夢/10万打夢 | ナノ

頼りになる先輩


「おー…今日は荒れてんなぁ…」


委員会、夕食、鍛錬、お風呂。
今日も充実した一日が終わり、男名前は手のぐいを頭に乗せたまま部屋の戸を少し開き、外の様子を眺めていた。
夕方ぐらいから天候は崩れ、雨が降り出したのは鍛錬の途中。
一緒に鍛錬していた留三郎とびしょ濡れになって長屋に帰り、先ほどまでお風呂で疲れを癒していた。
部屋に戻ってくる途中から雨は激しく降り始め、雷まで鳴り響く。
光ってはゴロゴロと唸る空を、男名前はぼんやりと眺めていた。その隣や膝の上には部屋で飼っている猫や犬がのんびり寝ていた。
普通、飼育されている動物は雷を嫌うのだが、彼らは平気だ。


「これだけうるさけりゃ、忍び甲斐があるな」


雨が地面に落ちる音も、雷が轟く音も嫌いじゃない。全部自分を消してくれるから。
動物だけじゃなく、男名前も雨や雷が平気だ。それは自分が忍びだから。
自然は人間にとって脅威だが、それと同時に感謝すべきもの。
しばらくの間空を眺めたあと、静かに戸を閉めて布団を敷き、寝る準備を始めた。


「……人?」


自分の気配を消してくれる雨音だが、逆を言えば敵の気配も消してしまう。
自室の戸の前に誰か来ていることに気づくのに、少し時間がかかってしまった。
こんな夜更けに来るのはきっと六年生の誰かだ。大方、小平太がお酒でも持ってきたんだろうと思い、男名前は戸を開いた。


「前みたいな…って、ありゃ?」


しかし戸の前には誰もいなかった。
首を傾げると同時に雷がピカッ!と光り、その後すぐに轟く音が鳴り響く。
大きな音に耳を抑えると、足に何かが当たり、男名前は耳を抑えたまた自分の足元に視線を落とした。


「虎若に…三治郎…?」
「男名前先輩ぃ…!」


寝間着を強く握りしめ、ガタガタと震えている下級生二人を見て、男名前はさらに首を傾げた。
下級生が六年長屋に来るなんて滅多にない。一つ下の五年生だって近寄ろうとしない。
そこに何故か、しかも夜遅くに虎若と三治郎がやって来た。
一年生は就寝時間が早く、きっと寝ていると思ったのに何故?
色んなことを考える男名前だったが、再び鳴り響く雷の音で「うわあああ!」と叫び出す二人を見て、理由が解った。


「とりあえず部屋においで」


抱きつく二人の背中に手を添え、部屋へと入らせる。
すぐに戸を閉め、二人が落ちつくまで背中を撫で続けてあげる。
部屋にいた犬と猫が警戒するも、男名前が睨むと静かになって各々の位置に行ってくるまった。


「もう大丈夫か?」
「は、はい…」
「ごめんなさい、男名前先輩、こんな夜分遅く…」
「気にするな三治郎。それよりどうしたんだ?」


男名前が首を傾げて事情を聞いてあげると、二人は気まずそうな表情を浮かべ、言葉を濁す。
大方理由は解っているが、男名前はあえて何も言わなかった。
手を貸すことは簡単だが、それではいつまで経っても後輩が育たない。そのときはいいかもしれないが、将来きっと困る。
ちゃんと自分の口で言うこと。それはとても大切なことだ。


「きょ、今日に限って団蔵が委員会でいないんです…」
「兵太夫もかえっ…帰ってこなくて…!」
「うんうん」
「寝ようかと思ったんですけど、雨が……。雷もうるさくて…っ」
「落ちるかもしれないって思ったら怖くなって…。それで男名前先輩のお部屋に…」
「ごめんなさい男名前先輩…!でも俺ら一人じゃ怖くて寝れないんですっ…」
「今晩だけでいいからお泊りさせてくださいっ!」


ポロポロと涙をこぼしながらちゃんと最後まで言い切った二人の頭を優しい顔で撫でる男名前。
心の中では、「うひゃあああ!めちゃくちゃ可愛いいいいいい!」なんて暴走していたが、そこはグッと堪え、二人から離れた。


