夢/とある女房の至福 | ナノ

新しい後輩


「は、初めまして相馬武蔵先輩。僕、一年は組の皆本金吾です!」


武蔵が廊下を歩いていると、目の前からプニプニした可愛い後輩が緊張気味に話しかけてきた。
すぐにしゃがんで視線を合わせてあげて、ニコリと忍者とも武士とも言えない優しい笑顔を向ける。


「初めまして。は組ということは、団蔵と同じ組みかい?」
「はいっ」
「その君が私に何の用だろうか?」


自分で言うのもあれだが、武蔵はお世辞にも近寄りやすい先輩ではない。
文次郎に似て堅物だ。と何度も三郎に言われたし、自分でもそう思う。
間違ったことは大嫌いだし、不真面目な奴も嫌い。おまけに委員会メンバーの前や五年の前以外ではよく笑ったりするが、他の人間の前だとあまり笑うことはない。
故に武蔵はあまり後輩との接点がなかった。それなのに団蔵と同じ組みの金吾が話しかけてきた。
できるだけ優しく、団蔵に話しかけるように、威圧感を与えないように…。いつも以上に自分の声色や態度、表情に気を使って首を傾げると、金吾は照れ臭そうに俯いた。


「あ…えっと……。武蔵先輩は…刀が得意だと…、団蔵から聞いて……あの……っ。僕…」


できるだけ自分の口から言わせてあげたかった。
だけど、恥ずかしさのあまり口ごもっている金吾を見て、武蔵が口を開く。


「皆本も刀を使うのかい?」
「は、はいっ。実家が武家なんです」
「そうだったのか。私の実家も武家だよ」
「そうなんですか!?だから刀が得意だって…」
「得意と言った覚えはないが、自信はある」
「……そ、それでですね…。ぼ、僕…」
「…自惚れではないなら、私に刀の筋を見てほしいのかい?」


金吾の両手をとって、「ん?」と聞いてあげると、金吾は笑顔を見せて元気よく「はいッ」と答えた。
武蔵も笑って立ち上がり、道場へと歩き出す。丁度向かおうと思っていたので時間の問題はない。


「団蔵が武蔵先輩に刀を持たせたら忍術学園一だって自慢してたんです」
「そんなことないよ。私もまだまだ修行の身だし、六年生に比べたら…」
「え?でも、七松先輩も「刀のことは武蔵に聞け!」って言ってましたし…」
「あの方は…。自分のほうが強いくせに…」
「そうなんですか?でも七松先輩、刀はからっきりだって…」
「そうだとしても、あの方も一応武家の出身だよ」
「えぇーッ!?」


過剰すぎる金吾の反応に、思わず笑ってしまう武蔵。
あの小平太が武家出身なんて思ってもなかった。という心の声が手に取るように解った。
そこまで小平太のことを知っているわけではないが、確かそうだったと昔のことを思い出しながら、隣をついて歩く金吾に歩調を合わせてあげる。
小平太の話を軽くしたあと、すぐに刀の話に戻る。
二人とも武家出身もあり、あっという間に仲良くなった。
刀のどこが素晴らしい、武家は色々と大変だなどなど…。自慢や賛同、時には愚痴を話していると道場をいつの間にか通り過ぎて、慌てて戻る。


「私は居合いが得意なんだ」


木刀を取り出し、鍛錬の準備をしながら武蔵は自分のことを話しだす。
武蔵は刀に関しては五年で一番の実力を持つ。刀だけは大嫌いな三郎に負けたことがないと若干皮肉を込めて言ってしまいたが、金吾は特に気にしていなかった。


「なぜ、居合いなんですか?抜いた状態のほうが早く斬れますよ?」
「抜刀状態からでも戦えるが、居合いのほうが集中力が増すんだ」
「へー…」
「これは鍛錬を積み重ねないと解らないものだよ。さ、そろそろやろうか。皆本、かかってきなさい」
「はいっ。よろしくお願いします!」


気合いが入った掛け声とともに向かってくる金吾を軽く避けたり、受けたりしながら優しく指導してあげる武蔵。
時には「大丈夫か?」と気遣ってあげたりする。だけど金吾は真面目な顔で「大丈夫です」と答えるので、武蔵も無理に休ませようとはしなかった。
初めて、委員会の以外の後輩に頼られた武蔵は嬉しくて、指導中にも関わらず口元を緩ませる。


「脇が甘い、もっと集中しなさい」
「はいっ」


委員会活動が始まるまで、道場から金吾の気合いの掛け声が消えることはなかった。




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