天敵の段 「うん、大丈夫。なかなか計算が早くなったね。凄いぞ、団蔵」 「やった!ありがとうございます、武蔵先輩!」 「おい武蔵」 「はい?」 今日の委員会も静かに進んでいた。 団蔵が練習でつけていた帳簿と計算を見て、間違いがないかチェックをする。 団蔵は計算が遅かったり、字が汚かったりするが、間違いはあまりない。真面目にやればできる子だ。 褒めてあげると団蔵は喜んで席へと戻る。 それと入れ代わりで委員長の文次郎が武蔵の名前を呼ぶ。 真面目な声色だったので、武蔵も気持ちを切り替え、「何でしょう?」と身体の向きを変えると、一枚の紙を出された。 「また学級委員長委員会の奴らが俺らの頭上で計上しやがった…!」 学級委員長委員会はよく内緒で、そしてバレないようこっそりひっそり茶菓(さか)代を計上している。 しかも顧問が学園長だから、あっさり通ってしまう。 お金の管理に厳しい文次郎にとって、許されないことである。 何度注意しても、彼らは…特に鉢屋三郎は楽しんで計上する。性格の悪い男である。 「…」 学級委員長委員会の言葉を聞いた瞬間、武蔵の目は今までにないほど鋭くなり、紙を睨みつける。 若干だが、部屋にも重たい空気がのしかかり、異変を感じた団蔵と左吉、左門は顔を見合わせ、身を縮こませる。 三木ヱ門も驚いていたが、今の武蔵に声をかける勇気がない。 しかし文次郎だけは変わらない。いや、武蔵と一緒に怒っていた。 「あれはお前の同級生だぞ、どうにかしろ」 「解りました」 文次郎から紙を貰い、すぐ横に置いてあった刀を手に取って姿勢よく立ち上がる。 武家出身ともあり、武蔵は姿勢も仕草も丁寧だ。立ち上がるのも剣道の決まりのように順番通り足を動かしてから立ち上がる。 普段は「丁寧だな」と思う仕草も、今日だけは何だか恐ろしい。今から「死合い」が始まるようで。 「ど、どうして刀を…?」 「少しな。先輩、暫くの間失礼します」 「おう」 静かに出て行く武蔵を見送り、三木ヱ門は文次郎に話しかけた。 「あの…。武蔵先輩はどうして刀を持って行かれたのですか?」 「……ああ、お前たちは知らなかったな。あいつ、鉢屋と仲が悪いんだ」 「…それで刀を?」 筆を置いて少し笑う文次郎。 「なんなら見に行って来い。あれも、あいつの本性だぞ」 「あ……いえ、遠慮しておきます…」 「なら、駄弁ってないで手を動かせ」 「はいっ」 刀を持った武蔵は次第に歩くスピードがあげていく。 刀を握る力も入り、殺意も湧いてくる。 「冷静になれ」と思うが、今から向かう場所のことと、三郎のことを考えると、どうにも冷静になれない。 ダメなのは解っている。自分がこんな性格の人間じゃないと否定するが、現に殺意は芽生え、育ち、抑えようもない。 ついた場所は学級委員長委員会が会議という名の雑談会を開いている教室。 戸の前で深呼吸をし、「失礼」と声をかけると間の抜けた同級生の声がした。 「誰だ?」 「―――覚悟しろ、三郎」 深呼吸をし、己を律したつもりだったのに、だらしのない顔と声を聞いた瞬間、身体が自然と抜刀しており、声とともに三郎に斬りかかった。 「何だ、随分な挨拶だな、武蔵」 「黙れ。大人しく私に斬られろ」 「それは困る」 「あ、武蔵じゃん。どうしたの?」 「勘右衛門、食べながら歩くなと何度言ったら解るんだ!」 「あはは!ごめん、ごめん」 しかし三郎の白羽取りで刀を止められ、斬ることができなかった。 斬ろうと力を込める武蔵と、斬られまいと押し返す三郎。 会話をしながら争っていると、二人の間横から小さな忍たまが顔を出した。冷静さに定評のある男、黒木庄左ヱ門だ。 「鉢屋先輩のお知り合いですか?」 「わお、この状況でそんなこと聞くなんて、冷静通り越してるね、庄ちゃん。そ、この人は私と同級生で同じ組の相馬武蔵だ」 「貴様に名前を呼ばれるとこんなにも不快になるんだな…。すまない、死んでくれるだろうか?」 「見ての通り、武蔵は私のことが大好きで大好きでたまらないんだ。ただ、感情表現が潮江先輩同様不器用でな、こんな物騒なことしか言えないが、後輩には優しいよ」 「三郎、今すぐ切腹の準備をしろ。私が介錯してやる。だが、怒りで震えているから手元が狂ってしまうがな」 「お二人とも仲がいいのですね。こんなところ立ち話もあれなのでどうぞ中へ」 「……なかなか冷静な子だな…」 「ちょ、ちょっと待て武蔵!手が斬れてる!斬れてるから!」 ちょっ富松。 「どうぞ」 「すまない、ありがとう」 部屋へ入った武蔵は、庄左ヱ門にお茶を出され、丁寧に頭を下げて怒りを抑えるようにお茶を飲んだ。 「結構なお手前で」 「ありがとうございます」 武蔵はお茶を淹れるのも、飲むのも好きだ。 庄左ヱ門が淹れたお茶に口元を緩ませ、湯呑みを横へと置いて目の前に座る庄左ヱ門を真っ直ぐ見つめた。 