意識してしまった故の ガクガクと痛みで身体が痙攣したあと、千梅は意識を失った。 千梅を拷問していた男は心底残念そうに呟いたあと、千梅から一度離れたが、すぐに近寄ってしゃがみこんだ。 その後、男の前にいた仲間の忍びは全員その場に倒れ、じわじわと床を赤く染めていく。 「……ここに侵入するなんて凄いね。この子たちの仲間かなぁ?」 「…」 黒い忍び装束に、目以外を全てを隠した男が苦無を片手に男を睨みつける。 答えることなく一歩近づくと、男は千梅がくわえていた苦無を取って構えた。 「仲間みたいだねぇ。でもごめんね?そっちの男を殺したのは僕じゃないよ」 「…」 「…でもこの子は大丈夫。僕さ、生きてる子にしか興味ないから殺すなんて勿体ないことしないんだぁ!」 「…」 「ふふふ、それにね?あのね、君を待ってたんだ!君は戦場で見つけたときから狙っていたんだよねぇ…。きっと、いい表情をする」 「―――そいつを返せ」 「殺意がこもった声すらも、僕には気持ちいいよ」 千梅が忍務に出たと聞いた小平太は、なんとなく嫌な予感がした。 こんなピリピリしている世の中だ。きっと何かある。 そう思って、許可を得てから千梅と仲間たちを助けに来たのだが、遅くなってしまった。 仲間には目を伏せて謝罪したあと、床に転んでいる千梅に目を落とし、彼女を盾にするように向こう側にしゃがんでいる男を睨みつける。 怒りで我を失わないようにするものの、既に二名殺されてしまった。 おまけに、千梅の両親に挨拶したばかりの彼女がこんなことになってしまえば、殺気を飛ばさずにはいられない。 しかし小平太の殺気を「気持ちいいね」と笑顔でかわす相手。笑っているものの、彼もなかなかの手練れだ。 千梅を巻き込まないように、この狭い廊下の中でどう暴れるか、どう敵を殺すか考えながら牽制しあっていると、男は気絶している千梅の上半身だけ起こす。 ぺたんこに座らせ、自分はその後ろに回って千梅の手首に手を添えて、 「せんぱーい、先輩が助けに来るの遅いからこんなことになっちゃったじゃないですかー」 小平太を挑発した。 冷静であろうとする小平太だったが、一瞬にして瞳孔が開いて飛びかかる。 苦無を握りしめる力もいつも以上に入っており、動きも早いが、なんだか鈍い。キレがない。 飛びかかってきた小平太を見て、男は千梅を盾にする。 ギリギリで手が止まり、眉間にしわを寄せたあと反撃を食らってしまった。 「う…っ」 「あ、起きた?」 小平太の殺気を感じてか、千梅が気絶から意識を取り戻す。 しかし痛みも復活して、くぐもった悲鳴をもらしてしまった。 痛みで揺れる瞳を至近距離で見た男は嬉しそうに笑ったあと、「見てごらん」と小平太を指差し素直に首を向けた。 「……」 声には出さなかったが、千梅が喜んでいるのが手に取るように解った。 もしここで、小平太をいたぶれば、どんな顔をするんだろうか。 逆に、千梅を小平太の前で虐めたら、どうでてくるんだろうか。 どちらを虐めても楽しいことにしかならないこの展開に楽しさを通り越し、興奮してしまった。 今、この空間が幸せだと心も身体も震え、千梅を盾にしたままでいると小平太が話しかけてきた。 「お前の望みはなんだ」 「え?…あぁ、望みというかお仕事は、君たちのお城から秘密を探ることだよ。ほら、最近君たちのお城、活発じゃない?うちの殿怯えちゃってさぁ…。そんなことより、僕は君たちで遊びたくなっちゃった!」 「その女はもう使えん。人質にもならん。解放しろ」 「ダメだよー。そしたら楽しくないじゃない。君、この子のこと大事にしてるみたいだし?」 「後輩だ」 「大事な後輩ね。そっかー…じゃあ解放できないなぁ」 男の言葉に小平太は一度喋るのを止め、口を開いて、間を置いたあと喋りだした。 「ああ、そいつは私の大事な後輩だ。だから解放してくれ。欲しいのは私たちの城の情報だろう?くれてやる」 「そんなことって言ったけど、仕事だからその情報はちゃんともらうよ。でもまずは遊んでからかな?」 「仕事を終わらせたあと、いくらでも構ってやる。お前が望むなら死ぬギリギリのところを楽しませてやる」 「……本当に楽しませてくれる?」 「約束は守ろう」 「じゃあ返してあげる」 ニコッ!と笑ったあと、千梅を無理やり立たせて小平太に向かって背中をトンッと押す。 微かな力だったのに小平太に倒れるように近寄る。 ボロボロになった千梅にほっと安堵してしまい、そこに隙が生まれてしまった。 見逃さなかった敵…いや、それを狙っていた男は千梅の背中に隠れて小平太に近づき、苦無を持った手を振りかぶった。 「―――っ誰がテメェにやらすかよっ!」 今まで黙っていた千梅は、痛くて黙っていたのではなく、二人のやりとりを聞き、冷静に判断していた。 身体は痛いし、呼吸は苦しいし、眠たいし死にたいしでいっぱいだったのに、小平太を見てからは忍者としての自分を取り戻すことができたのだ。 小平太がそんな約束を守ることはないし、敵もそれを解っている。それなのにこの取引をするということは、何かある。 普段だったら小平太も解っていることのに、何故か千梅を返されると隙を作ってしまったのだ。 だから小平太に体当たりをして、敵の攻撃を背中で受け止める。 先ほどとは違う痛みが背中いっぱいに広がって、唇を噛みしめたあと、「先輩!」と声を出した。 千梅の行動と、敵の行動、そして千梅の言葉にハッと意識を取り戻した小平太はすぐに男を殺そうとしたのだが、男の姿は既になかった。 たった一回の攻撃に全てをかけていた敵の去り際は見事。 その場に生きた者は小平太と千梅のみ。 「すまない、千梅…!」 「いえ、大丈夫です……だい、じょう………ぶ…っす…」 「しっかりしろ。すぐにここから逃げ出すぞ」 「……うごけ、……いので、……」 「ああ、背負うから………すまない、千梅…っ」 応急処置用に持っていた薬はあるが、圧倒的に足りない。 それでも何もしないよりはマシだと、背中についた傷に薬を塗る。 自分の忍び装束を着させ、背負ってから落ちないように千梅の服を巻いて固定する。 仲間は持って帰れない。千梅を背負ったまま頭をさげて、早々にその場から脱出。 誰かに追われることもなく、森を駆ける小平太。 何であのとき油断したのか解らない。 千梅が大事な人になったからか?挨拶をして、改めて大事な人間となったからか? だとしたら、余計あの場面で油断してはダメだろう。 「千梅、次はちゃんと守る。守るからな」 聞こえていなかったが、己に言いつけるように何度も誓った。 (△ TOP ▽) |