夢/とある女房の至福 | ナノ

ピクニックの段


「よし、全員揃ったな!」
「はい」


忍術学園の門前には会計委員会が全員集合していた。
文次郎の目の前には後輩たちが横一列になって並んでおり、ウキウキとした様子で文次郎を見ている。
武蔵は文次郎の横に立ち、後輩たちの様子を見て微笑みを浮かべている。
普段だったら「鍛錬」を嫌がり、困ったような楽しくないような表情を浮かべている後輩たちなのに、何故か今日は楽しそうだ。
不思議に思った文次郎が武蔵を見ても、武蔵は笑うだけで喋ろうとしない。


「おい武蔵…。その背中のものはなんだ?」
「お弁当です。お腹が減っては鍛錬にならないかもしれませんし、何より授業が終わってすぐに集合したので皆(みな)お腹を減らしています」
「そ、そうだな…。よし、お前らギンギンに登るぞ!」
「「「おーっ!」」」


元気よく出発する文次郎のあとを、団蔵、左吉、左門が続く。
左門の腰には用具委員会(作兵衛)から借りた迷子縄が結ばれており、その後ろを歩く三木ヱ門が手綱を握っていた。
最後に武蔵が歩き、全員を見守っている。
頂上に近づくにつれ、息が乱れ、徐々に歩くスピードが落ちていく。
特に左吉が遅れを取り、武蔵が背中を押してあげながらゆっくりと登っていく。


「大丈夫かい、左吉。ほら、あと少しだ」


優しく声をかけてあげる武蔵。
自分の体力はまだ残っているし、背負ってあげるのは簡単だ。
だが、それでは左吉のためにならない。きっと文次郎だって背負わないだろう。
真似をするわけではないが、文次郎の考えには賛同できる。
武蔵は絶対に背負うことなく、だけど優しく励ましてあげ、ようやく最後の一人も頂上近くの開けた場所へと到着することができた。


「お疲れ様、左吉。ゆっくり呼吸して、落ちついたら見てごらん」


肩で息をしている左吉の背中を撫でてあげながら武蔵はある方向を指さす。
膝に手を当てていた左吉は重たい頭をあげ、武蔵の指さす方向を見ると、広大な森と無限に広がる空が視界に入った。
思わず息が止まり、その景色に見惚れてしまった。
そこにポツンとあるのが忍術学園。広いと思っていた学園も、自然の前だとちっぽけなものだ。


「……相馬先輩、僕…辛いけど来てよかったです…。凄い…!」
「そうだね、私も来てよかったよ。左吉のそんな顔が見れたのが嬉しい」


優秀なだけに、左吉は常に真面目だ。まだ下級生だというのに妙に落ち着いた雰囲気も持つ。団蔵みたいに子供らしく笑ったりすることが少なかった。
だけど景色を見ている左吉はとても嬉しそうだった。
それが何よりも嬉しい武蔵も笑って左吉の頭を撫でてあげると、後ろから団蔵に呼ばれ、二人は文次郎たちの元へと向かった。


「武蔵先輩、早くご飯食べましょうよ!」
「団蔵、僕のために大きめのおにぎり作ったんだろう?どれだ!これか!?」
「それは潮江先輩のです!神埼先輩のはこっちです!」
「だが、こっちに比べて小さいぞ?」
「だから!そっちは潮江先輩のですって!潮江先輩、これ僕が作ったんで食べて下さい!」
「ちょっと待て団蔵。僕も潮江先輩のおにぎり作ったんだ。それにお前のより僕のほうが美味しい」
「左吉のは小さすぎだって。やっぱ食べるなら大きいほうがいいですよね!」
「団蔵、こっちはいいか?」
「それも潮江先輩のー!」


武蔵が持ってきたお弁当を広げ、団蔵が自慢げに取り出したのは、大きな丸いおにぎり。
お世辞にも綺麗とは言えないが、団蔵は満足そうな顔で文次郎にズイッと差しだす。
その横で左吉も負けじと取り出したのは、団蔵のに比べたら幾分小さいが綺麗に握られたおにぎり。
どっちが先に文次郎に作ったおにぎりを食べてもらうか争っている間に、お腹を空かせた左門が二人が作ったおにぎりをペロリと平らげてしまった。
そのことに気づいていない二人は喧嘩を始めるが、文次郎が苦笑しながら二人から受け取り、喧嘩を止めるよう注意する。
武蔵はお茶の準備や、他のお弁当を広げ、適当によそってあげてから静かになった団蔵と左吉に渡してあげる。
「おいしい」と笑ってくれるから武蔵も嬉しくなって二人の頭を撫でた。


