五ろの休日 今日は休日。とは言っても忍者に休日なんてものはない。 なので六年生は朝から鍛錬に励んでおり、五年生もそれぞれ鍛錬していたのだが、八左ヱ門の「そういえば委員会の仕事が…」という言葉に、全員が鍛錬を止め、休息へと入った。 朝から休息をとらず鍛錬に励んでいる六年生たち(主に文次郎、長次、小平太、留三郎の四人だが)を、共有の井戸端で手や顔を洗いながら見て、「化け物だな…」と三郎が呟く。 「さすが潮江先輩だ。他の先輩たちもたくましい」 「武蔵、お前は本当に真面目な男だな」 「何を言う三郎。体力が切れないというのは忍者にとって嬉しいことだろう?」 「はぁ……。こいつも五年の鍛錬バカだったな。さすが八左ヱ門と同室」 「なっ!俺は関係ねぇだろ!でも、鍛錬バカな武蔵も好きだぜ!?」 「八左ヱ門、ありがとう。お前は本当にいい奴だな。それに比べて三郎はダメだ」 「あはは!三人は仲良しだね」 「「何を言う雷蔵」」 「ほら」 「ぷっ…」 五ろの四人が談笑しながら長屋へと戻り、廊下に腰を下ろして休憩をとる。 五いの二人はお腹が空いたと食堂へ向かったので、当分帰ってこないだろう。 いつまで休憩とるかなどは決めず、八左ヱ門が放置していた虫かごを取り出して修繕を開始すると、武蔵も部屋から刀を取り出して手入れを始めた。 鞘から取り出すと、刃が太陽の光りを浴びて武蔵の顔を照らす。 その美しい光景をうっとりとした表情で見る武蔵を見た三郎は「刀バカ」と呟く。 いつもだったら三郎の小言にいちいち反応する武蔵なのだが、刀を手入れしているときの武蔵の耳は遠く、静かで穏やかな時間が流れた。 「いやー…眠くなってくるね」 「雷蔵、今寝たら夜寝れなくなるぞ」 「じゃあ本読み放題だ」 「蝋燭が勿体ないからダメ」 「三郎は結構細かいよね」 「君が大雑把なだけ」 三郎と雷蔵の二人が空を見上げながら他愛もない会話をする横で、八左ヱ門と武蔵は黙々と作業を続ける。 すると、どこか遠くから…一年長屋のほうから笑い声や怒鳴り声が聞こえて、三郎と雷蔵がクスリと笑った。 ある程度の手入れも終わったのか、武蔵も顔をあげ、「元気だな」と呟く。 「この声は団蔵の声だな。元気でなによりだ」 まるで保護者のような発言に、雷蔵は「あはは!」と声を出して笑うと、三郎が口を挟んできた。 「元気で何より。しかし、遊んでばかりで大丈夫なのか?」 いつもの軽い冗談からそれは始まった。 「遊んでばかりとは失礼だな。あまり得意ではないが、勉学にだって励んでいる。私によく質問にくるしな」 「それはそれは。だが、いつも聞いてばかりだと学習しないのでは?なんでも聞けばいいってもんじゃないだろう?それを解ってるくせに武蔵は団蔵に教えているのか?先輩としてどうかと思うぞ」 「指導は必要だ。それに、一緒に勉強しながら時には自分で考えるよう言っている。姿を見たことないのに気安くそんなことを言うな。それとも何か、三郎は団蔵が嫌いだったか?」 「いーや、後輩は揃って可愛いぞ。だが、優秀な武蔵には少し甘いんじゃないかと言っているんだ」 「その台詞、そっくりそのまま黒木に返したいな。あ、黒木はしっかりしているから大丈夫か」 「一年生なのにしっかりしているのも寂しいが、かなり優秀だぞ。さすが私の後輩だな」 「貴様は後輩たちの前だとはだらしなさすぎる。もっと後輩の手本になるような発言、行動をとれ」 「武蔵は真面目すぎるって何度呟いたか…。いいんだ、庄左ヱ門たちには私で反面教師してほしい。それに、やるときは私もやってるじゃないか」 「確かに黒木はお前を見て色々と学んでいるが…。指導が足りないと私は思う。もう少し声をかけたほうがいいと思うんだ」 「声をかけ、手にもかけている団蔵の字は指導不足で汚いままだがな」 「貴様、いい加減にしろ。