたから…。ごめん……」


いつもだったらもっと軽い感じで「ごめんねー!」って笑う女名前だけど、今日はやっぱりダメみたいだ。
色んなことを言って女名前を笑わせてあげたい。あんなこと忘れさせてやりたい。どうせなら、強がるんじゃなくて、泣いて甘えてほしい。
そう思っても口には出せない。だって女名前がそれを望んでるわけじゃないんだから、俺がどうこう言えるわけないじゃん。
女名前の頬に添えている手とは反対の手をギュッと握りしめる。


「―――女名前ッ!」
「あ、八左ヱ門終わった?」
「おう。増援もねぇようだし、もう大丈夫だろ」


ここで女名前を抱き締めたら、きっと怖がらせてしまう。
どうすればいいか、なんて声をかけ続けていればいいか解らないでいると、女名前より血で汚れた八左ヱ門が上から降りて来た。
口布をとり、顔についた返り血を腕で拭って女名前を見る。


「……女名前、大丈夫か?」
「…っ…あ……ハチッ…!」


八左ヱ門が優しく声をかけると、女名前は一度歯を食いしばり、俺の手を離して八左ヱ門に抱きついた。
血で汚れているのもお構いなく八左ヱ門に抱きつく女名前を、八左ヱ門も抱き締めてあげる。
今さっきまで耐えていた涙を全部出しながら、強く八左ヱ門の服を握りしめ、声を出さないよう泣き続いてた。
あーあ、俺がいくら頑張っても、女名前は八左ヱ門ばっか頼るんだね。
俺の手は怖がるくせに、八左ヱ門には自分から行くんだ。それって何だか悲しいな。……ん、ムカつくって言ったほうがいいのかな?
だって同室で、同じ組みってだけでしょ?俺、八左ヱ門より女名前を甘やかす自信あるし、きっと趣味も合うと思うんだよねー。


「ありっ、ありがとう…はち…!」
「お前が無事でよかった。冷や冷やさせやがって…」

でも、真逆な性格だからこそ二人の相性はいいんだろうね。ムカつくのは変わりないけどー!


「ほら、抱きついてないでさっさと撤収しようよ!木下先生きっと怒ってるよ」
「あ……、やば…。俺、何も言わず来ちまった…」
「わ、私も結局忍務失敗してる…」
「二人とも補習だねぇ。んでもってはっちゃんと組んだ俺も…」
「悪ぃ、勘右衛門!」
「ごめんね、勘ちゃん!」
「何言ってんだよ。女名前が助かって「よかった」だよ!」
「勘右衛門…!」
「勘ちゃん…!」


同じような顔をする二人を見て、思わず噴き出して笑ってしまった。もー、そっくりすぎだよ、二人とも!
何度も謝る二人と一緒に来た道を戻って行く。
女名前が…友達が助かるんなら補習なんてどうってことないよ。忍者としては失格だと思うけど、俺らまだ「忍たま」だからいーの!


「はっちゃんね、何も考えなしに走り出すんだよ。五年生になって冷静さを忘れるのはダメだと思わない?」
「……う、うん……」
「おい女名前!例えそうだとしても、俺はお前を助けてやったんだぞ!」
「俺がいなかったらどうなってたか解んないだろー」
「う…」
「女名前、はっちゃんなんか止めて俺にしなよ。俺といたらきっと楽しいよ」
「あはは、そうだね!勘ちゃんと同室でもいいなー」
「じゃあそういうことで先生に変えてもらおう!いいよね、はっちゃん?」
「いいわけあるかぁああああ!」


それでもやっぱ八左ヱ門はムカつく!女名前を可愛がってるのはお前だけじゃないんだからな!




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