庄左ヱ門も湯呑みを置き、話を聞く態度を整える。 「会計委員として予算のこと、茶菓代のことで話をしに来た」 「またか…。武蔵、私とお前の仲だろう?少しぐらい許してくれてもバチは当たらんぞ」 「私と貴様の間には、「赤の他人」というものしかない。それに、学級委員長委員会だけ緩めることはできん」 「えー…。でも俺たちの委員会をきっかけに、潮江先輩はもっと他の委員会に予算をあげるようになればよくない?」 「おお、それはいいな!武蔵、どうにかしろ」 「貴様らは少し黙っておれ!それとも今すぐ刀の錆にしてやろうか!」 「「黙ってまーす」」 三郎も勘右衛門もちゃらんぽらんな性格だ。おまけに楽しいことが大好き。 いくら武蔵が真面目な話に来ても、二人は真面目に聞こうとせず、茶化してばかり。 再び抜刀した武蔵は二人を睨みつけ、その場に正座をさせて説教をする。 刀を持っている武蔵に勝てない二人は、大人しく正座はするものの、顔は全く反省していない。説教も右から左に受け流しているのが第三者から見ても解った。 「えっと、相馬先輩…でしたよね」 「すまない、黒木。ついこいつらの前だと冷静でいられなくなってしまってな…」 「鍛錬が足らんぞ!」 「あははー、三郎似てるー」 「黙れ!」 「先輩方は少し黙って頂いててよろしいですか?」 真面目な顔でキッパリ言う庄左ヱ門に、さすがの二人も大人しくなった。 黒いわけではない。真面目な話をしに来た武蔵に失礼だからと、先輩相手であろうと諌めるのだ。 「すみません、相馬先輩。何でしょうか?」 「凄いな…」 庄左ヱ門に驚いたが、用件の予算のことを話した。 計上するのは構わないが、ちゃんと会計委員会を通してほしい。 普段の茶菓代は学園長の懐から出されているし、来客の接待で茶菓代が必要なのは知っている。だから別にこっそり計上しなくてもいいんだ。 それなのに何故三郎はこっそり計上している。それは困るし、どうせバレるのだから止めてほしい。 言いたいこと、伝えたいことを全て庄左ヱ門に伝えると、庄左ヱ門は顎に手を添え、「そうですね…」と呟く。 今まで喋ることなく黙って庄左ヱ門の横に座っていた彦四郎の顔を一度見て、コクリと頷く。 「解りました。ご迷惑ばかりおかけして、大変申し訳ありませんでした」 「いや、解ってもらえたのなら問題はない」 「先輩、次からはちゃんと計上しましょう」 正座をして反省している素振りを見せてる二人に顔を向けると、二人は不満そうな表情を浮かべた。 二人の顔を見た瞬間、イラッと殺意が芽生えたが我慢することに。 「でもどうせ却下されるんでしょー?俺たくさん食べたいからやだー!」 「上がいいって言うんだからよくないか?私、無駄なことは嫌いなんだ」 「ですが、会計委員会の人たちも困ってますし」 「この学園の長である方がいいって言ってるんだ。どこに問題がある?」 「そうそう!」 「ええい!話をしながら菓子を食うな!散らかすな!こぼすな!」 「あ…」 「勘右衛門、こぼしすぎだ」 「貴様もだ三郎!大体、先輩というのは後輩の手本となるべきものだ。なのに貴様らはどうだ!下級生、しかも一年に面倒見られているではないか!」 「ぷぷっ!なんだか武蔵が潮江先輩みたい…!」 「必死すぎだな」 「―――」 笑う二人に、プチンと我慢の糸が切れ、刀に手を伸ばし、すぐに抜刀した。 武蔵は居合いが得意で、相手に逃げる時間を与えず殺すことができる。 今回も二人が逃げ出す前に首に狙いを定めて斬りかかった。 刀が通ったあと、風が流れ、二人の薄皮が切れて血が滲む。 「次は落とすぞ…」 首を。とは言わず、刀を鞘に戻し、庄左ヱ門に向き直ってお茶を飲み干す。 「先輩、是非ここへ入りませんか?お二人の扱いにも慣れていますし」 「すまない黒木。私は会計一筋なんだ。では失礼する、お茶うまかった」 「何もお構いすることができずすみません」 「いや、黒木と話せてよかったよ。おい、貴様ら邪魔だ」 入口付近で正座していた二人を睨んで、どかせようとするが、元々そこに座らせたのは武蔵だ。 そんな武蔵に二人が「理不尽!」と文句を言うもの、彼の一睨みによって口を閉ざして見送った。 「おかえりなさい、武蔵先輩」 「話はつけてきたか?」 戸を開けるとすぐに三木ヱ門が声をかけ、下級生たちも「お帰りなさい」と出迎えてくれた。 やはり会計が一番落ち着く。と息を吐いて、席へと戻る。 刀を置き、帳簿を開きながら文次郎の質問に答えた。 「一年の黒木とつけてきました」 「は?鉢屋はどうした?」 文次郎の言葉に一瞬目を見開き、すぐに鋭くさせる。 「あれでは話になりません」 冷たい言い方、声に文次郎はそれ以上追求することはしなかった。 そしてその日は珍しく武蔵の機嫌が悪く、会計委員室は静かだったという。 ( TOPへ △ | ▽ ) |