「しかしまいったな…」


離れて呟いた男名前の言葉に、二人の肩はビクリッと飛び跳ねた。
やはり六年生の長屋に来ちゃいけなかったんだ。しかも雷ごときで怖がるなんて忍者として失格だ。だから男名前先輩は怒ったんだ。
言葉に出さずとも、二人は同じことを思った。
再び目に涙が浮かぶ二人だったが、振り返った男名前は先ほどと変わりなく笑っている。


「布団俺のしかねぇんだ。それでもいい?」
「「っはい!」」


二人を布団に寝かしたあと、掛け布団を横にして自分も横になる。
横にしたせいで自分の足は出てしまうが、一年生の二人には丁度いい。
足を縮め、左肘を立てて二人を見ると、三治郎も虎若ももう泣いていなかった。
ぽんぽんと右手で布団の上から優しく叩いてあげると、二人揃って笑う。


「ごめんなぁ、獣臭くて。干しても染みついてるから取れねぇんだ」
「えへへー、男名前先輩の匂いがして安心しますっ。ね、虎若?」
「おう!」
「そりゃよかった」


きゃっきゃと騒ぐ二人だったが、外から雷の音が聞こえると、三治郎は男名前の胸に抱きつき、虎若は三治郎の背中に抱きついた。


「……。怖い?」
「こ、怖いです…」


三治郎がポツリと答えると、虎若も目を瞑ったまま何度も頷いた。
怖がって自分を頼ってくる後輩が可愛い。そんな後輩たちを守りたいと思う。ええ、守りましょうとも!


「三治郎、虎若」
「な、なんですか…?」
「実は俺らも一年のころ雷が怖くて、先輩たちの部屋に行ったことがあるんだぜ。あ、でも小平太は雷関係なく行ってたな…」
「「え?」」
「あれは忘れもしない、夏…。その日も今日みたいに空が荒れててよー。雷が何度も何度も唸ってんだ。ナツが本気で怒って唸るのより酷かったんだぜ!」
「…そう言えば、ナツやハルが吠えてる声に聞こえる…」
「あ、ほんとだ」
「でもこれ以上に酷かったんだ。で、幼い俺は繊細だから部屋で震えてたわけ!そのとき同室だった奴は委員会で不在。今の二人と一緒だな!」
「ふふっ、男名前先輩が繊細だなんて思えないですよー」
「男名前先輩は大雑把で心の臓にも毛が生えてるって、立花先輩が言ってました」
「あいつ…。と、ともかく布団にくるまって震えてたんだけど、怖くて怖くて寝付けなかったんだ。で、何を思ったか布団引きずって六年の、委員会の先輩の部屋に行ったんだ」
「え、でも男名前先輩、先輩たちが嫌いとか言ってませんでした?」
「嫌いなのはその下から。六年の先輩は好きだったよ。…いや、好きっつーより……なんだ?尊敬?いや、そんな感じじゃねぇし…。まぁ、いい先輩で俺をめちゃくちゃ可愛がってくれたよ」
「へー…。どんな先輩だったんです?」
「一言で言うなら、獣。小平太も獣っぽいけど、あの先輩はマジで獣。思考回路が謎すぎたな…」
「うわ、なんだか怖そうだね、虎若…」
「お、おう…」
「見た目は怖いけど、喋れば明るいいい人だよ。つーかバカ。そのバカ先輩のとこに行って、俺も二人みたいに一緒に寝てもらったんだ。やっぱ獣臭かったよ」
「「あはははは!」」
「でも不思議だよな。今さっきまですっげぇ怖かったのに、先輩の布団に入って、先輩と話してると怖くなくなるんだ。いつまでも喋っていたいって思う。毎日顔合わせてんのにおかしいよなー…」


一度視線を二人から離し、閉めた窓を見つめる。
懐かしむように目を細め、二人に視線を戻すと二人は笑顔になっていた。


「それ解りますっ。僕も今怖くないです!」
「いつもだったら眠たいはずなのに、今日は眠たくありません!」
「おー、つーことは、俺も頼りになる先輩ってことか?」
「勿論です!」
「当たり前ですよー」
「マジか!ありがとな、二人とも!」