私をバカにしているだけなら我慢できるが、後輩までバカにされるとさすがに我慢できん!」 「安心しろ、武蔵。私はお前で遊んでいる」 「よし解った。今綺麗にしたばかりだが、またあとで綺麗にしてやるぞ……。さぁ、首を出せ三郎」 「あーっ、もう!うるせぇよお前ら隣でごちゃごちゃと!喧嘩すんならどっか行け!いや、俺がどっか行く!」 「八左ヱ門どこ行くの?」 「ちょっくら厠へ。雷蔵、そこの二人どうにかしといてくれよな!」 「うん、任せて!」 六年生みたいに激しい喧嘩はしないものの、手作業で細かな作業をしている横でぐちぐちとあんな言い合いをされると、さすがに耳が痛くなってくる。 虫かごを置いて、厠へ向かう八左ヱ門に雷蔵は手を振って答える。 そのあと二人を見ると、 「……」 「…」 殺気をむき出しにした武蔵と、その武蔵を見てニヤニヤ笑う三郎が廊下で対峙していた。 いつの間に立ち上がっていたんだろう…と思いながら二人の名前を呼んで、ニコリと笑顔を作る。 「二人とも、喧嘩両成敗って言葉知ってる?」 これ以上喧嘩したら僕だって本気出すよ?とも聞こえる雷蔵の発言に、二人は持っていた武器をゆっくりおろし、元いた位置に座る。 「しかし雷蔵、これだけは確認していいか?一年生の中で一番可愛い、将来有望、努力家でたくましいのは団蔵だよな」 「何を言う。将来有望で、努力家、頭脳明晰なのは庄左ヱ門だ。なぁ、雷蔵?」 「まさか。それらの言葉は全部きり丸に相応しいよ」 ふわり。と、名前に負けず劣らず優しい笑顔を浮かべる雷蔵に、空気がピリッと冷たいものへと変わる。 「よかろう。では、会議を始めるか」 「ほんっと真面目だなぁ武蔵は…。のくせに人の話を聞かないのはどうかと思うよ。庄左ヱ門、彦四郎が一番」 「きり丸」 「頑固者だと今まで二人…まぁ主に三郎だが。言われてきたが、これだけは譲れん」 「……解った。ここは五年生らしく…」 「忍者らしく。勝負しようか。僕だってこれだけは譲れないからね」 一度沈黙が流れたあと、キィンと苦無が混じあう音が響いて、その場にいた三人は姿を消していた。 三つ巴の開始である。 ほのぼの学年だとか、優しい先輩たちだとか言われているが、やはり忍者。 殺伐とした空気が五年長屋に漂い、色々なところから手裏剣や苦無が飛び交う。 三人とも本気の本気。譲れない戦いではあるが、所詮は後輩自慢である。 「おほっ!?」 厠から戻ってきた八左ヱ門が驚きの声をあげ、「何してんだ!」と怒鳴る。 事情を聞いた八左ヱ門は大きく肩を動かして溜息を吐いたあと、額に青筋を浮かべ、珍しく怒って、 「テメェらいい加減にしろよ」 と低い声で三人の動きを止める。 八左ヱ門も雷蔵同様、あまり怒らせていい人ではない。 普段いい人、からかい甲斐があるだけに弄られポジションなのだが、だからこそそんな奴を怒らせてはいけないのだ。 三人は大人しく姿を見せた。 「雷蔵、俺は二人を止めてくれって言ったのになんで一緒に参加してんだよ」 「ご、ごめん…つい…」 「三郎、いつも武蔵で遊ぶなって言ってんだろ。限度を知れ限度を」 「……」 「武蔵はすぐに怒るな。五年生なんだから感情を消せ」 「申し訳ない…」 「ったく…。ほら、食堂からにぎり飯作ってきたら一緒に食おうぜ」 今度は呆れるように溜息をはいて、わざわざ作ってくれたおにぎりを出した。 大きくて不恰好なおにぎりだったが、八左ヱ門の優しさにそれぞれが笑って「頂きます」と八左ヱ門を見る。 「しかし厠のあとだと食べにくいな…」 「う、確かに……」 「八左ヱ門、手は洗ったよな?いや、私はお前を信じているんだが」 「ちゃんと洗ったわ!いいから食え!」 ( TOPへ △ | × ) |