夢/とある女房の至福 | ナノ

会計委員会の段


「今日の委員会はこの帳簿を仕上げるだけだ。お前ら、ギンギンに集中して終わらせろ!」


全員が揃うと文次郎が今日の活動内容を伝えた。
とは言っても、会計委員会は体育委員会みたいに「どこへ行く」というものがない。
ただ机の前に座り、帳簿を仕上げるのみ。己との戦いは、簡単に見えて辛い。
特に身体を動かしたい文次郎や、左門。頭を使うのが苦手な団蔵にとっては辛くて仕方ない作業だ。
だが、誰も文句を言うことなく算盤をはじき、帳簿に記帳していく。


「潮江先輩、お茶を淹れてきます」


静かに時間が過ぎ、外はすっかり暗くなっていた。
休憩の意味を含め、武蔵が静かに立ち上がって文次郎に声をかけると、彼からは沈黙が返ってきた。
ダメなときは「ダメだ」とちゃんといい、別に問題がないときは何も言わない。
何年も付き合っていれば解ることだが、初めての人が見たら理解できない。
現に団蔵は「何で返事しないんだろう」と毎回首を傾げている。


「団蔵、そこの計算間違ってる」
「えッ!?」
「まだ早い段階だからすぐに直せるよ」
「あ、ありがとうございます!」


部屋を出る前に団蔵の帳簿に目を落として、間違ってる部分を指摘した。
五年間も算盤を弾いていれば、多少の暗算はできる。
武蔵に指摘された団蔵は慌てて直しに入る。隣の左吉がバカにした笑いを向けてきたが、文句を言うことなくキリのいいところまで帳簿を仕上げた。


「はい」


人数分のお茶を淹れた武蔵は下級生から順番に配る。
最後に文次郎に渡すと、「おう」とだけ答えて帳簿に目を落としたままお茶をふくんだ。
自分も席に戻ってお茶で喉を潤す。
だけどあまり休んでいる時間はない。四徹目になると上級生でもある武蔵でさえ、頭がうまく回らない。
顔に疲れを出さないように下級生たちを見ると、一年生二人はお茶を飲んですぐに寝落ちしてしまっていた。
団蔵が左吉のお腹を枕にし、左吉は苦しそうに唸っている。
左門も湯呑みを持ったまま首が船をこいでいた。


「起こしますか?」
「いや、休ませてあげよう」


三木ヱ門も三人を見て、武蔵に話しかけると、武蔵は首を横に振って立ち上がる。
部屋の押し入れには寝落ちしてしまった人用に毛布があり、三木ヱ門と一緒に三人にかけてあげた。


「前に比べたらかなり進んでますね」
「そうだね。あとは私がやろう。三木ヱ門も少し休みなさい」
「いえ、私はまだ頑張れます」


三人の帳簿をまとめ、自分の席へと戻る。
三木ヱ門が団蔵の分の帳簿を受け取ろうとしたが、武蔵はそれを断った。
彼も体力の限界を迎えている。


「昨日に比べて集中力が落ちている。だが、絶対に間違えないという自信があるなら任せる」
「………すみません、武蔵先輩…」
「構わないよ。あとは私と潮江先輩で頑張るから。ね、潮江先輩」


武蔵が振り返ると、お茶を飲み干し湯呑みを机に置いた文次郎が三木ヱ門を見る。


「委員会で日頃の授業に支障を出したらたまらんからな。田村、寝ろ」
「ありがとうございます…」


寝れるのは嬉しいが、二人の力になれない自分が少々情けなく、暗い表情を浮かべる。
だけど武蔵が笑って頭を撫でてあげると、少しだけ顔を明るくさせ、邪魔にならない場所で横になってすぐに寝息をたて始めた。


「先輩、お茶のおかわりいりますか?」
「いらん。それよりお前も寝ろ。速度が落ちているぞ」
「休憩したからもう大丈夫です。少しでも潮江先輩の負担を減らしたいので付き合わせて下さい」


