言わなくても…の段 今日の委員会は、委員長文次郎の不在で行われた。 しっかり者の武蔵と三木ヱ門がいるので、問題なんて起こさないだろうと、文次郎は安心して実習へ出かけて行った。 それが昨晩のことで、あれから丸一日経った。 委員会を終わらせ、あとは文次郎の確認だけを残して解散。 今晩に文次郎が帰ってくることを知っていた武蔵は、仕上がった帳簿などを持って、六年い組の部屋へと向かう。 文次郎から、「できたら机の上に置いておいてくれ」と言われたからであって、本来ならあまり近づかない部屋。 「失礼致します」 部屋の主である文次郎、仙蔵がいないのは知っているが、礼儀として頭を下げ、一声かけてから戸を開けた。 「…ちっ」 「……。お帰りになっていたのですか」 しかし、中には怪我だらけの文次郎が横たわっていた。 まだ忍務用の服を着ており、破れた服からは血が滲んでいる。 命に関わる怪我ではないようだったが、出血が酷く、怪我の数も多かったため、自分自身で治療するには時間がかかるようだった。 「気配を消すんじゃねぇよ…」 「忍たまとは言え、五年生ですから」 開けていた戸を閉め、持っていた荷物を出入り口付近に置いて、文次郎に近づく。 文次郎は嫌そうな表情を浮かべたが、特に抵抗することなく怪我した腕を武蔵に出した。 「……」 「…」 何があったかなんて聞かない。文次郎が言うこともないし、武蔵が聞くこともない。 黙って武蔵が文次郎の手当てをし、文次郎も黙ってそれを受ける。 包帯を巻く音だけが静かな部屋に響き、最後に解けないよう縛ってから、一歩後ろに下がって包帯などの道具をさっさとしまう。 「今夜はゆっくり休んで下さい」 持ってきた荷物を持ち、静かに立ち上がって戸を開ける。 帰っているなら報告しようと思ったが、今の文次郎に報告はできない。 いや、報告すれば文次郎は聞いてくれるだろう。文句を言うことなく、真面目に、いつものように…。 だが、それだとゆっくり休むことができない。だから持って帰る。 「悪いな」 「いえ。それと……」 持ったはずの荷物をまた置いて、部屋をあとにする。 文次郎は溜息を吐いたあと、脱ぎかけていた服を全部脱ぎ、部屋の隅に投げた。 脱ぐだけなのに身体に痛みが走り、声をもらすことはないが、表情を歪める。 「失礼します。潮江先輩、どうぞ」 「……ああ、すまんな」 持って来たのは、武蔵が使っている切り傷用の塗り薬。 ある程度の治療は武蔵にしてもらったが、武蔵には見せてない傷はまだたくさんある。 見せたくないという最上級生としてのプライドがあるからだ。 それを解っている武蔵は、無言で渡し、それと一緒にいつものお茶も渡した。 痛む腕を伸ばし、武蔵が淹れたお茶で喉を潤すと、文次郎の眉間からシワが消えた。 「お前の淹れるお茶はホッとするな…」 気が緩んだ台詞に、武蔵の顔が熱くなった。 文次郎が人を褒めることなんて滅多にない。 いや、褒めることはあっても、こうも直球に褒めることがない。 いくら冷静沈着な武蔵でも驚いてしまい、そして照れ臭くなった。 尊敬する先輩に褒められるのはいつまで経っても慣れない。 「そ、そうですか…。ありがとうございます。では今度こそ…」 「ああ。すまんな」 「失礼します」 目を合わせることができなくなってしまった武蔵は頭を下げ、部屋をあとにした。 「この塗り薬…。新品じゃねぇか…」 自分と同じく、言葉少ない優しい後輩に、ふっと笑みをこぼした。 ( TOPへ △ | ▽ ) |