夢/とある女房の至福 | ナノ

一瞬の本気と


会計委員会がとある部屋の縁側で、のんびり過ごしていた。
しかしギンギンに忍者している文次郎には無理な話で、少しの間まったりしたあと一人で勝手に鍛錬を始めだした。
最初はそれを見ていた会計委員メンバーだが、お茶を飲んで身体の疲れを癒した団蔵や左門が文次郎に組み手の相手をしてくれと頼み、文次郎は「よかろう!」と答えて付き合ってあげる。
団蔵と左門に続き、左吉や三木ヱ門も相手をしてもらい、最後は武蔵の出番。
下級生相手に指導するような雰囲気も、四年生相手に手加減してあげるという雰囲気もない。
五年生相手には容赦のない文次郎は少しだけ殺気を飛ばして、目の前で構えている武蔵を睨んでいた。


「どうした武蔵。さっさとかかってこんか。それともお前は、敵を前にして逃げるというのか?」
「忍びなら、それも必要かと思います」
「ああ、そうだな。では言い方を変えよう。敵を前にして逃げるのがお前の武士道か?」


誰が見ても解る挑発に武蔵はフッと口元で笑い、姿勢をさらに低くさせ、自分も少しだけ殺気を飛ばして文次郎を睨みつけた。
武蔵はあまり戦いたがらない。それが忍びであると尊敬する文次郎に教えてもらったし、自分もそう思うからだ。
それに、文次郎や留三郎みたいに好戦的な性格ではない。人を傷つけたいとも思ったことない。
だが、あんなことを言われてしまえば、滅多につかない炎が燃え上がる。
挑発に乗らないよう、冷静さを取り戻すように深呼吸をしたあと、フッと姿を消した。
縁側で二人を見ていた会計委員会は目を疑うが、三木ヱ門が「仕掛けた」とこぼし、慌てて文次郎に視線を向ける。


「本当に貴様は単純な男だな、武蔵」
「潮江先輩ほどではありませんよ」
「にしてもお前はいつも真正面からだな。もうお前の行動は解ってるぞ」
「ええ、でしょうね。しかし、これは組み手です。卑怯な真似はしたくありませんし、実際こういう敵と対峙したときの対応ができます」
「生ぬるいことを…。………ああ、余裕か?」
「そうかもしれませんね」


激しく身体を動かしながら会話を続ける二人。
地に手をつけ、腰を捻りながら蹴りを食らわすも、紙一重で回避して武蔵に襲いかかる文次郎。
解っていた武蔵は既に身を引いており、文次郎から距離を取りながらも視線だけは絶対に外さなかった。
先の先の、先の展開まで考えている二人の動きに無駄はなく、素早いこともあり、見学していた一年生の二人は目を回している。
左門と三木ヱ門も追うのが精一杯で、どんなことをしているのかまでは見れなかった。


「どうした、息が切れ始めたぞ」
「……」
「ふん、まだまだだな武蔵!」


あれだけ何十分も動けば、誰であろうと息は上がる。
バレないように隠していたが、文次郎にはお見通しで、息が切れた武蔵に向かって殴りかかる。
しかし、それより早く武蔵の拳が文次郎の頬をかすめた。
息が上がったのは演技だったのだろうか。いや、切れているのは事実。きっとこの隙をついて狙ってくるだろうと予想し、カウンターを狙っていたのだった。
文次郎はチリッと痛む頬を目で見たあと、武蔵に視線を戻すと、彼は「勝った」と言うように目を細めている。
瞬間、文次郎の瞳孔が猫の目のように細くなり、歯をうっすら見せて笑った。


「ッ武蔵先輩!」


逃がさないように武蔵の服を掴み、喉仏を潰そうとしたが、三木ヱ門の声に理性を取り戻し、軌道を変えて顎に近い頬を殴って武蔵を吹っ飛ばした。
全員が慌てて武蔵にかけより、身体を起こしてあげると、武蔵は苦笑しながら「大丈夫」と笑って見せる。
さすがにやり過ぎた…。と思っていた文次郎だったが、あまり痛そうにない武蔵を見て、フッと笑う。


「お手合わせ、ありがとうございます」


団蔵が持ってきてくれた手のぐいを頬にあて、文次郎に頭を下げる。
文次郎は三木ヱ門が持ってきてくれた手のぐいを肩にかけ、「おう」とだけ答えた。
団蔵が心配そうに武蔵の周りをウロチョロしながら、縁側に腰を下ろした武蔵の隣に座って心配そうに見上げると、武蔵は頭を撫でてあげる。
左吉がお茶を出し、左門も目の前にしゃがんでジーッと見つめる。
三木ヱ門と文次郎が少し離れた場所で並んで座り、左吉がお茶を出すと、武蔵の笑い声が届いた。


「そんなに目を回したのかい?」
「だって早いんだもん…。左吉だってよく見えないって言ってたし、神崎先輩も見えませんでしたよね?」
「僕は団蔵より見えてた!」
「嘘ばっか…。でも凄かったです!潮江先輩も格好いいし、武蔵先輩も格好よかったですッ」
「そう、ありがとう団蔵。でもこの状態で言われてもあんまり嬉しくないかな」
「ケガしてても、武蔵先輩は格好いいです!」
「僕も!潮江先輩の相手をできること自体が凄いですし、羨ましいです!」
「いつか左門も団蔵も強くなるよ。二人とも筋がいいからね」
「あ、あの相馬先輩…。僕もちゃんと忍者らしく強くなれるでしょうか…」
「ああ、勿論だとも。三木ヱ門もね」
「……ありがとうございます、武蔵先輩」


元気よく大きな声で自分を「尊敬する」と言ってくれる団蔵に、向上心が強い左吉。
団蔵と同じく素直で真っ直ぐな左門と、照れ臭そうに笑う三木ヱ門を見たあと、文次郎と目を合わすと、彼もまたこの空気を楽しんでいるように珍しく眉間にシワを寄せておらず、黙って目を瞑っていた。
そんな文次郎を見て、武蔵も微笑むと、五年と六年にしか解らない矢羽音が飛んできて、さらに笑みをこぼすのだった。


『お前も強くなったな、武蔵』






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