ピクニックの段 どこにいても、何をしてても気配を消し、息を潜めるのが武蔵の癖だった。 それは忍者にとってとても大事なことだからと文次郎に教わり、無意識にできるように身体に叩きこむよう下級生のころから鍛錬を積み重ねていた。 「聞いたか。この間生物委員会は裏山にピクニックに行ったらしいぞ」 「ああ、虎若と三治郎から聞いた。あーあ、生物委員会はいいよなー。動物とも遊べるらしいじゃん!俺も遊びたい!」 「そんなんだからアホのは組って言われるんだ。さっさと算盤の練習始めろよ」 「話しかけてきたのは左吉だろ!というか、左吉はピクニック行きたいないの?」 「……行きたくない」 「俺は行きたい!潮江先輩ってば鍛錬しすぎで全然委員会楽しくないんだもん…」 「でもそれは、僕たちのことを思ってからだろ?」 「そうだけど……。でもたまには遊びたい!」 ブツブツと文句を言いながらも持ってきた算盤を取り出し、一年生二人は算盤を弾き始める。 大量に積まれた帳簿のかげに隠れていた武蔵は「どうしたものか」と首を傾げた。 今出て行けば、二人は慌てるだろう。今さっきの発言は、大した内容ではないにしろ、上級生である自分に聞かれたまずいものだ。 こんなことで下級生と気まずい雰囲気になりたくないと思い、音をたてることなくその場で大人しく誰かが入ってくるのを待つことにした。 タイミングよく、左門を連れた三木ヱ門が会計委員室に入ってきて、さっそく喧嘩を始める二人の騒ぎに乗じて自分も、さも今来たかのような態度で姿を現わした。 「左門、三木ヱ門。ここで喧嘩はしないと何度か注意したはずだよ」 いつもように二人を注意して、指定席へと腰を下ろす。 今日は特にやることがない。ついでに今日は委員長が不在だ。 普段よりのんびりした空気が室内に流れ、特に何か問題が起こることなく委員会も終了。 全員が掃除や整理をしている間に、武蔵は今日のできごとを日誌にまとめ、文次郎に提出するため六年長屋へと向かった。 いくら自分が五年とはいえ、やはり六年の長屋に向かうのは少しばかり緊張してしまう。 「失礼します、相馬武蔵です。潮江先輩はいらっしゃいますか?」 失礼のないよう戸の前で声をかけ、文次郎の返事を聞いたあと静かに戸を開けた。 「日誌を持ってきました」 「そうか、すまんな」 部屋には大量の巻物を広がっていた。(とは言っても、文次郎のスペースだけだが) 一度武蔵を見て、すぐに巻物へと視線を落としてブツブツと呟いていたが、聞きとることはできず、武蔵は失礼にならないよう頭を下げて部屋をあとにしようとした。 「武蔵、明日の委員会だが、全員連れて裏山へ鍛錬に向かおうと思う」 文次郎は普段、学園内で鍛錬に励んでいる。 時々、裏山や裏裏山へ鍛錬にでかけることはあるが、それは同級生とのみで、委員会の子たちを連れて行ったことはない。 突然の提案に武蔵は口を閉じたままでいると、顔をあげ「どう思う?」と聞いてきた。 「ええ、今は特に忙しい時期ではありませんし、いいと思います。しかし、何故突然?」 すると文次郎は少し悔しそうな顔をして黙り、「何でもない」とまた巻物に視線を戻した。 文次郎が喋りたそうじゃないなら、武蔵も追及はしない。 再び頭をさげ、部屋をあとにした。会計委員室へと足早に戻る。 「(きっと生物委員会がピクニックに行ったというのを聞いたんだろう)」 何せ文次郎は負けず嫌いだ。同級生達の後輩自慢を聞けば、言い返したくなる。 だけど先輩としての威厳を失いたくないし、後輩に対してどういった態度で接していいか解らない。そのせいで、文次郎は「怖い」「厳しい」などと勘違いされることが多く、疎遠されがちになってしまう。 本音としては生物委員会の下級生達のように、会計の下級生達を連れて裏山にピクニックに行きたいのかもしれない。 だけど忍者がピクニックだなんておかしい。だから、「鍛錬」として裏山へ行こうと言ったのだ。 勘違いかもしれないが、下級生達もそれを望んでいる。 部屋へ戻った武蔵に、三木ヱ門が掃除を報告してきた。部屋を点検し、問題がないことを確認してから明日の活動内容を全員に伝えた。 「明日は全員で裏山へピクニックへ行くことになりました」 至って真面目な顔で言うものだから、全員が「は?」と間抜けな声をもらした。 「明日は全学年午前授業だったよね。なので、裏山へピクニックへ行きましょう。お弁当は私が作るので、三木ヱ門は左門を迎えに行ってあげて。団蔵と左吉は食堂へ来て私の手伝いをしてくれる?あ、荷物はいらないから動きやすい恰好でね」 「あの、武蔵先輩…」 「質問かい、三木ヱ門」 「はい。…あの、潮江先輩はこのことについて何か仰らなかったんですか?」 「潮江先輩からの提案だ。しかし、ピクニックとは言え、会計委員会なので鍛錬を行います。あまりはしゃぎすぎないようにね」 まさかあの文次郎からピクニックに誘われるなんて…。 最初は同様していたが、左門、団蔵は目を輝かせ、「楽しみだなー!」と声を揃えて笑いあう。 左吉は団蔵の様子に呆れていたが、口元が珍しく緩んでいた。 「武蔵先輩、本当ですか?」 「おや、三木ヱ門は私の言葉が信じられないのかい?」 「い、いえ…!そういうわけでは…」 「それより左門のことは頼んだよ。喧嘩しないよう連れて来ておくれ。せっかくのピクニックなんだから楽しみたいだろう?あ、ユリコさんも連れて来ていいからな」 「本当ですか!?ありがとうございます、武蔵先輩!」 「ああ。では、今日は解散です。お疲れ様でした」 『お疲れ様でした!』 頭を下げ、今日の委員会は終了したのだった。 ( TOPへ △ | ▽ ) |