夢/10万打夢 | ナノ

意地の悪い人


「嫌だ、断る」
「先日色々と教えてやったのにか?」
「……だからあんなにも機嫌がよかったのか…」
「というわけで諦めろ、女名前」


じりじりと距離を取りつつ、逃げる準備を整えていた女名前だったが、目の前の仙蔵に壁まで追いやられてしまった。
つい最近まで戦場で活躍していた女名前だったが、世の中は広く、こんなにも簡単に捕まえられてしまう。
まだまだ鍛錬が足らんな…。と頭の片隅で思いつつ、手首をがっしり握られ、仙蔵にとある場所へと連行される。
ついた場所は作法委員会が集まる部屋。
仙蔵が静かに戸を開けると、中には寝転んでいる四年生の綾部喜八郎が一人だけ。
上級生の仙蔵が入ってきても喜八郎は起き上がろうとせず、感情が入っていないような声で「お帰りなさい」と出迎えた。


「お前の為に連れて来たんだぞ。起きろ、喜八郎」
「はぁ、それはすみません」


綺麗な顔に似つかず、ぼりぼりと頭や身体をかいて、ゆっくりと起き上がる。
女名前は初めて見る喜八郎を観察していたが、その視線に気づいた喜八郎と目が合い、すぐに反らされた。


「立花先輩、何で女の子が忍たまにいるんですかー?」
「女ではない。こう見えても男だ」
「そうは見えませんけどねぇ」


再び女名前を見て、ジロジロ観察する喜八郎に、女名前は手を差し出した。


「初めまして、女名前だ。お前の名は?」
「女名前先輩…。女らしい名前ですね」
「そういう家系なんだ。で、名前は何だ?」
「あ、立花先輩。藤内は一年生たちと一緒にどっか行っちゃいました」
「……仙蔵ッ!」


人の話を聞かない喜八郎に女名前は戸惑う。だけど失礼な態度だと怒り、仙蔵に顔を向けると、


「すまん…」


苦悶の表情を浮かべていた。
何度注意しても喜八郎は人の話を聞かない。自分の好きなように生きている。それが上級生であってもだ。
仙蔵が軽く説明したあと、再び喜八郎を見ると、廊下に出てボケーッと空を眺めていた。


「喜八郎、中に入れ」
「あそこに穴掘りたいです」
「それはまたあとにしろ。すまない、女名前。そこに座って待っていてくれ」


女名前は仙蔵に言われた通り、その場に腰を下ろす。
渋々といった様子で、座ったあとも落ちつかない様子で周囲の様子を探る。
女名前と仙蔵は勉強のことでよく会話をする。女名前は色んなことを知っている仙蔵を頼ってもいる。
そんな彼に頼まれたのは、「化粧の実験台」。しかも後輩、喜八郎の。
女扱いされるのが大嫌いな女名前にとって、化粧は絶対にしたくないことだった。なのにこれだ。
嫌だ嫌だと駄々をこねていたが、口達者な仙蔵に言いくるまれ、おまけに昨日のことを言われて、ここまでやってきた。


「…仙蔵、本当にするのか?」
「嘘はつかん。喜八郎、こっちに来い」
「はーい」


仙蔵は早急に準備を整え、目の前に座る。呼ばれた喜八郎も仙蔵の横に腰をおろし、ジッと女名前を見つめた。


「……先輩は本当に女性らしいですね」
「止めろ!」
「喜八郎、女名前にそれは禁句だ。女名前もいちいち怒るでない」
「それはすみませんねぇ」


反省の色がない声で謝罪したあと、準備された化粧道具に手を伸ばす。
それを見た女名前は露骨に嫌そうな表情を浮かべたが、覚悟を決めて目を閉じる。


「喜八郎、真面目にしろ」
「はぁ、こうですか?」
「違う、ここはこうしてだな……」


仙蔵の指示の元、筆が女名前の肌を走る。
くすぐったい感覚に身体がビクリと反応するたび、仙蔵が笑っている感じがした。
目を瞑っているから本当かどうかは解らないが、気配でなんとなく解る。
眉根を潜めると「ジッとしてろ」と怒られた。


