忍務の段 !注意! 忍者してます。暴力・流血表現あります。 それと、「ひょうとう」の正しい漢字変換ができていません。当て字を使わせて頂いております。 「どうして貴様となんだ…」 「仕方ないだろう、先生がそう仰ったんだから」 「お前と組むぐらいなら一人のほうが幾分マシか…」 「まぁそう落ち込むな。元気出せ、武蔵」 「貴様のせいで落ち込んでいるんだ!」 深い森の中を二人の忍びが走っていた。 一人は口布をきちんとあて、既に疲れきっている顔で隣を走る仲間を睨みつける。 睨みつけられた仲間、三郎は口布を取ってニヤリと笑う。 その顔に余計腹を立て、腰に差していた刀に手を伸ばす武蔵だったが、今が忍務中なのを思い出し、止めた。 「今更文句を言っても仕様がない。さっさと終わらせて八左ヱ門たちと合流しよう。三郎、忍務内容は覚えているか?」 「何だっけ」 「……」 「冗談だ、そんなに睨んでこなくてもいいだろう?」 「冗談を言う場面か?いい加減にしなければ敵もろとも貴様を斬るぞ」 「はいはい、気をつけますよっと」 真面目すぎる武蔵と、不真面目すぎる三郎のコンビはいいものとは言えない。 三郎は武蔵をからかって遊ぶし、武蔵も三郎の言葉にいちいち目くじらを立ててしまう。 何故この二人がコンビを組まされたかは武蔵自身も不思議に思う。 「『盗賊と手を組んで子供や女を誘拐し、殺している城を潰すこと』。大まかだがこれが今回の内容だ」 武蔵が前方を睨みながら話すと三郎も黙って頷き、二人揃ってとある大木に飛び乗り、上へと目指す。 二人とも身軽のもあり、あっという間に森全体を見回せる頂上へ辿り着き、遠眼鏡を懐から取り出した。 「―――あれだな…」 「城というより、屋敷だな」 「ここらへんの地主らしい。故に私たち二人で侵入し、頭もしくは全員を殺す」 遠眼鏡で屋敷を確認しながら喋る二人。 三郎が真面目なときは特に問題なく進むことができるし、武蔵も普通に会話することができる。 お互い頭の回転が速いのもあり、作戦内容もあっという間に組み立てられる。 身軽だから動きも早い。毎日のように戯れて(武蔵が三郎を追いかけているだけだが)いるから、お互いの動きが解る。 五年の中で雷蔵、三郎の二人が一番コンビネーションがいいが、三郎と武蔵もそれなりにいい。 屋敷を守備している人数を把握し、お互いの動きや作戦を確認したあと、二人は頷いた。 「最後の確認だ。頭だけ潰すのと、全員潰すのどちらがいい?」 「勿論、武蔵と一緒だ」 「そうか。ならば全力であいつらを潰そう」 「いやー、私たちは相思相愛だな」 「ついでに貴様も潰してやるから、せいぜい私に殺されないようにな」 「ははっ、気をつけるよ」 武蔵は刀を握る手に力を込め、三郎は口布で顔を隠した。 一度屋敷を見降ろし、葉が枝から離れた瞬間、二人の姿はその場から消えていた。 「(屋敷の周囲は三郎が消し、私は庭の侍を消す。騒ぎになって敵が屋敷から出てきたところを三郎が侵入して、頭を殺す)」 既に三郎と別れた武蔵は屋敷の近くまで来ていた。 森から屋敷の様子を探り、三郎が動くのを待つ。 屋敷の周囲を守備しているのは門番を合わせても数十人程度。一人か二人を殺したのを確認してから侵入しよう。 そう思って鞘から刀を抜き、森から音もなく姿を現わした。 目の前には守備をしている兵。武蔵に気づいて刀を構えようとした瞬間、喉に標刀(ひょうとう)が刺さり、声を出すことなく倒れた。 武蔵は倒れる人間を台にして屋敷の塀を飛び越え、中庭に侵入成功。 突然の侵入者に、中庭にいた武士たちは声を失ったが、武蔵が刀を構えて近くにいた一人を斬ると全員が抜刀して武蔵に剣先を向ける。 「な、何奴だ!」 「ここに侵入するとは愚かな…!」 「(あとは三郎が侵入して、頭を潰すだけだ。私は派手に暴れるだけ)」 「どこの手先だ!おいッ、喋らんか!」 「門番はどうしたんだ!」 「それより人集めろ!こいつを捕まえるんだ!」 とは言っても、武蔵はあまり派手に暴れるのが好きではない。 忍者とは、忍んで、逃げて、情報を持ちかえるのが仕事だからだ。敬愛する文次郎からもそういう風に指導されてきた。 だけど今日は違う。忍務を遂行するため、派手に暴れて敵の注目を引かないといけない。 どうやって注目を引けばいいか解らない。