ギュッを二人をまとめて抱き締めると、二人とも嬉しそうにキャーッと声をあげる。
抱き締めたまま男名前が二人の身体をくすぐると布団の上で暴れ始め、しばらくの間男名前の部屋は笑い声に包まれた。


「はぁ、疲れた…。ちょっとはしゃぎすぎたな…」
「お、お腹痛いですよぉ…」
「……」
「虎若、大丈夫かー?生きてますかー?」
「……ふ……っ、なんとか…」
「じゃあもう寝ろ。いくら明日が休みだからって夜更かしはダメだぞー」
「はーい!」
「ふぐっ……は、い…!」
「おい、本当に大丈夫かよ虎若…」
「だい、じょうぶですっ…。おやすみなさい男名前先輩」
「おやすみなさーい!」
「おう、おやすみ虎若、三治郎」
「……男名前先輩はー、好きな食べ物ってありますか?」
「寝るんじゃなかったのかよ、三治郎…」
「ちょっとだけですぅ!」


男名前が質問に答え、二人を寝かしつけようとする。だけどまた質問をして、ちゃんと答える。
それを何度か繰り返したが、男名前は怒ることはなかった。
二人がちゃんと眠りに落ちるまで男名前は枕に頭を乗せることなく、二人が風邪を引かないように布団を直してあげる。


「ほんっと、可愛いなぁ。……あのときの先輩も俺を見てこんなこと思ったのかな」


寝付いた二人を見て、昔を思い出しながら男名前も目を瞑る。
遠くで鳴り響く雷の音に、どこか懐かしさを感じながら。


「つーことが昨晩あってさぁ!もー、めちゃくちゃ可愛いだろ、俺んとこの後輩!昨晩は心も身体も癒された感じ?」


翌日、六年生全員集まっている食堂で、昨晩のことを自慢すると、全員が口を閉じ、何人かが眉間にシワを寄せた。


「孫兵や竹谷に頼るんじゃなく、俺に頼るんだぜ!?普段の俺が頼もしいからってか?いやぁ、アハハハハ!」
「男名前、今すぐその不快な口を閉じろ…」
「なになに?仙蔵、嫉妬はよくねぇぞ」
「黙れ!誰が貴様なんぞに嫉妬するか!」
「いいなー、僕も乱太郎たちと一緒に寝たいなー!」
「今度用具委員会でお泊まり会でも開くか…」
「……図書委員でも…」
「いいなそれ!私も金吾と一緒に寝たい!」
「………団蔵と左吉だって昨晩一緒に寝た…」
「魂ぶっ飛んでだろ。それ一緒に寝たって言わねぇよギンギン野郎!ま、俺はお前らに比べて接しやすい優しい先輩だからできたことであって、お前らにゃあ無理だな」
「何だと!?俺も下級生には優しい!んでもって…多分…頼られてる!」
「ぼ、僕だって優しいよ!」
「多分が小せぇよ留三郎!あと伊作、優しいかもしれねぇが、頼りにはならん!」
「私はお前より後輩に慕われているが?そうだな、そこまで言うなら証明してみせよう。―――喜八郎」
「………」
「お、長次どこ行くんだ?」
「不破のとこ…」
「長次もお泊まり会するのか!?じゃあ私も体育委員を集合させてお泊まり会をするぞ!滝夜叉丸ー、三之助ー、四郎兵衛ー、金吾ー!」
「はん、くだんねぇなぁ。ここは忍者の学校だぞ」
「そういう文次郎も今さっきから三木ヱ門見てんじゃねぇか」
「み、見てねぇよ!ちょっと黙ってろ、男名前!」
「―――ごちそうさん!よし、俺も用具委員会集合させてこよう!」
「ぼ、僕も!―――んぐっ、ほ、…骨が喉に刺さった…!」
「ま、二番煎じだが楽しめばいいさ。だが、一番可愛い下級生は虎若、三治郎だ。これだけは忘れんな」
『ほざいてろ、男名前』
「全員に言われようが痛くもかゆくもねぇよバーカ!」




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