「ふむ、もういいぞ。何で貴様は普段から真面目にせんのだ」
「していますよ。気分が乗らなかっただけです」
「だからそれを直せと言ってるのだ。女名前、終わったぞ」


仙蔵に言われ、目を開けると仙蔵がニヤニヤと笑っていた。
仙蔵は自分が女だということを知っている。だから化粧をして、女に戻った女名前を見て笑っているのだろう。
女名前が怒って睨みつけても、仙蔵は「まるで女みたいだな」と女名前をからかった。


「もういいだろう!私は帰る!」
「女名前先輩」
「な、何だ…。あまり顔を近づけるな…!」


女名前は元々女だ。化粧をすればさらに女らしくなる。
顔を近づけて見てくる喜八郎に、顔を背けて視線をそらすも、顎を掴まれ元に戻されてしまった。
喜八郎が他人に興味を抱くなんてとても珍しいことで、仙蔵は少し驚いて様子を眺めていた。


「本当に女性みたいですねぇ」
「うるさい。私よりお前のほうが女らしい顔ではないか」
「ええ、でも男ですよ」
「だ、だから顔が近いッ!仙蔵!」
「喜八郎、それぐらいにしておけ。ほら、好きなだけ穴を掘ってこい」
「立花先輩に言われたら仕方ありませんねぇ」


口ではそんなことを言うが、顔が打って変わり明るくなった。
化粧道具を投げ、すぐに外へ飛び出す喜八郎を見送り、後片付けをする仙蔵に声をかけた。


「結局何がしたかったのだ!」
「喜八郎が真面目に化粧をしなくてな…。少しでも興味を持たせようと、」
「だから私を使ったのか!女扱いされるのは嫌いだとあれほど言ったではないか!」
「そうだな。だが、おかげで喜八郎が真面目にした。素質がよかったからだな」
「……あれでか?」


女名前が庭に目を向けると、制服を泥で汚した喜八郎が生き生きと穴を掘っていた。
絶対に興味を持ってないと思うが、仙蔵は、


「ああ。これで少しは委員会にも顔を出すだろう」
「あれぐらいでか?」
「あいつは新しいことが好きだからな。だから、できれば女名前も作法委員会に入ってほしいと思っている」
「それは断る」


渡された布を受け取り、化粧を落とそうとする女名前の手首を掴んで阻止する。
「何だ?」と仙蔵に声をかけると、彼は先ほどより真面目な顔で女名前を見ていた。


「その顔でその口調は違和感だな」
「仙蔵、いい加減にしないと怒るぞ」
「解らないなら教えてやろうか?この、作法委員長自らが」
「仙蔵ッ」


手首を掴んだまま女名前に顔をグッと近づけ、まるで女を口説くような甘い声で女名前に話しかける。
だが、女名前は絆(ほだ)されることなく睨みつけると、仙蔵はパッと手を離して、女名前から離れた。


「ふむ、女名前にはきかんか…」
「当たり前だ。顔を洗ってくる」
「ああ、すまないな。―――女名前」


布を持ち、部屋を後にしようとした女名前を呼び止めると、女名前は振り返る。
「まだ何か用か?」と若干疲れたような顔で言う女名前に、仙蔵はふっと微笑んだ。


「勇ましい女は嫌いじゃないぞ」
「ッうるさい」


今度こそ本当に怒った女名前は力強く戸を閉め、足音を大きく立てて部屋から離れて行く。
いつもは冷静で、何があろうと忍者であることを忘れない女名前だが、仙蔵の言葉に心を乱している。
そんな女名前の態度に満足するかのように、仙蔵は珍しく口を開けて笑うのだった。


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