夢/とある女房の至福 | ナノ

会計委員会の段


「さて、委員会に行くか」
「…。武蔵、お前今日で何徹目だ?」
「まだ三徹目だが?」


本日の授業も終了し、武蔵は忍たまの友を持って立ち上がる。
隣の席の八左ヱ門が声をかけると、武蔵は一度視線を外し、頭の中で何徹してるか数えてから再び八左ヱ門を見て答える。
武蔵の目の下には隈ができており、心なしか眠たそうな顔をしていた。
だけどそんな雰囲気は出さないし、「眠たい」とも言わない。
友達として、「休んだほうがいいぞ」と言いたいのだが、彼が会計委員会に所属しているのでそんなことは言えない。
きっと言ったって彼は微笑むだけで絶対に休むことはしない。


「倒れない程度に頑張れよ」
「私は大丈夫だ。大体、潮江先輩が頑張ってるのだから、私が休むわけにもいくまい」


武蔵は二言目には「潮江先輩」と口にする。
彼が所属している委員会の委員長で、目標とする人物だから仕方ないのだが、一日に何度も聞かされる身としては「またか」と思い、苦笑しかできない。


「ともかく無理すんなよ」
「ありがとう、八左ヱ門。ではまた」


会釈をして教室を出る武蔵を、八左ヱ門は心配そうな顔で見送った。
武蔵とは同室で、予算会議間近になると帰ってこないのを心配している。
寝不足で倒れたりすることは今までなかったが、性格上口を出さずにはいられない。
じゃあせめて…。といつも武蔵の為に布団を敷いてあげる八左ヱ門だった。


「(一年生たちは限界だし、左門も今日で脱落するだろう。三木ヱ門はまだ大丈夫だが休ませてあげたい…。実習で疲れている潮江先輩だって楽にして差し上げたい。早めに行くか)」


廊下に貼られている紙のとおり、廊下を走ることなく自室へと足早に向かう。
五年生の忍たま長屋は教室から二番目に遠く、こういうときは少し困る。
途中下級生たちとすれ違うたびに「こんにちは!」と挨拶されるので、そのたびに「こんにちは」と会釈を返す。
武蔵は忍たまだが、武士の出身だ。礼儀には厳しく、自分も気をつけている。


「帳簿帳簿…」


八左ヱ門との部屋はついたてで二つに分けている。
一方は整然としており、一方は服や本などが散らばっている。誰が見てもどっちがどっちか解るだろう。
机に置いてあった帳簿と算盤を持ち、忍たまの友を変わりに置く。
すぐに部屋を出て、会計委員会の部屋へと向かった。
今日は早めに授業が終わったからきっと一番乗りだ。
後輩たちの負担を少しでも減らすために今日も頑張ろうと気合いを入れ、戸の前で一度足を止めて「失礼します」と声をかけてから戸を開いた。


「っと…。お疲れ様です、潮江先輩」
「ああ。どうした、今日は早いな。委員会までまだ時間はあるぞ」
「先輩と同じ理由です」
「そうか」


誰もいないと思った武蔵だったが、中には帳簿と睨めっこをしながら算盤を弾いている文次郎がいた。
一度もこちらを見ることなく武蔵に話しかけ、武蔵は答えながら文次郎の斜め前に座り、帳簿を開く。
武蔵が考えていることは大体文次郎も同じことを考えている。
鍛錬ばかりで甘えを許さない文次郎だが、誰よりも辛くて大変な仕事を一人で背負っている。弱音だって吐かない。
厳しい文次郎だが、後輩の負担を減らしてあげたいと影ではしっかり甘やかしていた。


「(さすがだ…)」


算盤を弾きながらも、文次郎の不器用な優しさにフッと笑みをこぼし、サラサラと筆を走らせる。
先輩が頑張っているのだから、自分も頑張りたい。
三徹目で眠気はあるものの、計算に集中する。
玉を弾く音と帳簿をめくる音だけが部屋に響き、廊下をけたたましく騒ぎながら次にやって来たのは四年の三木ヱ門と三年の左門。
迷子の左門を引っ張ってきた三木ヱ門は不機嫌そうな顔をして戸を開けたが、部屋に武蔵と文次郎がいるのに気付き、慌てるように左門から手を離し頭を下げた。