「お帰り、三木ヱ門。お弁当食べるかい?」
「あ、すみません。いただきます」


ユリコと近くを散歩してきた三木ヱ門も一緒にお弁当を食べ、しばらくの間はのほほんとした時間が過ぎていった。


「お腹いっぱーい!」
「僕も…」
「お、あっちに何かありそうだな…」
「ユリコ、次はどこに行こうか?」
「コラ団蔵。食べたあとに寝転ぶのはよくないよ。左吉、片づけ手伝ってくれるかい?左門は無闇に動きまわらないこと。三木ヱ門、散歩はもう控えときなさい」
「武蔵、お前は食ったのか?」
「ええ、頂きました」


暴れたり、喧嘩したりする後輩の面倒を見ていたので、あまり口にすることはできなかったが、楽しくて胸はいっぱいだった。
食べている様子を見ていなかった文次郎が何か言う前に、冷めても美味しい自慢のお茶を食後の文次郎に渡すと、「すまんな」と言って一気に飲み干した。


「よし、食ったし動くか!」
「食べたあとはしばらく休まないとダメですよ。潮江先輩は平気かもしれませんが、下級生には辛いです」
「そう…だな…。では勉強するぞ!」


とにかくジッとしとくことは苦手らしい。
文次郎は下級生の三人を連れて、森少し周囲を歩き、しばらくしてその場にしゃがみこんだ。
近くに生えている植物の説明をしているのだろう。
文次郎は実技だけじゃなく、頭のほうも優秀だ。
団蔵は難しそうな顔をしていたが、左吉や左門は真面目な顔で文次郎の話を聞いていた。


「ピクニックに行こうなんて言われるからどうなるかと思いましたが…」
「たまにはいいだろう?外でしか学べないことはたっぷりあるからな」
「そうですね。では私も行ってきます!」
「行っておいで」


三木ヱ門を見送り、荷物をまとめて目立つ木の下へとまとめて置いた。
植物の勉学も終わり、今度はその場で組み手を始める。
前の、庭でしていた組み手とは違い、今回は少し真面目だった。
文次郎も手を出し、どこが甘いとか、ここの踏み込みが浅いなどと指摘してくれる。


「さて、私も行こうか」


温和そうに見える武蔵も、身体を動かすことは好きだ。
文次郎のとこへ行き、ウズウズと順番を待っていた左門に声をかけ、左門の指導に入る。
猪突猛進しかしない左門を受け流し、的確に急所を狙う武蔵に、左門は負けじと向かい続ける。
武蔵の指摘を意識し、動いていくことによって、武蔵に一発も当てることはできなかったが、体力を奪うことは成功している。


「―――よし、今日はこれぐらいにして帰るか!」


鍛錬しては休憩し、たまに他愛のないことを話してると、空がオレンジ色に染まっていた。
文次郎は額の汗を手で拭い、石の上に置いていた上着を肩にかけて、疲れて横になっていた後輩たちに声をかける。
文次郎の声に武蔵は持ってきた荷物を背負い、左門、団蔵、左吉に声をかけた。


「ふふっ」
「どうした武蔵」
「いえ。可愛いらしいなと…」


体力の限界まで動いた三人は大きな口を開けて寝ていた。
顔や服などは砂で汚れていたが、顔は何かに満たされているようだった。
だらしのない寝顔に二人は笑って、文次郎が一年二人を背負い、武蔵は左門を背負う。


「先輩、私が荷物持ちます」
「すまないね、三木ヱ門」
「これぐらいで寝てしまうとは情けない…。また明日からも鍛錬だ!」
「そうですね。ですが、今日ぐらいは寝かせてあげましょう」
「ああ」


楽しそうに笑う二人のあとを、三木ヱ門も子供らしい表情に戻ってついて行った。

翌日。
委員会はないが、用件があったので武蔵は文次郎と一緒に歩いていた。
すると目の前から団蔵と左吉がやって来て、笑顔を二人に向ける。


「昨日のピクニック、すっごく楽しかったです!」
「またご指導のほう、よろしくお願いします!」


そう言ってすぐに去って行った。
武蔵は笑顔で見送り、静かな文次郎を見上げると、驚いたような顔で武蔵を見ていた。


「……え?」
「どうかしましたか?」
「ピ、ピクニックだと…?」
「はい、とても楽しかったですね」


ニコッと、団蔵たちとは違う意味を含んだ笑顔を向け、先ほどの会話に戻る。
武蔵と会話しながらも色々と考える文次郎だったが、どうして「鍛錬」から「ピクニック」になったのか解らず、なかなか寝付くことができなかった。


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