あまり派手に暴れすぎると、自分一人では倒せないほどの敵が集まってしまう。 それだと本末転倒だ。いくら刀で負けない自信があっても、敵の数には勝てない。 背中は壁に預け、刀を鞘にしまい足を肩幅と同じぐらい広げて、今すぐにでも抜刀するような態勢をとる。 「ハッ!この人数に観念したか。さあ、誰の命令で―――」 一人の男が武蔵を嘲笑いながら近づき、捕まえようと手を伸ばすと、その手が一瞬にして消えた。 少しの間静寂が流れたが、すぐに男の悲鳴が夜空に響き、ドッと鈍い音を立てて斬られた腕が地面に落ちた。 武蔵は先ほどと変わらず抜刀しておらず、ほぼ丸腰状態。 「こ、この野郎ッ…!」 「何をしやがった!さては物の怪か!?」 「何をしている!全員でかかれ!捕まえなくていい!殺せッ!」 雄叫びをあげて武蔵に襲いかかる武士たちだったが、誰一人武蔵に触れることなく倒れていく。 派手に自身や武蔵、地面や壁を赤く染める敵だが、武蔵だけは無傷。 俯いた状態で誰にも視線を向けていない。しかしその目は静かに光っていた。 何かに集中しているのが解る。 敵がとある境界線を越えて自分の領域に入った瞬間、常人が見えない速度で抜刀し、すぐに収める。 これが武蔵の戦闘スタイル。忍者というより、居合いの達人だ。 しかし狙うのは人体の急所である、喉や動脈ばかり。一撃で敵を倒している。 騒ぐのは周りばかり。武蔵はいつも以上に冷静で、そして静かだ。 「武士の情けとして最後に名前を聞いておこう」 襲いかかってくる敵は全て殺した。 出血多量で死ぬ者もいれば、首を吹っ飛ばされて死んだものもいる。 一瞬で殺していた武蔵だったが、最後のほうには体力も集中力も切れ、一撃で倒すことができないでいた。 そのせいで武蔵の目の前には苦しそうに息をしている武士が寝転んでいる。 刀を武士の心臓に突き立て、そう言ってあげると、彼は悔しそうな顔で血を吐いたあと、名乗った。 「恥じることはない。お主は立派な武士だった。―――御免」 これが武蔵の敵への誠意だ。忍びではなく、ただの武士として一人の武士のトドメをさした。 心臓に刀を突き刺したあと、武士は静かに息を引き取り、武蔵は死んだことを確認して刀を死体から抜いた。 「さて、残りは貴様らだけだ。早くかかってきたらどうだ?」 武蔵の周りには死体ばかり。その死体の向こうには武蔵の強さに恐れをなして震えている武士が数名いた。 武蔵が話しかけると肩がビクリと震え、剣先も焦点合わず震えている。 「彼らは武士らしく私に挑み、そして散っていった。貴様らも武士なら覚悟を決めろ」 鋭い視線を向けると彼らは声をあげて武蔵から逃げだした。 その瞬間、武蔵の身体から殺気が溢れ、地を蹴って彼らに向かって行く。 誰よりも早く走る武蔵はあっという間に彼らを追い抜き、そして追い抜かれた彼らは喉から大量の血を噴き出した。 何が起こったか解らない彼らは、吹き出る己の血を止めようと手で押さえるのだが、勢いが強すぎるため止まることはない。 そして、解らないまま彼らの命も散っていくのだった。 彼らの傍には冷たい目をした武蔵が彼らを見下ろしている。 キンッと音を立てて刀を鞘に戻し、口布を外す。 「背中を向けた時点で貴様らはもう武士ではない」 武士として育った武蔵として、彼らの行動は武士らしくなかった。 武士とは、常に死の覚悟をしないといけない、誇り高いものだ。 なのに彼らは自分に挑んでくることなく、しかも一番やってはいけないことをしてしまった。 真面目な武蔵にとってそれは許されないこと。 トドメをさしてあげたときの慈愛も慈悲もなく、手にかけた。 「そう言う武蔵は忍者だけどな」 軽い口調で話しかけてきたのは相方の三郎。 塀の上に足を組んで座っており、武蔵の様子を眺めていた。 「うるさい。上げ足を取らずに早く戻れ」 「もう終わったさ」 得意武器の標刀を手に持ったまま、屋敷を指さす。 さすが、五年とは言え六年をも凌ぐと噂される天才児。 実力は認めているが、その性格が好きになれず、素直に「さすがだな」と言えず、「そうか」とだけ答えた。 そんな武蔵の性格を知ってか、三郎は口端をあげて笑い、塀に登る。 「さて、帰るか」 「ああ」 トンッと軽く蹴って屋敷から脱出する二人。 屋敷には誰一人生きている人間はおらず、ただ静かに宵の時間を過ごすのだった。 ( TOPへ △ | ▽ ) |