「お、遅れてすみません!神埼、お前も謝れ!」
「遅れて申し訳ありません!」


左門の頭を掴んで謝らせる三木ヱ門。左門は頭を下げたまま謝るのだが、武蔵は笑って二人の名前を呼んだ。


「委員会まではまだ時間あるから大丈夫だ。寧ろ今日は早いみたいだが?」
「はい。いつも神埼が遅刻するので私が迎えに行ったのです。それに武蔵先輩と潮江先輩にばかりご迷惑をおかけするのは」
「そうか、それは助かる。左門、しっかり三木ヱ門にお礼を言うのだぞ」
「………」
「左門、三木ヱ門が嫌いなのは知っているが、彼は先輩で君のことを思ってやってくれたんだ」
「…ありがとうございます、田村先輩」
「いや、これぐらいどおってことない」


生意気な後輩が棒読みでもお礼を言うのに三木ヱ門は見下した様子で鼻で笑うと、左門は反抗的な目を向ける。
三年生と四年生が仲が悪いのを知っているので、二人の様子を見ながら武蔵も飽きれて笑った。
その間も文次郎は喋ることなく筆を走らせている。
委員会中、文次郎はあまり喋ることがない。
喋らない間、部屋に重苦しい空気がのしかかり、下級生たちは無意味に緊張してしまうのだが武蔵が「大丈夫か?」などと声をかけたり、冗談を言ったりして緩和している。


「さあ、今日で終わらせよう。だけど無理のないように」
「「はい!」」


「失礼します」と頭を下げて部屋に入り、二人もいつもの席に座って帳簿を開いた。
再び沈黙が走るのだが、先ほどと同じように騒ぎながら一年生の二人が部屋の戸を開けた。


「もう左吉のせいで遅くなっちゃったじゃないか!」
「ハァ!?団蔵のせいだろ!僕は遅刻しないよう早めに出たんだぞ!」
「嘘つけよ!」
「団蔵ッ、左吉ッ!」


二人が口喧嘩をし、挨拶することなく敷居を跨ぐと、戸から一番離れた場所に座っている文次郎が二人の名前を怒気を含んだ声で呼んだ。
文次郎の声に三木ヱ門、左門が驚いてビクリと肩が跳ねる。
しかし二人以上に団蔵と左吉は驚いており、仲が悪いのに身を寄せあって「はいッ!」と反射的に返事をする。
キリよく計算をし終わった文次郎が顔を上げて二人を睨むと、眉間にはシワが三本ほど寄っており、怒っているのが解った。


「部屋に入るときは「失礼します」だろうが!前に武蔵に注意されたのを忘れたのかバカタレが!」
「「すみません!」」


文次郎も武蔵も礼儀にはうるさく、部屋に入る前には必ず「失礼します」と声をかけるよう後輩たちに教えてきた。
それを忘れ、二人が入ってきたので文次郎が二人を叱った。
前にもこんなことがあったが、そのときは武蔵が少し厳しく注意した。
それなのに二人はすっかり忘れていた。だから今度は同じ過ちを犯すことは許せない文次郎が怒鳴ったのだ。
怒鳴られた二人は廊下に戻り、「失礼します」と頭を下げてから部屋に入った。


「それから、謝るなら俺じゃなく武蔵に謝っておけ。教えたのは武蔵だからな」
「すみません、相馬先輩…」
「ごめんなさい…」
「反省したのなら構わないよ。次からは気をつけなさい」
「「はいっ」」
「うん、いい子だね」


ニコッと笑って褒めてあげると、二人は安心したかのように息をついた。
厳しい六年生と、優しい五年生。上級生をフォローする四年生と、下級生をフォローする三年生。そして、まだ甘えがあるがそれなりに楽しく学んでいる一年生。
こうして会計委員会はバランスよく成り立っている。



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