夢/10万打夢 | ナノ

は組の三人


今日は用具委員会の仕事がなく、放課後をのんびり過ごそうと思っていた。
鍛錬は夜にして、今は廊下(兼、縁側)に座って日頃の疲れを癒そう。
だけど、ただボーッとしてるだけだとつまらなかったので、伊作に「治してくれ」と言われた桶の修理をしながらのんびり過ごしていた。
今の季節、日光浴が気持ちいい。時々凄まじい睡魔に襲われつつ、一つ、二つと桶を直し終わる。


「あと二つか…」


これが終わったらちょっと休むか。
肩をポキポキと鳴らし、桶に手を伸ばすと、廊下の向こうから騒がしい音が聞こえてきた。
こっちに向かって来ているということは、六年。もしくは、手前の五年長屋に住む後輩だ。
どっちにしろ忍者が足音立てるなんてありえねぇ話だから「おい!」と声をかけると、男名前が姿を現わした。
珍しく真面目な顔をして俺に近づいて来るのを見て、「あ、なんかあったな」と男名前の変化に気づく。
そりゃあ伊達に六年一緒にいるからな。なんとなくこいつらが何を考えてるか解るっつーの。


「留三郎ぉおおおお!」
「いてっ!」


歩く速度を落とさないから抱きついてくるとは思っていたが、タックルされるとは思ってもなかったぜ…。釘とか桶とか避けててよかった。


「うわあああん!もうやだーっ、俺女になりたい!男辞める!」
「は?」


男名前は俺に抱きついたまま「辞める!」と連呼し続ける。
男名前も小平太同様、細かいことを気にしない性格だが、自分が気になる個所に対しては細かくなるらしい。
多少は我慢するが、それが限界を超えて、爆発した。…んだと思う。「辞める」しか言わねぇから詳しい事情が全くわかんねぇ。


「確かに俺って細かいこと気にしないよ?でもさ、そういう決まりがあるわけじゃねぇよな!?何度も何度もそういうこと言われるとさすがに頭にくるっつーか…なんつーか…」


男名前は俺から離れ、後ろに回って背中に寄りかかった。体重こっちに預けんな、重い!
抽象的な言葉で愚痴愚痴と文句をいい続ける男名前に、適当に相槌を打っていると、「だよな!?」とか「そう思うよな!?」と嬉しそうな声をあげる。
多分、彼女のことだろうな。今回も一ヶ月もたなかったか…。


「留三郎もそう思うよな!?」
「そうだな、お前は悪くねぇよ」
「留三郎ー!お前ほんっといい奴だな!」
「解ったから背中に乗ってくんな!手元が狂うだろ!」


それからまた背中合わせになって、男名前は喋り出す。
愚痴を言ってスッキリしたのか、今度は普通のくだらない話。
今日も疲れただとか、お腹空いたとか、犬の話とか、後輩の話とか…。
男名前とは同じ組だし、伊作の次に仲がいい。仙蔵たちには「男名前の飼い主」と言われるが、別に嫌じゃねぇ。
男名前は確かにバカだけど、いい奴なのを知ってるからな。たまに羽目を外すと面倒だけど…。
背中から感じる体温が心地よく、俺も笑いながら男名前と会話つつ桶を完成させる。


「おー、やっぱ留三郎は器用だな。俺にはできねぇや…」
「そうか?こんなの簡単だろ」
「簡単って言えるところがまた凄いな」
「そりゃどうも。ところで男名前、愚痴はもういいのか?」
「……ちょっとだけスッキリした…」


明日からどうすっかなぁ。と苦笑する男名前を見て、両手で頭を掴む。
驚いて目を見開く男名前を見て、ニッと口角をあげて笑う。


「おらぁあ!」
「ちょ、とめっ…!うぎゃあああ!」


乱暴に力強く頭を撫でてやると、頭巾の紐が解けてボサボサの髪の毛が手のひらにあたる。


「うーし、これでもっとスッキリしただろ」
「あ、頭が回る…。なにあれ…、あれで撫でてるつもりなの?」
「嬉しいだろ?」


乱れた髪の毛を整えようとする男名前が怪訝そうな表情を浮かべて、俺を見てくる。
犬はな、ご主人様に撫でられると嬉しいんだぜ。
そういう意味を込めて笑ってやると、一瞬ポカンとした表情になったあと、すぐにプッ…と吹き出して、笑いだした。
男名前の笑顔を見たあと、今度は優しく撫でてやると、男名前は恥ずかしそうに「止めろよ」って言って俺から少し離れた。


「まぁ、確かに俺の躾をできるのは留三郎ぐらいだろうよ」
「犬の自覚あんのかよ。仙蔵もいるぞ」
「あんな飼い主、こっちから願い下げ。俺は留三郎みたいな優しい飼い主がいい!留三郎大好きだ!今ならお前を抱ける!」
「それは遠慮しとく」
「まぁそう言うなって!」


よいしょ。と掛け声をかけたあと、俺にのしかかって押し倒してきやがった!
冗談なのは知ってるし、男名前が男に興味ねぇことは知ってるけど、なんか寒気がする!
こいつなら食うんじゃね?って思っちまう!


「バカ犬!男相手に盛んじゃねぇよ!」
「こっちに興味ねぇけど、抵抗されると燃える」
「バカか!」


鼻歌交じりに制服に手をかけてきたので、頭を思いっきりぶん殴ってやると、声にならない悲鳴をあげて俺に倒れこんできた。
ぐすんぐすん。と泣いているのが解ったが、泣きたいのはこっちだ!
何で男に押し倒された挙句、脱がされなきゃいけねぇんだよバカ!つか六年長屋でバカなことすんな。仙蔵に見られたら面倒だろ!


「―――な、何してるの…?」
「伊作か!丁度よかった、このバカどけてくれ!」


幸いにして、やって来たのは伊作だった。
トイレットペーパーを大量に持ったまま俺たちの様子を見て、驚いた表情を浮かべている。
伊作なら誤解しないと思ったが、どうにも誤解しているみてぇだ…。
とりあえず男名前をどけようと肩を叩くも、男名前は離れようとしない。大分痛いようだ。そ、そんな力込めたつもりなかったんだけど…。


「とりあえず伊作、これは誤解「僕だけ除け者にするなんて酷いよ!」そっちか!」


俺たちはいつだって一緒だ。穴に落ちるのも、食事するのも、寝るのも、バイトを手伝うのも、穴に落ちるのも…。
いつも一緒にいる友達が違う友達(つか男名前も同じは組なんだけどな)と仲良くなるのはショックらしい。
いや、仲がいい者同士がこんなことしているから、「除け者」って言葉が出てきたんだろうな。
どっちにしろ面倒くせぇ。


「僕と留さん…、そして男名前の三人で一つじゃないか…!それなのに…こんなっ…!」
「おい伊作、落ちつけ。男名前もそろそろ離れろ。重てぇんだよ!」
「痛い!」
「うわあああん!僕だけ除け者なんて酷いよぉおおお!夕食覚えてろよーっ!」
「ちょ、ちょっと待て伊作!なにを盛るつもりだ!」


トイレットペーパーをぼろぼろと落としながら元来た道を戻って行く。大声で、


「男名前と留さんが僕だけ除け者にしていちゃいちゃしてるぅ!」


と言いながら…。
くっそ、明日からどういう顔すりゃあいいんだよ!


「留三郎、俺なら気にしてないぞ。お前ならきっといい嫁になってくれる」
「黙れ駄犬!」


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