夢/とある後輩の災難 | ナノ

無意識な過保護


千梅が小平太に連れられ戻って来た。
千梅の治療は治療班に任せ、何があったかなどの報告は小平太が行う。
彼らを助けてやることはもうできない。組頭の庄原も「そうですか…」と暗い表情で俯いたあと、小平太に千梅が任された忍務を頼んだ。
千梅が気になったが、自分にできることはないので「解りました」と答えて、忍務を遂行するために城をあとにした。
千梅の背中からの出血はそれなりで、出血による死はなさそうだった。
しかし、傷口は熱を持ち始め赤く染まっている。おまけに左肩から右肩へ一直線に斬られているので、傷が広い。油断すれば感染症にかかるかもしれない。
部屋を清潔に保たないといけない。定期的に包帯を変えないともいけない。
当分の間、寝返りをうつこともできない。苦しいのはここからだと医療班の仲間は組頭に伝え、小平太の同期で千梅と仲がいい篤彦にも伝えた。


「組頭、看病は俺もやります」
「君にも忍務はあるでしょう」
「ですが…」
「医療班に任せなさい。行きますよ」


とにかく忙しい。たった一人抜けられるだけでも困る。
それじゃなくても二人を失い、一人も重傷だ。
これからのことを考え、まとめ、組頭は千梅の部屋を後にした。
組頭の後ろを篤彦は追ったが、一度千梅の部屋を振り返り拳を握りしめる。
悔しいような、悲しいような感情が生まれたが、力を弱めて組頭に駆け寄って行った。


「―――…」


それからすぐに千梅は意識を取り戻した。
深い眠りについて眠ることなどできるわけがない。
朦朧とする意識の中で横に伸ばした自分の利き腕を見ると添え木と包帯が目に入る。
折られたのは利き腕のほうだけで、反対の手は無傷。
徐々に意識を取り戻していくと同時に、指だけじゃなく指先も痛む。
ずくんずくんと熱を帯びて、愚鈍な痛みが千梅を苦しみ続ける。
勿論指だけじゃなく、背中も痛い。


「(せめて…熱は出てほしくないな…)」


これで体調も壊したら最悪だ。いっそのこと殺してくれと言いそうになってしまう。勿論言わないが。
戻って来れたことに感謝して枕に顔を埋めた。
敵の襲撃に何故気づかなかったのだろうか。死んでしまった先輩方には申し訳ないことをしてしまった。


「私がもっと強ければ…もっともっと強くて、……強かったらきっと…」


きっと違う結末になっていた。
悔いても変えることなどできないが、千梅は声を殺して涙をこぼす。


「千梅」
「………」


無事なほうの手に拳を作って畳を叩いたあと、自分を呼ぶ声に顔をあげる。
それがすぐに誰か解った千梅は流れていた涙を枕に吸収させ、顔をあげた。
戸を開けたのは忍務を終わらせた小平太。
新しい忍び装束に着替えて出かけたはずなのに、彼の身体は大量の血で汚れていた。
そのせいなのか、小平太は一歩の中に入って来ることなく、戸を開けたまま廊下で正座をしている。


「…先輩?」
「今すぐにとは言わん。お前だって気持ちの切り替えや、やりたいことがあるだろうからな」
「……」


正座をしたまま、真っ直ぐと千梅を見る小平太。
寝間着姿な上に、髪の毛も解かれ、起き上がる元気もない千梅を見て、小平太は膝の上に置いていた拳に力が入った。


「忍びを辞めてくれ」
「…」
「お前を守る。だから大丈夫だ。だけど、ダメだ。頼む、忍びを辞めてくれ」


廊下に手をついて、頭をさげる小平太に千梅はなんて言葉をかけたらいいのか解らなかった。
自分のことを想って言ってくれてるのは解る。でも少しだけ、自分が弱いからか?足手まといだったか?とも思ってしまった。
でも小平太の性格からしたらそうじゃないとはすぐに解ったのだが、すぐに「はい」とは言えない。
頭をあげようとしない小平太と、返事をしない千梅の間に沈黙が流れる。先に行動したのは千梅。
動くことはできないが、名前を呼ぶ。


「すみません、弱くて」
「違う」
「ええ、解ってます。ですが、あと少しだけやらせてくれませんでしょうか?たった数ヶ月でここを辞めるのもご迷惑でしょうし」
「…」
「守って頂けるのは嬉しいです。でも止めて下さい。先輩の嫁である前に、まだ私は忍びです。私の邪魔をしないでください」
「…」
「昔なら……こんなことを言わなかったのに…。七松先輩は女々しいお方ですね」
「なんだと」


千梅がわざと皮肉をこめて笑うと、ようやく小平太も顔をあげて先ほどより強い口調で怒鳴る。
それすらもおかしくて笑い、「ようやく顔が見れました」と嬉しそうに笑みを浮かべた。


「七松先輩、すみません。もう少しだけでいいんです。もう少しだけ…」
「…解った。私こそすまない、おかしなことを言って」
「幸せっす」
「でもお前も忘れるなよ」
「七松小平太の嫁になるなら、もう少し強くなりたいんですよ。解ってください」
「…なんかそれずるいな」
「女子力も磨こうと思いまして」
「そうか。ならば私も強くなってお前を守らなければな。勿論、きちんと嫁になってからだから安心しろ」
「ありがとうございます。愛してますよ」
「だからずるいな、お前は。この姿じゃ抱きしめられないじゃないか」
「怪我もしてますしね」


駆け引きのような、あまりしない甘い会話を一通り楽しんだあと、千梅は真面目な顔に戻る。


「だからすみません。当分の間この部屋には近づかないでください。こんな惨めな姿をあなたに晒したくありません」
「無粋だったな、すまん。しっかり養生しろ」
「はい。おやすみなさい、七松先輩」
「おやすみ、吾妻」


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