お茶を飲み干すと同時に筆を取って算盤を弾く文次郎。
武蔵は湯呑みを持ったまま微笑み、「お願いします」と言うと文次郎は口元に笑みを浮かべ、


「ふん、生意気言いやがって」


とだけ言った。
口ではそんなことを言ったが、本心としては心強かった。
武蔵もお茶を飲み干し、全員の湯呑みを片付けてから自分のと、後輩たちの帳簿に手をつける。
月が高く昇っても終わりそうにない。しかし確実に終わらせていき、あと少しで太陽が昇り始めるころ、文次郎による最終チェックが終わった。


「―――よし、これで終わりだ」
「お疲れ様です」
「ああ、お前もな」
「お前らもな。でお願いします」
「そうだったな、すまん」


長かった帳簿の記帳や計算が終わるとピリピリとした空気が消え、二人は肩の力を落として少しだけ目を瞑って休んだ。


「では私は皆を部屋に連れて行きます」
「手伝おう」


だけどすぐに立ちあがり、片づけを始める。
武蔵が三木ヱ門に声をかけ起こし、左門を背負う。
文次郎が一年生二人を起こさないよう抱き抱え、部屋へと連れて行く。


「三木ヱ門、まだ朝まで時間あるから部屋でゆっくり寝なさい」
「…す、…すみません、最後までお付き合いできず…」
「よく頑張ったよ。私は左門を連れて行くから君は一人で帰れるね?」
「はいっ」
「しっかり眠るんだよ。おやすみ」
「おやすみなさい、武蔵先輩」


頭を下げて部屋へ帰る三木ヱ門を見送り、武蔵は左門を部屋へと連れて行く。
同室の作兵衛、三之助を起こさないよう静かに布団を敷き、ゆっくりと横に寝かせてあげる。


「おやすみ、左門」


起こさない程度に頭を撫で、一旦会計委員会の部屋へと戻ると、既に一年生を戻した文次郎が片づけをしていた。


「これで次の予算会議も大丈夫ですね」
「油断するな。次は奴らにいらんお金を渡さんことを考えろ」
「そうですね、すみません」
「片づけは俺がやるからお前も帰って寝ろ」
「潮江先輩を見送ってからにします」


きっと見張っていないと、きっちり丁寧に片づけ、掃除までしてしまうだろう。
そういった雑用を先輩にさせるわけにはいかない武蔵はニコッと文次郎に笑顔を向ける。
あなたが帰らないなら私も帰りません。あなたが寝ないなら私も寝ません。私を帰らせたいならあなたも帰って下さい。
そういった意味が込められた笑顔だった。


「……解った、片づけは明日にしよう。俺も帰るからお前も帰れ…」
「お気遣いありがとうございます」


机周りや、大事なものなのは片づけ、二人揃って部屋を出る。
忍たま長屋までは途中まで一緒なので、文次郎が先に歩き、武蔵が一歩下がってついて行く。
太陽はまだ見えないが、月は山の向こうへ落ちていっている。そろそろ夜が更けるだろう。


「団蔵も左吉も早くなりましたね」
「早くなって当たり前だ。寧ろ早くならねぇとダメだろうが」
「きっと頑張ってる先輩を見てるからですね。二人とも真面目でいい子です」
「俺は別に何も……」
「見てる人は見てるってことです。では、私はこれで…。おやすみなさいませ、潮江先輩」
「あ、ああ…」


五年長屋と六年長屋の別れ道で武蔵は深々と頭を下げ、文次郎が背中を向けて歩き出すまで決して頭を上げなかった。
文次郎が武蔵の視界から消えて、そこでようやく頭を上げる。
文次郎もそれを知っているから早々といなくなる。


「明日、授業前に掃除するか。きっと早く来て掃除するだろうからな…」


そこで初めて大口を開けて欠伸をし、自室の戸を開けると自分の場所には布団が敷かれていた。
敷いてくれたのは言わずもがな。
ふんどしを見せて寝ている八左ヱ門を笑い、近寄って布団をかけてあげる。


「ありがとう、八左ヱ門」


朝まであと少ししかないが、武蔵は布団に入って深い眠りに落ちたのだった。


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